第6話 北の隠れ里
朝日が差し込む。
孤児院の庭では子供たちが走り回っていた。
少し前まで借金に苦しんでいた場所とは思えないほど賑やかだ。
とはいえ、まだ豊かとは程遠い。壁は所々傷み、畑も作り始めたばかりだ。
それでも、ここには笑い声があった。
「リーシャー!」
パンをくれた少女が、両手いっぱいの雑草を抱えて駆けてきた。
「これ、どこに置けばいい?」
リーシャは土に触れていた手を止める。
「堆肥置き場よ」
「たいひ?」
「畑のご飯になるの」
少女の目が輝く。
「畑もご飯食べるの?」
「人間よりたくさん食べるわ」
「へー!」
少女は笑いながら走っていった。
リーシャも小さく笑う。以前なら想像もできなかった光景だった。
その時だった。
ガタガタガタガタッ!
何か巨大なものを引きずる音が聞こえる。
リーシャの笑顔が消えた。
「嫌な予感」
門の方を見る。
ダミアンだった。
巨大な猪を肩に担いでいる。猪だけで大人二人分はある。
「獲れたぞ」
「獲れたぞじゃないのよ」
リーシャは額を押さえた。
「なんで毎回そんな大物なの?」
「食うだろ」
「食べるけど」
「なら問題ない」
「色々問題あるのよ」
ダミアンは首を傾げる。
リーシャは指を折り始めた。
「解体するの誰?」
「……」
「運ぶの誰?」
「……」
「保存するの誰?」
「……」
「あと今回の猪、孤児院の半年分くらいあるわよ」
「そうか」
「そうかじゃないの」
子供たちが笑う。ダミアンは本気で分かっていない顔だった。
「この前の鹿も覚えてる?」
「覚えてる」
「食べ切る前に、また鹿を獲ってきたわよね」
「獲れたからな」
「だからって持って帰る!?」
「獲物は持って帰るものだろ」
院長まで苦笑した。
「でも助かっていますよ」
「院長は甘いんです」
確かに食料事情は劇的に改善した。問題は、ダミアンが全員分どころか村一つ養えそうな量を平然と持ち帰ることだった。
「でっか!」
「今日お肉!?」
子供たちが歓声を上げる。
ダミアンは頷いた。
「腹いっぱい食え」
その言葉に、子供たちはさらに盛り上がった。
◇ ◇ ◇
昼食後、ダミアンは全員を食堂へ集めた。
「ルールを決める」
子供たちが顔を見合わせる。
「一日に一つ仕事をすること」
ダミアンは続けた。
「皿洗いでも、掃除でも、洗濯でも、畑仕事でもいい。そして働いたなら腹いっぱい食え」
少女が手を挙げる。
「本当に一つだけ?」
「ああ」
「皿一枚でも?」
「ああ」
リーシャが腕を組んだ。
「緩すぎる」
「そうか?」
「皿一枚洗っただけで終わりじゃない」
「皿は綺麗になる」
「そういう話じゃない」
子供たちが笑い出す。
ダミアンは真面目な顔で言った。
「働いたんだから、飯を食っていい。それだけだ」
食堂が静かになる。
この男自身が、その当たり前を与えられなかったのだろう。リーシャも院長も、それ以上は何も言わなかった。
「じゃあ私、明日もお皿洗う!」
「偉い」
「いっぱい食べていい?」
「ああ」
少女が笑い、ダミアンも少しだけ笑った。
◇ ◇ ◇
数日後、旅商人が孤児院を訪れた。
荷運びを手伝っていたダミアンは、北の山奥に呪い子だけで暮らす隠れ里があると聞く。
夜、食堂でその話をすると、ダミアンは即座に言った。
「行くか」
リーシャは額を押さえる。
「話を最後まで聞いてから決めなさい」
「聞いた」
「聞いてない」
「気になる」
リーシャは少し黙った。
「嫌な予感がする」
「なぜだ?」
「そんな場所で育った子が、外の世界を好きになれると思う?」
差別されない。追い出されない。安全。だが、外を知らない。
「私だったら嫌う。外の人間を全部」
ダミアンは考え、頷いた。
「なるほど」
翌朝、二人は北へ向けて出発した。
そこで、ホワイトファルコンの未来を大きく変える二人と出会うことになる。




