第36話 救う理由
山から戻った後も、誰もすぐには口を開かなかった。
夕暮れの空が赤く染まっている。
焚き火の周りには、ダミアン、レイ、ゲンジ、ミアの四人が集まっていた。
診療所ではリーシャがディダの看病を続けている。
静かな夜だった。
だが気持ちは静かではなかった。
「結局どうするんだ」
最初に口を開いたのはレイだった。
炎を見つめながら言う。
「あいつを助けるのか」
誰もすぐには答えない。
レイは続けた。
「被害は出てる」
事実だった。
牛が襲われた。
建物も壊された。
荷車も駄目になった。
幸い人は無事だったが、一歩間違えれば命を失っていた。
「理由があるのは分かった」
レイは薪を火へ放り込む。
「でもよ。被害を受けた奴らからしたら関係ないだろ」
その言葉にミアは俯いた。
レイは白竜を憎んでいるわけではない。
ただ現実を見ている。
被害者は確かに存在しているのだ。
「殺せば終わる」
レイが言う。
「俺たちならできると思う」
ゲンジも静かに頷いた。
「危険を排除するだけなら、それが最も早い」
炎が揺れる。
正論だった。
誰も否定できない。
ミアですら反論できなかった。
◇ ◇ ◇
しばらく沈黙が続いた。
やがてダミアンが口を開く。
「止める必要はある」
レイが顔を上げる。
ダミアンは続けた。
「被害を止める」
「なら」
「でも殺さない」
レイが眉をひそめた。
「簡単に言うなよ」
少しだけ苛立ちが混ざる。
「殺した方が楽だ」
「そうだな」
ダミアンはあっさり認めた。
「たぶん簡単だ」
レイは言葉に詰まった。
否定されると思っていたのだろう。
だがダミアンは続ける。
「だからって見捨てる理由にはならない」
焚き火が音を立てる。
誰も話さない。
「利用されている」
「苦しんでいる」
「助けを求めている」
ダミアンは白竜を思い浮かべる。
子竜を守ろうとしていた姿。
苦しそうな呼吸。
理性を失わないよう抗っていた姿。
「あいつは俺たちと同じだ」
静かな声だった。
だが強かった。
呪いによって苦しめられ。
利用され。
それでも必死に生きている。
その姿は、どこか自分たちと重なっていた。
◇ ◇ ◇
「違う!」
突然、ミアが立ち上がった。
全員が驚いて振り返る。
ミアの肩が震えていた。
拳を強く握り締めている。
「違うよ……」
涙が浮かんでいた。
「白竜は悪くない!」
焚き火の音だけが響く。
「悪いのは私だよ!」
誰も言葉を返せなかった。
ミアは唇を噛む。
「知らなかった」
「何に使われるかも知らなかった」
「でも作った」
涙が零れる。
「魔石を体に埋め込む装置」
レイの表情が固まる。
ミアは続けた。
「大型の魔物や魔獣に魔石を埋め込むための装置」
「あの傷を見た時、分かったの」
「見間違えるはずない」
「私が作った装置だったから」
震える声で言う。
「白竜を苦しめているのは魔石だけじゃない」
「私が作った装置なんだよ……!」
俯く。
「関係ないなんて言えない」
「分からなかったで済むのかな」
「知らなかったで済むのかな」
◇ ◇ ◇
長い沈黙の後。
ダミアンが口を開いた。
「許されなくていい」
ミアの肩が震える。
ゆっくり顔を上げた。
「え……」
「許されなくていい」
ダミアンは繰り返した。
「許されるために助けるわけじゃない」
焚き火が小さく爆ぜる。
「助けたいから助ける」
「今からでもできるならやればいい」
「それで十分だ」
ミアは言葉を失った。
許される方法を探していた。
罪を消す方法を探していた。
でもダミアンは違った。
罪は消えない。
許されないかもしれない。
それでもやれることをやれと言う。
「……ずるい」
ミアは涙を流しながら笑った。
「そんなこと言われたら……」
声が震える。
「助けるしかないじゃない」
ダミアンは頷いた。
当然のように。
◇ ◇ ◇
レイが大きく息を吐いた。
「分かったよ」
頭を掻きながら立ち上がる。
「止める」
そして続けた。
「その上で助ける」
ゲンジも刀へ視線を落とした。
「なら助ける」
それで十分だった。
方針は決まった。
白竜を止める。
そして救う。
簡単な道ではない。
だが誰一人として迷ってはいなかった。
その時。
遠くの山から咆哮が響く。
苦しげな声だった。
長く。
切なく。
まるで助けを求めるように。
ミアは山の方を見る。
涙を拭った。
「待ってて」
誰に聞かせるでもなく呟く。
今度は壊すためじゃない。
救うために。
自分の技術を使うために。
ミアの中で、何かが変わり始めていた。




