信長と秀吉
羽柴秀吉は安土城にいた。彼は平静を装いながらも内心はドキドキが止まらなかった。本能寺の変の陰の黒幕は彼だったからである。
本来はいまごろ、謀反に成功した明智光秀を戦で打ち負かして、天下に号令をかけようと思っていたからである。
「光秀め、こんな簡単なことも失敗するとは・・・・全く使えない奴だ!」
秀吉はなかなか現れない信長にイライラを募られていた。
「まあよいは、まだわしの首がつながっているということは、おそらく上様にわしのことはばれていないということだろう」
「いずれ、機会はまためぐってくるはずだ! それまでは大人しくしておるか!」
「上様のおなりです」
秀吉は頭を下げて信長を待った。
「おう、待たせたようだな!」
信長は秀吉の予想に反して機嫌がよいようだ。
「う、上様、頭をあげてよろしいでしょうか・・・・」
秀吉はおそるおそる信長に声をかけた。
「んっ? 頭など、勝手にすればよいだろう」
「そんなことより、この城は素晴らしいだろう!」
信長は歩き回り窓から琵琶湖を眺めながら、秀吉に声をかけた。
「上様―っ、それは上様が建てられた、日の本一の安土城ですから、まっこと美しいです」
秀吉は突然猫なで声で信長の足にすり寄った。
「なんだ、気持ち悪い奴だな」
その時、信長は初めて秀吉の顔を見た。
「お、お前サルに似てるな!」
「きっききききっ」
秀吉はサルの真似をして部屋の中をぐるぐる回った。
「藤吉郎はサルでございまーす」
藤吉郎は改名前の秀吉の名前である。秀吉は自らをさげすむため、あえて昔の名前で自らを表現した。
「お前は、トウキチロウというのか!」
「なんだか言いにくいな、京からキキにしろ」
信長は何の悪気もなかった。
「えっ?」
秀吉の顔色が変わった!
信長の言うことは絶対である。秀吉としても信長がつけた名前に改名することはやぶさかではない。
しかし戦国武将として「キキ」は絶対にありえない名前である。
秀吉は名前の良し悪しよりも、信長が「キキ」という現実的でない表現をしたことにより、信長が自らを生かすつもりがないと思ってしまった。
「上様、大変申し訳ありません! 光秀めの謀反に気づくこともできず、討伐にも間に合うことができないこのサルめを成敗していただけますか」
かなり芝居じみていた! ただ秀吉は信長がこのような芝居じみたことが好きであると知っていた。秀吉一世一代の賭けであった。
信長はきょとんという顔をしていた。
「よくわからんが、死にたいということか? 面倒だがまあ、そこまでいうのなら」
信長は刀を鞘から抜いて、窓際に立った。
「そので、切ると部屋が汚れるから、こっちにこい! ここで外に頭を出せ! ここで首を切ればこの綺麗な部屋を汚さなくて済むからな」
「本当は外も汚れるのが嫌なんだが、外なら雨でそのうち綺麗になるから、まあいいだろう」
信長は純粋に血で汚れるのが嫌だった。
秀吉の顔から血の気が引いていた・・・・




