第46話 壊す者
ダミアンたちは南側の水路から村へ入った。
リーシャの蔓が村中央の鐘を鳴らす。
家々から出てきた村人へ、ダミアンが北で火災が起きると告げた。
「余所者の言葉で村を捨てろというのか!」
村長は拒んだ。
レイが、かつて村が呪い子三人を王国軍へ差し出したことを問い詰める。
「兵士に逆らえば、村全体が疑われた。仕方がなかった」
「仕方がない?」
レイの拳が固まる。
だがリーシャが子供たちを示した。
「今は、その話をしている場合じゃないわ」
ダミアンは東の森へ続く、白い花の避難路を指した。
「信じなくてもいい。ただし、子供は逃がせ」
王国軍への通報か、子供の避難か。
村長は長く迷い、叫んだ。
「子供たちを集めろ!」
村人が動き始める。
足の悪い老人。
家畜を置いていけない者。
家に隠れた子供。
「この牛がいなければ冬を越せん!」
「なら牛ごと行くぞ!」
レイが牛を担ぎ上げた。
◇ ◇ ◇
同じ頃、革命軍は補給拠点へ突入していた。
アッシュが木柵を砕き、油を撒いた倉庫へ炎を放つ。
巨大な火柱が上がり、火薬が爆発した。
「風向きが変わりました!」
クロウの赤い瞳に、村へ流れる火の粉が映る。
「まだ村人が残っている可能性があります!」
「ダミアンたちがいる。撤収だ」
「ですが!」
「クロウ!」
クロウは拳を震わせながら鷹の目を巡らせた。
やがて、東の森へ入る最後の人影を見つける。
「全員、森へ入っています」
それを確認しても胸のざわつきは消えなかった。
◇ ◇ ◇
村では納屋へ火の粉が落ちた。
リーシャの蔓が燃えた屋根を切り離し、ダミアンの風が炎を押さえ、レイが燃える柱を引き抜く。
村人も水桶を手に走った。
納屋と家の一部は焼けた。
それでも誰も死ななかった。
村長が頭を下げる。
レイは言った。
「前に差し出した呪い子の名前、覚えてるか」
「覚えている」
「なら忘れるな」
責めるでも、許すでもない。
ただ忘れるなと告げた。
◇ ◇ ◇
夜明け前、革命軍は野営地へ戻った。
作戦は成功し、死者もいない。
住民たちも革命軍を歓迎していた。
補給拠点を潰したことで王国軍の動きは鈍る。
多くの仲間が安堵していた。
だがクロウだけは晴れない表情をしていた。
広場を見下ろす。
炊き出しの列。
診療所へ向かう老人。
遊ぶ子供たち。
見慣れた光景だった。
そして。
かつて自分も、あの列に並ぶ側の人間だった。
呪い子というだけで仕事を失い。
住む場所を失い。
路地裏で倒れていた。
あの日。
差し出されたのは一切れのパンだった。
「食べなさい」
若いアッシュはそう言った。
「ですが……」
「遠慮する必要はありません」
革命軍がまだ小さな組織だった頃。
食料に余裕などなかったはずだ。
それでも彼は迷わなかった。
自分の分を半分に割って差し出した。
クロウは今でも覚えている。
あの時の温かさを。
だから思う。
あの人は本物だった。
少なくとも昔は。
誰よりも人を救いたいと願う英雄だった。
◇ ◇ ◇
一人の女性が赤子を抱いて近付いてくる。
「参謀、ありがとうございました」
クロウは首を振った。
「感謝されるべきは私ではありません」
女性は優しく微笑む。
「村が焼かれた時、助けてくれたのは革命軍でした」
赤子を抱き寄せる。
「この子も、あの時生き延びたから生まれたんです」
クロウは何も言えなかった。
革命軍は確かに人を救っている。
それは紛れもない事実だった。
「お前、本当にアッシュを信じてるんだな」
ダミアンが隣へ立つ。
クロウは迷わず頷いた。
「はい」
即答だった。
「私はあの方に救われました」
広場へ視線を向ける。
「あそこにいる人々も」
炊き出し。
診療所。
孤児たち。
「多くの人が同じです」
そして少しだけ声が小さくなった。
「だから……信じたいのです」
ダミアンは何も言わなかった。
その言葉には迷いが滲んでいたからだ。
◇ ◇ ◇
会議室の近くを通った時だった。
革命軍兵士たちの話し声が聞こえる。
「どうせ貴族どもは変わらない」
「だったら力で変えるしかねぇだろ」
「多少の犠牲は仕方ない」
乱暴な言葉だった。
クロウは足を止める。
昔の革命軍では考えられない。
かつてのアッシュなら、真っ先に否定していた言葉だ。
だが今は誰も咎めない。
それが何より気がかりだった。
レイは壁にもたれながら広場を眺めていた。
住民たちは笑っている。
悪い場所には見えない。
だが。
「なあ団長」
「どうした」
「なんか変なんだよ」
レイは腕を組んだ。
「みんなアッシュを信じすぎてる」
ダミアンは黙る。
「尊敬っていうか……」
レイは言葉を探した。
「崇拝に近い」
根拠はない。
だがレイの勘は鋭かった。
◇ ◇ ◇
五年前。
王国軍に鷹の目を利用され、逃亡したクロウは兵士に囲まれていた。
そこへ若いアッシュが一人で飛び込んだ。
「お一人では無理です。なぜ、そこまでして私を」
「助けたいからだ」
クロウは鷹の目で死角を伝え、二人は勝てないはずの相手を退けた。
血だらけで倒れたアッシュは、それでも笑った。
「全員助ける」
◇ ◇ ◇
現在のアッシュへ、クロウは告げる。
「以前のあなたなら、間に合わないと分かっていても村へ向かわれたはずです」
「昔とは違う。助けたいだけで助けられるほど甘くない」
「今のあなたは、勝つために誰を切り捨てるかを先に考えておられます」
「俺がおかしいと言うのか」
クロウの赤い瞳が揺れる。
「分かりません」
静かな声だった。
「私は今でも、あなたを信じたいと思っております」
そして一歩踏み出す。
「だからこそ、見過ごせません」
アッシュは低く言った。
「変わらないなら壊す。王国も、町も、俺たちを見捨てた奴らも」
「ですが私は、まだ諦められません」
長い沈黙。
二人とも怒ってはいなかった。
だからこそ重い。
二人の間には、戻れない亀裂が生まれていた。




