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第49話 戯言

黒い翼が動き始めて五日。


緊急報告を持ち帰った一人が、地図を広げた。


「革命軍過激派、約三十名が王都方面へ移動しています。火薬と油も、荷車数台分」


クロウは三つの情報を確認した。


過激派が王都周辺の複数施設へ少人数ずつ配置されていること。


大量の火薬が郊外の倉庫へ集められたこと。


その火薬を積んだ荷車が、市場近くで見失われたこと。


「施設への攻撃は陽動です」


クロウの赤い瞳が地図を追う。


「本命は王国軍ではございません。市街地へ火薬を運び込み、同時に爆発させるおつもりです」


食堂が静まり返った。


「王都全体を破壊できる量ではないでしょう。しかし複数箇所で爆発すれば、火災と混乱で警備は崩れます」


リーシャが尋ねる。


「アッシュが、本当にそんなことをするの?」


クロウはすぐに答えなかった。


脳裏に浮かぶのは、かつてのアッシュだった。


飢えた村へ食料を運び。


王国軍に捕らえられた呪い子を救い。


見返りも求めず人を助け続けた男。


その背中を追ってきた。


だからこそ。


簡単に信じたくなかった。


「断定はできません」


ようやくクロウは口を開く。


「ですが、可能性はございます」


誰よりもアッシュの作戦を知っているからこそ、否定できなかった。


「昔のアッシュなら、このような作戦は立てませんでした」


黒い外套の下で拳が握られる。


「私が止めなければなりません」


「会えば止められると思う?」


リーシャが問う。


「分かりません」


クロウは正直に答えた。


「ですが」


一度言葉を切る。


「止められるかどうかと、止めようとするかどうかは別です」


食堂の空気が少し変わった。


迷いではない。


覚悟の声だった。


ダミアンが立ち上がる。


「王都へ行く」


クロウは王国軍や革命軍との戦闘、反逆者と見なされる危険を説明した。


「町が爆発するかもしれないんだろ」


ダミアンは即答する。


「なら行く」


レイも拳を鳴らした。


「アッシュを殴れば止まるか?」


「おそらく、余計に燃え上がるかと存じます」


クロウは真面目に答える。


「私も先にお話ししたいことがございます」


「話して駄目だったら?」


「状況を見て判断いたします」


「結局、殴るかもしれないんじゃねえか」


レイが笑う。


クロウも少しだけ口元を緩めた。


「必要な可能性まで否定するべきではないと学びました」


その言葉にダミアンたちも笑った。


以前なら出なかった冗談だった。


少しだけ。


本当に少しだけ。


クロウは前へ進み始めていた。


◇ ◇ ◇


出発するのは、ダミアン、リーシャ、レイ、ゲンジ、クロウと黒い翼。


ミアとディダは拠点に残る。


「火薬を見つけても触らないで」


ミアが念を押す。


「承知しました」


「絶対に」


「……承知しました」


「今ちょっと怪しかったよね」


食堂に小さな笑いが広がる。


重苦しかった空気が和らいだ。


◇ ◇ ◇


出発前。


黒い翼の仲間がクロウへ尋ねた。


「昨日まで仲間だった人たちと戦うのが、怖くないんですか」


クロウは少し考えた。


そして正直に答える。


「怖いです」


言葉に迷いはない。


「できることなら、敵として向き合いたくはございません」


かつて共に食事をした。


共に逃げた。


共に笑った。


その相手と戦うことになる。


怖くないはずがなかった。


「それでも行くんですね」


若い団員が言う。


クロウは静かに頷く。


「はい」


視線は王都の方角へ向いていた。


「あの方が壊そうとしているものを、守りたいのです」


それは王都だけではない。


アッシュ自身が守ろうとした理想も含まれている。


だから止める。


だから向き合う。


周囲を見る。


黒い翼の仲間たち。


不安はある。


だが皆、自分の意思でここにいる。


もう革命軍の命令ではない。


誰かに従わされているわけでもない。


自分で選んだ道だ。


クロウはその事実に救われていた。


白い隼の旗の下へ、黒い外套の者たちが並ぶ。


ダミアンが前へ出る。


「行くぞ」


短い言葉だった。


だが十分だった。


光の中を飛ぶ白い隼と、


影を飛ぶ黒い翼が、


初めて同じ目的へ動き始めた。


そしてクロウの中から、最後の迷いが静かに消えていった。

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