第34話 竜の巣
翌朝。
ダミアンたちは再び岩山へ入った。
昨日の戦闘後、白竜は山の奥へ飛び去った。
ならば答えはその先にある。
ダミアンはそう考えていた。
山道を進みながら、ミアが周囲を見回す。
「昨日より静かね」
確かにそうだった。
鳥もいない。
獣もいない。
風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
生き物の気配が極端に少ない。
レイは岩肌に残る傷を見つけた。
「これだな」
大人の身体ほどもある爪痕だった。
ゲンジがしゃがみ込む。
「新しい」
「昨日のか?」
「おそらく」
痕跡は山の上へ続いている。
四人は慎重に後を追った。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
岩山の中腹へ辿り着く。
そこでミアが足を止めた。
「あれ」
視線の先には断崖があった。
そして岩壁の途中に大きな穴が開いている。
洞窟だった。
レイが顔をしかめる。
「いかにもって感じだな」
「たぶん外れじゃない」
ダミアンは周囲を見渡した。
白竜の姿はない。
翼が接触したと思われる木々。
踏み砕かれた岩。
どれも巨大な生物の存在を示している。
「行くぞ」
四人はゆっくり洞窟へ近づいた。
◇ ◇ ◇
中は思ったより広かった。
だが暗い。
湿った空気が漂っている。
レイが辺りを見回す。
「宝とかないのか」
「竜の巣を何だと思ってるのよ」
ミアが呆れる。
「だって物語だと集めてるじゃねえか」
「現実には無いわね」
「夢がねえ」
そんなやり取りをしながら洞窟の奥へ進む。
その時だった。
ミアが小さな声を上げた。
「待って」
全員が動きを止める。
暗闇の奥。
何かがいた。
じっとこちらを見ている。
二つの金色の光。
レイは反射的に身構えた。
「白竜か?」
違う。
近付くにつれて輪郭が見えてきた。
小さい。
あまりにも小さい。
やがて姿がはっきりする。
白い鱗。
黄金の瞳。
翼。
そして丸い鼻先。
白竜だった。
ただし子供の。
「子竜……?」
ミアが呟く。
大型犬ほどの大きさしかない。
昨日戦った白竜とは比べ物にならないほど小さい。
子竜は警戒した様子でこちらを見ていた。
だが逃げない。
不思議そうに首を傾げる。
そして。
てくてくと歩き始めた。
「おい」
レイが眉をひそめる。
子竜はまっすぐレイの方へ向かった。
「来るな」
止まらない。
「何で俺なんだ」
さらに近付く。
そして。
レイの足元へ座った。
沈黙。
ミアが吹き出した。
「懐かれた」
「なんでだよ」
「知らないわよ」
「嫌なんだけど」
子竜は全く気にしていない。
むしろ当然のような顔をしている。
レイの靴へ鼻先を擦り付けた。
「来るなって」
無視だった。
「気に入られてるな」
ゲンジが珍しく少し笑う。
「助けてくれ」
「無理だ」
即答だった。
◇ ◇ ◇
ダミアンは洞窟の中を見回した。
寝床がある。
食べ残しもある。
だがそれだけだった。
財宝もない。
人骨もない。
人間を襲っているならあってもおかしくない痕跡が何もない。
普通の獣の巣に近かった。
「変だな」
ダミアンが呟く。
ミアが振り返った。
「何が?」
「いや」
ダミアンは子竜を見た。
「まだ分からない」
その言葉とほぼ同時だった。
洞窟の外から風が吹き込む。
空気が変わる。
ゲンジが立ち上がった。
「戻ったな」
次の瞬間。
大きな影が洞窟を覆う。
白竜だった。
黄金の瞳が洞窟の中を見渡す。
そして真っ先に子竜を確認する。
子竜は嬉しそうに鳴いた。
白竜は一瞬だけ安堵したように見えた。
だが次の瞬間。
ダミアンたちの存在に気付く。
巨大な身体が子竜の前へ回り込んだ。
翼が広がる。
子竜を隠すように。
守るように。
レイはその姿を見ていた。
昨日とは違って見えた。
怒っているのではない。
威嚇だ。
近付くなと言っている。
子供を守ろうとしているだけだ。
ミアも同じことを感じたらしい。
小さく息を呑んだ。
白竜は飛びかかってこない。
ただ立ちはだかっている。
その姿を見た瞬間、これまでの行動が一本に繋がった。
山から離れなかった理由。
侵入者を深追いしなかった理由。
何度も自分たちを仕留める機会がありながら、そうしなかった理由。
「そうか」
ダミアンが呟いた。
「お前は、こいつを守ってたんだな」
白竜は答えない。
ただ、子竜を隠すように翼を広げていた。
ダミアンは静かに武器を下ろした。
「戻ろう」
レイが見る。
「このまま戻るのか?」
「十分見た」
そして白竜へ視線を向ける。
巨大な身体。
鋭い牙。
恐ろしい姿。
それでも今のダミアンには、ただの怪物には見えなかった。
「まだ分かってないことが多い」
ダミアンはそう言った。
白竜は最後まで警戒を解かなかった。
だが攻撃もしなかった。
四人は武器を向けることなく洞窟を後にした。
その背中を、白竜は静かに見送っていた。




