第一話・序章「七つの声と、一つの約束」
まだ見ぬ世界には、どんな出会いが待っているのだろう。
空を駆ける幻獣、神々が暮らす神殿、遥か昔から語り継がれる伝説。
そして、世界のどこかで救いを待ち続ける、一柱の女神。
そんな壮大な冒険の始まりを、三人の幼いエルフたちはまだ知らない。
エイリク、アスル、エルフィ。
三人は、緑豊かなエルフの村で、優しい父と母に愛されながら育った三つ子の兄妹。
生まれながらに目が見えない彼らは、互いの手を取り合い、声や音、風の匂いや温もりを感じながら、毎日を元気いっぱいに過ごしていた。
誰かが困っていれば、迷わず手を差し伸べる。
誰かが悲しんでいれば、そっと寄り添う。
三人にとって、それは特別なことではなく、ごく当たり前の優しさだった。
けれど、その小さな優しさこそが、遠く離れた異世界の運命を変える希望となる。
彼らの運命を動かしたのは、異世界から届いた、七柱の女神たちの切なる願いだった。
愛する子どもたちを送り出す父と母。
必ず無事に帰すと誓う七柱の女神たち。
そして、やがて未知なる世界へと旅立つ三つの小さな命。
その先には、驚きと発見、数え切れない出会い、そして誰も想像しなかった運命が待っている。
これは、世界が愛を結ぶ物語。
すべては、七つの声と、一つの約束から始まる。
夜が更け、エルフの村は静かな眠りに包まれていた。
小さな家の寝室では、三人の子どもたちが寄り添うように眠っている。
父親は子どもたちの寝顔を確かめ、そっと扉を閉じた。
「今日も、よく遊んだね」
母親が微笑む。
「ああ。エルフィなんて、最後まで二人の手を離さなかったよ」
二人は小さく笑い合った。
そのときだった。
『…どうか………どうか、私たちの声をお聞きください』
どこからともなく、女性の声が響いた。
父親は驚いて立ち上がる。
「誰だ!?」
『突然のお声がけをお許しください。私たちは、7柱の女神プレアデス・ゴッデスと申します』
声は部屋のどこからも聞こえなかった。
まるで心の奥へ直接語りかけられているようだった。
『私たちは今、遠く離れた世界から、お二人にお願いをしております』
「……お願い?」
『はい。あなた方の大切なお子様についてです』
母親は思わず寝室の扉を見つめた。
『どうか、最後までお聞きいただけないでしょうか』
父親は妻の手を握った。
「……分かりました。お話しください」
少しの沈黙のあと、声が続いた。
『私たちの世界には、長い間、孤独の中に閉ざされている方がいます』
別の女性の声が重なった。
『その方は、愛を知らないわけではありません。ただ……愛を正しく受け取ることができないのです』
『私たちは、どうしてもその方を救いたいのです』
七つの声には、それぞれ異なる響きがあった。
穏やかな声。
凛とした声。
震える声。
けれど、その願いは一つだった。
「……それが、私たちの子どもたちと、どんな関係があるのですか?」
父親が尋ねた。
最初の声が答える。
『あなた方の三人のお子様には、私たちにはない力があります』
『それは、誰かを傷つける力でも、敵を倒す力でもありません』
『相手を思いやり、手を差し伸べることのできる、優しい心です』
母親は目を伏せた。
『私たちは、その優しさに希望を見いだしました』
そして、七つの声を代表するように、マイアが告げた。
『どうか、三人のお子様を、私たちの世界へお預けいただけないでしょうか』
部屋は静まり返った。
母親は、すぐには答えられなかった。
「……あの子たちは、まだ幼いんです」
『はい。承知しております』
「それに……目が見えません。知らない場所では、歩くことさえ難しいことがあるんです」
『そのことも、存じております』
「それでも……あの子たちでなければ、いけないのですか?」
長い沈黙があった。
やがて、マイアが答えた。
『……私たちは、あの子たちにしか託せない希望があると考えています』
『ですが、お二人の許しなく連れていくことはいたしません』
『断っていただいても構いません。私たちには、お二人の決断を責める資格などありませんから』
父親は静かに息を吐いた。
「……少し、夫婦で話をさせてもらえますか?」
『もちろんです。お待ちしております』
声が遠ざかり、部屋に静寂が戻った。
母親は夫の胸に顔を埋めた。
「……怖いわ」
「ああ」
「あの子たちが、遠くへ行ってしまうなんて……」
父親は妻を抱きしめた。
「俺だって怖いよ」
