第31話 新領主
春の陽射しが畑を照らしていた。
ホワイトファルコンの朝は騒がしい。
畑では移住者たちが作業を始め、工房からは金属を打つ音が響く。
診療所の前には順番を待つ人々が並び、孤児院の庭では子供たちが元気よく走り回っていた。
少し前までは何もなかった土地だ。
それが今では、一つの村と呼べるほどになっている。
食堂の窓から外を眺めながら、レイは欠伸をした。
「人が増えたな」
「良いことじゃない」
ミアが答える。
「でも仕事も増えたぞ」
「文句言わない」
「言ってねえ」
「言ってる」
即答だった。
レイが顔をしかめる。
食堂に小さな笑いが広がった。
その時だった。
食堂の扉が勢いよく開く。
「ダミアン!」
門番役の青年が飛び込んできた。
「お客さんだ!」
「客?」
「領主様らしい!」
リーシャが顔を上げる。
「新しい領主かしら」
ラングレーが失脚してから、新たな領主が赴任するという話は聞いていた。
だが会うのは初めてだ。
レイがダミアンを見る。
「どうする?」
「会おうか」
ダミアンは席を立った。
◇ ◇ ◇
門の前には馬車が停まっていた。
豪華な馬車ではない。
だが上質だった。
見せびらかすための贅沢ではなく、長く丁寧に使われているような印象を受ける。
馬車から降りてきた男は、ダミアンたちを見ると穏やかに頭を下げた。
「初めまして」
金髪の青年だった。
年齢は三十前後だろうか。
整った顔立ちをしているが、嫌味はない。
むしろ柔らかな雰囲気があった。
「セドリックです。この地の新領主を任されました」
「ダミアンだ」
短い挨拶だった。
だがセドリックは気を悪くした様子もなく微笑む。
「お会いできて光栄です」
そう言って後ろの二人を振り返った。
「こちらは娘のエレノアです」
少女が一歩前に出る。
年齢はレイたちと同じくらいだろう。
派手な装飾品はなく、落ち着いた雰囲気を持っていた。
「よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる。
その仕草には不思議な品があった。
貴族の娘として育ったのだろう。
そう思わせる立ち居振る舞いだった。
「そして護衛のエルザです」
今度は長身の女性が軽く会釈した。
腰には使い込まれた剣。
無駄のない身体。
一目で戦士だと分かる。
彼女は多くを語らない。
だが周囲への警戒を切らしていなかった。
門。
塀。
周囲の建物。
自然な視線で全てを確認している。
少女を守ることが最優先なのだろう。
「強そうだな」
レイが思わず呟く。
エルザはわずかに口元を緩めた。
「そちらの剣士ほどではありません」
視線の先にはゲンジがいた。
ゲンジもまたエルザを見ている。
ほんの一瞬だけ。
互いに視線を交わす。
それだけで十分だった。
達人同士には、それ以上の言葉は必要なかった。
◇ ◇ ◇
一行は応接室へ案内された。
リーシャが茶を運んでくる。
爽やかな香りが部屋を満たした。
セドリックが感心したように目を細める。
「良い香りですね」
「秘密よ」
リーシャが答える。
「なるほど。職人は秘伝を明かさないものですからね」
セドリックは笑った。
エレノアも小さく微笑む。
空気が少し和らいだ。
しばらく雑談を交わした後、セドリックの表情が変わる。
領主の顔だった。
「今日はお礼を言いに来ました」
「礼?」
レイが首を傾げる。
「前領主ラングレーの件です」
その名を聞き、空気が少し重くなった。
セドリックは真っ直ぐダミアンを見た。
「あなたたちのおかげで領民は救われました」
「俺たちは勝手にやっただけだ」
ダミアンは答える。
「それでもです」
セドリックは言った。
「守られた人々がいる。それは事実です」
その言葉に打算は感じられなかった。
少なくとも、この男は本気でそう思っている。
ダミアンはそう判断した。
「本題は?」
ダミアンが尋ねると、セドリックは苦笑した。
「見抜かれていましたか」
そう言って一枚の地図を広げる。
山岳地帯の周辺に印が付けられていた。
「最近、この辺りで被害が出ています」
「盗賊か?」
レイが聞く。
セドリックは首を振った。
「いいえ」
そして静かに告げる。
「白竜です」
室内が静まり返る。
竜。
それだけで危険な存在だった。
だがセドリックの次の言葉は予想外だった。
「討伐してほしいわけではありません」
レイが眉を上げる。
「違うのか?」
「調べてほしいのです」
セドリックは説明を続けた。
家畜が襲われる。
建物が壊される。
だが不自然なことがあった。
人を執拗に追わない。
村を滅ぼさない。
被害は出る。
それでも、どこか理性が残っているような行動を取っている。
「私は知りたいのです」
セドリックは言った。
「本当に討伐するしかない存在なのか」
ラングレーなら考えもしなかっただろう。
理由を調べる前に殺していたはずだ。
だがこの男は違う。
まず知ろうとしている。
ダミアンは頷いた。
「分かった」
「調べる」
セドリックは静かに頭を下げた。
◇ ◇ ◇
話が終わりかけた時、リーシャが口を開いた。
「一つ聞いてもいいかしら」
「どうぞ」
「王都は白竜の件をどう考えているの?」
セドリックは少し考えた。
それから答える。
「王都も一枚岩ではありません」
エレノアは黙って茶を飲んでいる。
エルザも表情を変えない。
「王女殿下を支持する者たち」
「現在の体制を支持する者たち」
「二つの流れが生まれつつあります」
「王女派と宰相派ね」
リーシャが言う。
セドリックは頷いた。
「表立った争いではありません。しかし対立は確実に深まっています」
窓の外から子供たちの笑い声が聞こえる。
平和な時間だった。
だが王国そのものは静かに揺れ始めていた。
ダミアンはエレノアを見る。
エレノアもまた、こちらを見ていた。
不思議な目だった。
貴族の娘らしい品はある。
だが、それだけではない。
もっと多くのものを背負っている人間の目だ。
(変な奴だな)
そう思った。
だが理由は分からない。
やがて会談は終わった。
セドリックたちを乗せた馬車が遠ざかっていく。
ダミアンは山の方へ目を向けた。
白竜。
そこに何がいるのか。
まだ誰も知らない。
だがその出会いは、一頭の竜だけではなく、王国の未来へも繋がっていくことになる。




