第45話 交わらない正義
補給拠点には油と火薬が保管されていた。夜半に山風が吹けば、隣接する村へ延焼する危険がある。
「二日いただければ、火薬を村から離れた側へ集め、延焼を抑えて破壊できます」
クロウが代案を示す。
クロウは指先で地図をなぞった。
村。
補給拠点。
風向き。
火薬庫。
何度計算しても結論は変わらない。
安全に破壊することは可能だ。
だが、それには時間が必要だった。
二日。
わずか二日。
しかし革命軍にとって、その二日は決して短くない。
王国軍に居場所を知られれば。
ここにいる負傷者も、救出した子供たちも危険に晒される。
クロウ自身も理解していた。
だからこそ苦しかった。
「その二日で、ここが見つかる」
アッシュは野営地を見た。
負傷者と、救出したばかりの子供たちがいる。
「今夜やる」
◇ ◇ ◇
リーシャが地図へ手を置いた。
「駄目よ。関係のない人がいるんでしょう」
「あの村は、呪い子を王国軍へ差し出した」
「だからって、村にいる全員が同罪ではないわ」
「止めなかった」
「止められなかった人もいる。呪い子を売ったことも、村を焼くことも、どちらも正しいことにはならない」
アッシュの拳に炎が灯る。
「俺たちは誰にも助けられなかった。怖くても立ち上がった。何もしなかった奴らまで守れと言うのか」
「子供もいるのよ」
アッシュの表情がわずかに動く。
「全員を助けることなんかできない」
天幕の空気が重くなる。
革命軍幹部の数人は黙って頷いていた。
彼らもまた、助けられなかった仲間を何度も見てきた。
食料が足りなかった日。
追手に見つかった日。
仲間を置いて撤退した日。
理想だけでは守れない現実があった。
アッシュだけがそう考えているわけではない。
革命軍そのものが、その現実の上に立っていた。
その言葉に、クロウが顔を上げた。
「それでも私は、村人を巻き込むべきではないと考えます」
慎重なクロウが、はっきりと反対した。
「二日待てば、ここにいる誰かが死ぬかもしれない。それでも待てと言うのか」
クロウは答えられなかった。
もし二日待つことで野営地が発見されたら。
負傷者は。
救出された子供たちは。
革命軍の仲間たちは。
未来を想像できてしまう。
鷹の目は敵だけではなく、最悪の可能性まで見せてしまう。
だから迷う。
だから苦しい。
それでも。
村人を巻き込む選択だけは受け入れられなかった。
◇ ◇ ◇
アッシュはダミアンへ向き直る。
「全員を救う方法はない。なら、どっちを選ぶ」
「選ばない」
「何?」
その瞬間、アッシュはダミアンを見た。
不思議な男だった。
守りたいものは同じ。
捨てられた者たちに居場所を与えたいという願いも同じ。
なのに結論だけが違う。
昔の自分を見ているようでもあり。
決して同じ場所へは辿り着かない相手にも見えた。
「俺たちが村人を逃がす。どっちも助ける」
「理想論だ」
「助けられないことはある。だからって、最初から切り捨てる理由にはならない」
クロウは思わず顔を上げた。
その言葉は理想論ではなかった。
助けられない現実を知った上で。
それでも諦めないと言っている。
かつてアッシュが語っていた理想に近かった。
だから胸が痛んだ。
アッシュは鼻で笑った。
「好きにしろ。ただし作戦は変えない。日が変わる前に火を放つ」
「それまでに終わらせる」
ダミアン、リーシャ、レイが天幕を出ようとすると、クロウが呼び止めた。
「村の西側には監視所がございます。南側の水路をお使いください」
「教えていいのか?」
「村人の避難は、作戦の成功にも有益です」
参謀としての言葉だった。
だがクロウは声を落とした。
「どうか、間に合わせてください」
「任せろ」
三人は村へ走り、革命軍は補給拠点焼却の準備へ入った。
◇ ◇ ◇
ダミアンたちが天幕を出る。
クロウはその背中を見送った。
似ている。
アッシュとダミアンは驚くほど似ている。
助けたいものも。
守りたいものも同じだ。
違うのは方法だけ。
だからこそ。
いつか決定的に交わらなくなる気がした。
外へ出ると夜風が吹いていた。
広場では救出された子供たちが食事をしている。
老人たちが焚き火を囲んでいる。
革命軍に救われた人々。
確かに守られている命がある。
だからこそ。
最近耳にする言葉が引っかかっていた。
「多少の犠牲は仕方ない」
昔の革命軍なら。
昔のアッシュなら。
決して口にしなかった言葉だった。
クロウの鷹の目には、何も知らず夜を迎える村が映っていた。
二つの正義が、違う道を走り始めていた。




