第32話 白竜被害
セドリックたちが帰った翌日、ホワイトファルコンは白竜被害の調査を始めた。
いきなり山へ向かうわけではない。
まずは被害を受けた人々から話を聞く必要があった。
最初に訪れたのは牧場だった。
「本当に竜だったんだな」
レイは壊れた柵を見上げた。
人の背丈ほどある木柵が大きくひしゃげている。
牛舎の壁にも巨大な爪痕が残っていた。
人間の力でこうはならない。
牧場主の老人がため息をつく。
「あんなもん見間違えるわけがねえ」
老人は遠くの山を指差した。
「夜中にな、突然降りてきたんだ」
「被害は?」
ダミアンが尋ねる。
「牛が二頭やられた」
「人は?」
「無事だ」
老人は頷いた。
「みんな逃げたからな」
レイが腕を組む。
「追われなかったのか?」
老人は少し考えた。
「そういや妙だったな」
「妙?」
「儂が逃げた時じゃ」
老人は困ったように頭を掻く。
「白竜はこっちを見ていたんだ」
「なら追ってきそうなもんだけどな」
「来なかった」
老人は首を振った。
「牛を咥えたまま山に戻っていった」
◇ ◇ ◇
次に向かったのは街道だった。
横倒しになった荷車がそのまま残されている。
商人の男が当時の状況を説明した。
「空から降ってきたんだ」
「突然か?」
「ああ」
男は頷く。
「気付いた時には目の前だった」
荷台は完全に壊されていた。
積荷もそこら中に散らばっている。
だが奇妙なことがあった。
「荷物は?」
ミアが尋ねる。
「そのままだ」
「盗まれてないの?」
「全部残ってる」
当然だ。
竜が金貨を欲しがるはずがない。
だが問題はそこではなかった。
「お前は無事なんだな」
レイが言う。
「逃げられた」
「追われなかった?」
「追われなかった」
また同じだった。
被害は出る。
だが人間を執拗に襲わない。
◇ ◇ ◇
三件目。
四件目。
話を聞くたびに違和感は強くなっていった。
白竜は確かに被害を出している。
しかし行動がちぐはぐだった。
獲物を襲う。
だが深追いしない。
建物を壊す。
だが人を殺そうとしない。
まるで二つの意思がぶつかり合っているようだった。
帰り道。
レイが口を開く。
「変だな」
「何がだ」
ゲンジが聞く。
「腹減ってる魔物なら人間も襲うだろ」
「その通りだ」
ゲンジは頷いた。
「獲物を狙うなら、確実に仕留めようとする。だが白竜には、その動きがない」
「やっぱり、わざと見逃してるのかな」
ミアが呟いた。
ダミアンも同じ違和感を抱いていた。
被害は出ている。
だが殺意が足りない。
それが一番不自然だった。
◇ ◇ ◇
拠点へ戻ると診療所が少し騒がしかった。
様子を見に行くと、ディダが寝台に寝かされていた。
顔が赤い。
息も荒い。
「熱か」
レイが呟く。
リーシャが額に手を当てた。
「結構高いわね」
季節の変わり目だ。
ここしばらく診療所も忙しかった。
無理がたたったのだろう。
ディダは申し訳なさそうに笑う。
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない」
リーシャが即座に言う。
「今日は休みなさい」
「でも……」
「駄目」
有無を言わせない声だった。
ディダは観念したように布団へ潜る。
レイが苦笑する。
「誰も勝てねえな」
「当たり前よ」
リーシャはそう言うと、ディダの額へ濡れた布を置いた。
その姿を見て、誰も何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
調査を続けるのは四人になった。
ダミアン。
レイ。
ゲンジ。
ミア。
リーシャは診療所に残り、ディダの看病を続ける。
出発前。
ダミアンは集めた情報を地図へ書き込んでいた。
目撃地点。
被害場所。
移動経路。
聞き取った内容を全て記録していく。
やがて一つの特徴が見えてきた。
ミアが地図を覗き込む。
「集まってる」
被害地点は広範囲ではない。
むしろ狭かった。
全て同じ山域の周辺に集中している。
レイが眉をひそめる。
「竜ってもっと広く飛び回るもんじゃねえのか」
「普通はな」
ゲンジが答える。
「だがこいつは違う」
被害の中心には岩山があった。
白竜はそこからほとんど離れていない。
まるで何かに縛られているように。
ミアがぽつりと呟く。
「何かを守ってるみたい」
ダミアンは答えなかった。
だが同じことを考えていた。
理由がある。
そして、その理由は山にある。
ダミアンは地図を畳んだ。
「行こう」
四人は山へ向かう準備を始めた。




