第35話 魔石
拠点へ戻ると、セドリックから使者が来ていた。
白竜の調査状況を確認するためだった。
ダミアンは簡単な報告書を渡した。
白竜には子供がいること。
人間を積極的に殺そうとしていないこと。
討伐の判断には、まだ情報が足りないこと。
使者は報告書へ目を通した。
「領主からは、調査中の討伐命令は出さないと預かっています」
「助かる」
「ただし、新たな人的被害が出た場合は知らせてほしいとのことです」
ダミアンは頷いた。
白竜を守るために人間の被害を無視することもできない。
セドリックは、その境界を見誤らないようにしていた。
◇ ◇ ◇
翌日。
ダミアンたちは再び竜の巣を訪れた。
洞窟の前には白竜がいた。
昨日と同じだ。
子竜を守るように座り込み、侵入者を警戒している。
だが攻撃する気配はない。
レイは腕を組んだ。
「やっぱり逃げないな」
白竜は山を離れない。
それはもう間違いなかった。
ダミアンはゆっくりと白竜を観察する。
昨日は戦闘になった。
子竜もいた。
落ち着いて見る余裕はなかった。
だが今日は違う。
白竜もまた、彼らのことを敵として扱うべきか迷っているように見えた。
「傷がある」
ミアが呟いた。
全員の視線が集まる。
白竜の胸元だった。
鱗の一部が不自然に盛り上がっている。
古い傷跡のようにも見える。
だが何かがおかしい。
ミアは目を細めた。
「近くで見たい」
レイが顔をしかめる。
「危なくないか?」
「見間違いならそれでいい」
ミアはそう言った。
◇ ◇ ◇
四人が少しずつ近づく。
白竜は唸った。
子竜を庇うように翼を広げる。
だが襲ってはこない。
ダミアンは風を使いながら距離を詰めた。
その時だった。
強い風が吹く。
白竜の鱗が揺れた。
そして。
胸元の傷が見えた。
ミアの顔色が変わる。
「そんな……」
声が震えていた。
ダミアンが振り返る。
「ミア?」
返事はなかった。
ミアは傷だけを見ている。
まるで何か恐ろしいものを見たように。
「知ってるのか」
ゲンジが尋ねた。
ミアは小さく頷いた。
そして絞り出すように言った。
「これは……固定具の跡」
「固定具?」
レイが眉をひそめる。
ミアは答えず、白竜の胸元を凝視した。
鱗の一部が押し広げられている。
その奥で、黒い結晶が脈打っていた。
「魔石が埋め込まれてる」
ミアの声が震えた。
「それを抜けなくするための装置よ」
「お前が作ったのか?」
ゲンジが尋ねる。
ミアはすぐには答えなかった。
傷口を囲むように残された金属の跡。
鱗の下へ潜り込む固定具。
体内で開き、引き抜こうとすれば肉へ食い込む返し。
見間違えるはずがなかった。
「鉱山で作らされた」
ようやく、それだけを口にした。
「大型の魔物に、魔石を埋め込むための装置だった」
空気が止まった。
◇ ◇ ◇
鉱山の光景が脳裏によみがえる。
暗い地下。
泣き声。
怒鳴り声。
鎖の音。
幼いミアは毎日のように何かを作らされていた。
錬金術の才能があったからだ。
命令されるまま。
意味も知らず。
逆らうこともできず。
ただ作った。
その中には奇妙な依頼もあった。
普通の生物より大きな魔物。
大型生物。
その身体へ魔石を埋め込むための器具。
一度埋めれば外れない。
身体の奥深くで固定される。
そんな装置だった。
「まさか……」
ミアは唇を噛む。
見間違えるはずがない。
自分が設計した構造だった。
◇ ◇ ◇
「何が埋まってるんだ」
レイが聞く。
ミアは答えた。
「魔石」
その言葉に全員が黙る。
魔石。
聞いたことのないものではない。
だが普通ではない。
ミアは続けた。
「魔石そのものは、感情や魔力を蓄える結晶なの」
ミアは白竜の胸元を見つめた。
黒い光が脈打つたび、白竜の爪が地面へ食い込む。
「でも、あれは普通じゃない」
「何が違う?」
ダミアンが尋ねる。
「分からない。でも、魔石が光るたびに白竜が苦しんでる」
白竜の喉から低い声が漏れた。
怒りではない。
悲鳴に近かった。
「あの魔石が、白竜の意思を押さえ込もうとしてる」
ミアは唇を噛んだ。
「それでも白竜は抵抗してるんだ」
白竜は今も苦しそうに呼吸している。
昨日まで見えなかった。
いや。
見えていなかった。
怒っているように見えた。
暴れているように見えた。
だが違う。
「あいつ……苦しんでる」
ミアが言った。
白竜は再び低く唸った。
怒りではない。
悲鳴に近かった。
◇ ◇ ◇
レイが白竜を見る。
「あいつが被害を出してたんだよな」
「そうだ」
ダミアンも否定しない。
事実だ。
牛も失われた。
建物も壊れた。
被害者はいる。
だが。
「それでも人を殺さなかった」
ダミアンが言う。
ミアも頷いた。
「抵抗してるんだと思う」
「抵抗?」
「魔石に」
その言葉で全てが繋がった。
山から離れない理由。
人間を執拗に襲わない理由。
子竜を守ろうとした理由。
理性を失いきっていないからだ。
白竜は今も戦っている。
体内の何かと。
◇ ◇ ◇
子竜が親竜の足元へ寄り添う。
白竜はそっと頭を下げた。
それだけで十分だった。
怪物には見えない。
親だった。
そして被害者だった。
ミアは拳を強く握る。
白竜の胸にある傷を見つめながら。
自分が作ったかもしれない装置。
自分が関わったかもしれない苦しみ。
胸が締め付けられる。
「ごめん……」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
ダミアンは聞かなかったふりをした。
白竜を見上げる。
討伐すべき怪物なのか。
それとも、誰かに利用された被害者なのか。
もう答えは見えていた。
だが被害が出ていることも事実だった。
その二つを、どちらもなかったことにはできない。
「戻ろう」
今度は、何をするべきかを決めなければならなかった。
四人は洞窟を後にした。
その背中を見送る黄金の瞳は、どこか昨日より穏やかに見えた。




