第37話 暴走
翌朝。
山から聞こえた咆哮は朝になっても止まなかった。
低く。
苦しげで。
聞いているだけで胸の奥が重くなるような声だった。
ダミアンたちは急いで山へ向かった。
昨日までとは違う。
嫌な予感があった。
◇ ◇ ◇
竜の巣へ近づくにつれ、異変ははっきりしていった。
木々が倒れている。
岩が砕けている。
地面には大きな爪痕が無数に刻まれていた。
レイが顔をしかめる。
「昨日より酷いな」
ゲンジも周囲を見回す。
「抑えきれなくなっている」
昨日までの白竜は理性を保っていた。
苦しみながらも耐えていた。
だが今は違う。
山全体に暴れた痕跡が残っている。
◇ ◇ ◇
やがて洞窟が見えた。
そして。
ミアが息を呑む。
白竜がいた。
だが様子がおかしい。
全身を震わせている。
巨大な爪を地面へ突き立て、必死に耐えていた。
胸の傷口からは黒い光が漏れている。
脈打つたびに黒い光が全身へ広がる。
そのたびに白竜の身体が激しく痙攣した。
まるで体の中で何かが暴れているようだった。
子竜が心配そうに親を見上げている。
白竜は苦しそうに息を吐いた。
それでも子竜を傷付けないよう距離を取っていた。
「まだ耐えてるのか……」
レイが呟く。
白竜は吠えた。
山が震える。
岩が砕ける。
それでも子竜へは触れない。
ダミアンは拳を握った。
「時間がないな」
◇ ◇ ◇
その時だった。
白竜の瞳が黒く濁る。
理性が消えかける。
次の瞬間。
巨大な翼が岩壁へ叩きつけられた。
轟音。
洞窟の一部が崩れる。
子竜が驚いて鳴いた。
白竜は慌てたように後退する。
自分の力で子供を傷付けそうになったのだ。
その姿を見て、ミアは唇を噛んだ。
「あんなの……」
声が震える。
「苦しいに決まってる」
レイも何も言わなかった。
ゲンジも黙って白竜を見ている。
白竜は暴れているのではない。
戦っているのだ。
自分自身と。
魔石と。
そして子供を傷付けてしまうかもしれない恐怖と。
◇ ◇ ◇
ミアは白竜の胸を見る。
黒い魔石。
そして傷跡。
脳裏によみがえる設計図。
鉱山で作らされた装置。
大型の魔物へ魔石を埋め込むための機構。
一度埋めれば簡単には外れない。
体内で固定される仕組み。
忘れたかった記憶だった。
それなのに今は鮮明に思い出せる。
「外れないように作られてる」
ミアが呟く。
ダミアンが振り返った。
「何か分かったのか」
ミアは頷く。
「普通には抜けない」
「無理に外したら?」
レイが聞く。
「肉ごと裂ける」
空気が重くなる。
「あの大きさだ」
ゲンジが言う。
「暴れながら外そうとすれば命に関わるな」
ミアは黙っていた。
視線は白竜から離れない。
やがて小さく息を吸う。
「でも」
全員が見る。
ミアは白竜を見つめたまま続けた。
「外れないように作ったの」
拳を握る。
「あの装置は、魔石が勝手に抜けないように固定するためのものだから」
そして静かに言った。
「だから外し方も分かる」
沈黙が落ちた。
レイが顔を上げる。
ゲンジもミアを見る。
ダミアンだけは表情を変えなかった。
「できるのか」
短い問いだった。
ミアは少しだけ迷った。
確信なんてない。
失敗するかもしれない。
間に合わないかもしれない。
それでも。
白竜を見る。
苦しみながら子供を守り続ける親竜を見る。
そして頷いた。
「やる」
はっきりと言った。
「あの時は傷付けるために作った」
子竜が親竜へ寄り添う。
白竜は苦しみながらも子供を守っている。
「今度は助けるために作る」
ダミアンは頷いた。
それだけで十分だった。
方法はまだ見えない。
だが希望は見えた。
ミアの技術。
それが白竜を救う鍵になる。
四人は洞窟を後にした。
背後では白竜の苦しげな咆哮が響き続けていた。
その声は、もはや誰の耳にも怪物の叫びには聞こえなかった。