しばらく、二人は何も言わなかった。
やがて母親が、ぽつりと呟いた。
「でも……あの子たちなら、きっと助けようとするわね」
「ああ。きっとそうだ」
「困っている人がいるって聞いたら、放っておけないもの」
父親は微笑んだ。
「……俺たちが、そう育てたんだからな」
二人は寝室へ向かった。
三つの小さな寝息が聞こえる。
母親は一人ずつ、その髪を撫でた。
「……必ず帰ってきてくれるなら」
父親は妻の手を握った。
「一緒に待とう。三人が帰ってくる日まで」
そして二人は、再び七つの声へ語りかけた。
「……お待たせしました」
『はい』
「私たちは、あなた方のお願いを受け入れようと思います」
声の向こうで、誰かが息を呑んだ。
「ただし、一つだけ条件があります」
父親は穏やかに、けれどはっきりと言った。
「必ず、三人全員を無事に帰してください。」
母親も続けた。
「何もできなくてもいいんです。誰も救えなくても構いません。三人が生きて帰ってきてくれること。それだけを約束してください」
長い沈黙が流れた。
そして。
『……お約束いたします』
マイアの声が響いた。
『私たち七柱が責任を持って、三人をお守りいたします』
『どれほど困難な旅になろうとも』
『必ず、あなた方のもとへお帰しします』
七つの声が、静かに重なった。
『この約束を、決して忘れません』
母親の頬を涙が伝った。
「……ありがとうございます」
『いいえ』
マイアの声が、わずかに震えた。
『感謝しなければならないのは、私たちの方です』
『大切なお子様を託してくださること、心より感謝いたします』
声は次第に遠ざかっていった。
最後に、一つだけ優しい声が残った。
『……どうか、今夜は三人を抱きしめてあげてください』
母親は静かに頷いた。
「……はい」
そして、七つの声は消えた。
その夜、父と母は一筋の涙を流しながら、三人の子どもたちの頬にキスをして抱きしめて眠った。
いつもより、少しだけ強く。
やがて訪れる旅立ちの日に、笑顔で送り出せるように。
そして、いつの日か。
三人が帰ってきたとき、同じように抱きしめられるように。
遠く離れた異世界では、七柱の女神たちが沈黙していた。
誰もが、先ほど交わした約束を胸に刻んでいた。
三人を必ず守ること。
そして、必ず両親のもとへ帰すこと。
それは、決して破ってはならない約束だった。
「……マイア」
静寂の中、一柱の女神が口を開いた。
「本当に、あの子たちなら……?」
マイアは、すぐには答えなかった。
やがて、遠くを見つめながら静かに告げた。
「……分かりません」
「ですが、私たちには、もう他に方法がないのです」
再び、沈黙が訪れた。
七柱が救おうとしているのは、かつて世界を震撼させた一柱の戦女神。
愛を求めながら、愛を正しく受け取ることのできない女神。
そして、七柱はまだ知らなかった。
三つの小さな鼓動が、眠れる女神の運命だけでなく、自分たちの運命さえも変えてしまうことを。
これは、世界が愛を結ぶ物語。
そして、その始まりは――
三人の子どもたちと、七柱の女神たちが交わした、一つの約束だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
『ハートビート・オデッセイ』の物語は、ここから始まります。
今回の序章で描かれたのは、三人の幼いエルフたちの運命を大きく変える、父と母、そして七柱の女神たちの約束でした。
大切な子どもたちを信じて送り出す両親。
その想いを受け止め、必ず帰還させると誓ったプレアデス・ゴッデス。
しかし、彼女たちが救おうとしている女神には、誰にも解き明かせなかった秘密があります。
果たして、エイリク、アスル、エルフィの三人は、未知なる世界でどんな冒険を繰り広げるのでしょうか。
そして、七柱の女神たちは、両親との約束を果たすことができるのでしょうか。
これから始まる旅には、楽しい出会いも、胸が高鳴る発見も、時には涙がこぼれるような出来事も待っていることでしょう。
それでも、三人はきっと手を取り合い、自分たちらしく歩んでいくはずです。
**目には見えなくても、心で感じられるものがある。**
そんな三人の優しさと成長を、どうか温かく見守っていただければ幸いです。
次回、いよいよ三つ子たちの冒険が動き始めます。
**三つの小さな鼓動が、世界の運命を変えるその日まで。**
引き続き『ハートビート・オデッセイ』をよろしくお願いいたします。
作者:餅田ベル




