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第30話 新たなる翼

黒い力が溢れていた。


重い。息が苦しい。


怪物化した子爵は倒れた。


戦いは終わったはずだった。


だが今度は、ゲンジ自身が壊れ始めていた。


ゲンジは刀を握る。


黒い力が身体を覆い、地面が割れる。


理性が削られていく。


戦場。血。悲鳴。死体。


何度も見てきた光景が蘇る。


「下がれ」


低い声が震えている。


「今ならまだ……」


言葉が切れた。


ドォォォォォン!!


黒い力が爆発する。


レイが吹き飛ばされ、木々が揺れる。


「全員下がって!」


リーシャが叫ぶ。


ディダは子供たちを診療所へ導き、ミアは工房側で住民を守る。


レイは立ち上がった。


身体中が痛い。


それでも、ゲンジが自分自身と戦っているのが分かった。


「ゲンジ!」


反応はない。


ゲンジの刀が動く。


レイの頬が裂ける。


それでも退かない。


「勝手に終わるな!」


ゲンジの動きが一瞬止まる。


「まだ終わってないだろ!」


「勝手に諦めるな!」


「助けられる方の気持ちも考えろ!」


レイは吹き飛ばされ、地面を転がる。


それでも立ち上がる。


ダミアンが前へ出た。


「ゲンジ」


返事はない。


もう一度呼ぶ。


「ゲンジ」


ダミアンは空を見る。


風。雲。雨。


今まで使わなかった力。


風が吹き、冷たい雨が降る。


攻撃ではない。


仲間を呼び戻すための力。


「帰って来い!」


世界が静かになる。


ゲンジの意識が揺れる。


守れなかった家族。失った仲間。血まみれの戦場。


だから一人で強くなった。


だが今見えるものは違う。


レイ。ダミアン。リーシャ。ディダ。ミア。


工房。畑。診療所。子供たち。


いつの間にか、守りたいと思い始めていた光景。


「違う……」


黒い力が揺らぐ。


「守るのは……俺一人じゃなかった」


黒い力が崩れる。


刀が地面へ落ちた。


ゲンジは膝をつく。


しばらくして、小さく言った。


「……何で止めた」


ダミアンは少しだけ考える。


「なんとなくだ」


「……は?」


「助けたかった。それじゃ駄目か?」


ゲンジは答えられなかった。


◇ ◇ ◇


数日後。


ゲンジは荷物をまとめていた。


「待て!」


レイが走ってくる。


「まだ何かあるのか」


「ある。俺はまだあんたに勝ってない」


「強くなれ」


「違う」


レイは拳を握る。


「俺に戦い方を教えてくれ」


「……は?」


「師匠になってくれ」


ゲンジは本気で困った。


「正気か」


「正気だ。俺はあんたより強くなりたい。でも、あんたみたいにはなりたくない」


静寂。


そこへダミアンが来る。


「来るか?」


ゲンジは畑、工房、診療所、子供たちを見る。


長い沈黙の後、ほんの少しだけ笑った。


「師匠なんて柄じゃない」


「じゃあ先生」


「それも違うな」


少し考える。


「……少しだけだぞ」


レイが笑う。


ダミアンも笑う。


その日、ホワイトファルコンは新しい力を手に入れた。


ミアが作る力なら、ゲンジは守る力。


そして、また一人。


帰る場所を見つけた者が増えた。


白い隼の風見鳥が風を受ける。


その翼は、さらに大きく広がっていた。

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