第20話 檻の外で作るもの
夜。
ホワイトファルコンへの帰路。
町を離れた森の中で、一行は野営していた。
焚き火が揺れる。
解放された人々は疲れ切っていた。
それでも誰もが少しだけ安心した表情をしている。
子供たちは眠り。
大人たちは久しぶりに穏やかな顔をしていた。
◇ ◇ ◇
ミアは焚き火から少し離れた場所に座っていた。
膝を抱える。
静かだった。
工房の音が聞こえない夜なんて、いつ以来だろう。
不思議な気分だった。
「ここにいたか」
レイだった。
ミアが顔を上げる。
「何?」
レイは近くの切り株へ腰を下ろした。
少し沈黙。
やがて口を開く。
「これからどうするんだ」
ミアは首を傾げる。
「何が?」
「お前のことだよ」
ミアは少し考えた。
そして正直に答える。
「分からない」
レイが笑う。
「だろうな」
「ひどい」
「だって昨日まで鉱山にいたじゃねえか」
それはその通りだった。
ミアも少し笑った。
◇ ◇ ◇
その時。
小さな泣き声が聞こえた。
二人が振り向く。
幼い男の子だった。
木箱へ腰掛けようとしている。
だが箱が大きすぎる。
うまく座れない。
何度もずり落ちている。
「何してるの?」
ミアが近付いた。
男の子は困った顔をする。
「高い」
ミアは思わず笑った。
「確かに」
レイも吹き出す。
男の子は不満そうだった。
◇ ◇ ◇
ミアは周囲を見回した。
落ちていた木材を拾う。
手に取る。
久しぶりだった。
誰にも命令されていない。
自分が作りたいから作る。
ただそれだけ。
淡い光が木材を包む。
錬金術。
木が形を変えていく。
小さな椅子。
男の子にちょうど良い大きさだった。
「ほら」
差し出す。
男の子が目を輝かせた。
「座っていい?」
「そのために作ったんだよ」
男の子は椅子へ座る。
ぴったりだった。
嬉しそうに笑う。
その様子を見ていた周囲の子供たちも集まってくる。
「すごい!」
「私も欲しい!」
「僕も!」
次々に声が飛んだ。
◇ ◇ ◇
ミアは呆然としていた。
工房では毎日何かを作っていた。
剣。
槍。
鎖。
拘束具。
だが今は違う。
目の前で喜ぶ人がいる。
笑う人がいる。
それだけで胸が温かかった。
レイが横から言う。
「その顔の方がいいな」
「え?」
「工房にいた時より」
ミアは少し照れた。
◇ ◇ ◇
翌日。
ホワイトファルコンへ到着した。
白い隼の風見鳥が風を受けて回っている。
解放された人々は驚いていた。
畑。
工房。
診療所。
子供たちが走り回る家。
「すごい……」
誰かが呟く。
ロイドは少し誇らしげだった。
「だろ」
まるで自分の家のようだった。
◇ ◇ ◇
到着した瞬間から大騒ぎになった。
人が増えた。
住む場所も足りない。
机も椅子も足りない。
農具も足りない。
収納棚も足りない。
何もかも足りない。
ロイドはすぐに荷車から木材を降ろし始めた。
「俺も手伝う」
鉱山で一緒だった人々にも声を掛ける。
「寝床を作ろう。今度は俺たちが作る側だ」
一人、また一人と荷物を運び始めた。
リーシャが頭を抱えた。
「増えすぎよ!」
ダミアンは普通に答える。
「そうだな」
「そうだなじゃない!」
レイは笑う。
ディダも苦笑していた。
◇ ◇ ◇
ミアは周囲を見回した。
必要な物ばかりだった。
椅子。
机。
棚。
農具。
全部必要だ。
全部作れる。
ふと昨日の男の子を思い出した。
小さな椅子。
喜んだ顔。
自然と口元が緩む。
「作るよ」
リーシャが振り返る。
「え?」
ミアは少し笑った。
「全部は無理だけど」
「できるだけ」
ミアは不足している物を指で数える。
「まず椅子と机。それから農具と棚」
「人が増えたら、新しい家に必要な物も作る」
工房で命じられていた頃とは違う。
今度は、自分で何を作るかを決められる。
ダミアンが聞く。
「理由は」
ミアは少し考えた。
そして答える。
「誰かが帰ってきたくなる場所にしたいから」
静かだった。
だが十分だった。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
ミアは少し迷うように視線を泳がせた。
「……あのさ」
皆が見る。
ミアは照れくさそうに頭を掻いた。
「私もここにいていい?」
一瞬。
静寂が流れる。
そして。
ダミアンが少し笑った。
「最初からそのつもりだ」
リーシャが肩をすくめる。
「聞くのが遅いわ」
レイは吹き出した。
「今さらかよ」
ディダも笑う。
「歓迎するよ」
ミアは目を丸くした。
必要だから働けと言われたことはある。
だが、何も差し出さずにいていいと言われたのは初めてだった。
ここなら、誰かのために自分を削らなくてもいい。
失敗しても、疲れても、帰ってきていい。
ミアはようやく、自分にも帰る場所ができたのだと気付いた。
それから小さく笑う。
今まで知らなかった笑い方だった。
◇ ◇ ◇
白い隼の風見鳥が風を受けて回る。
畑がある。
工房がある。
診療所がある。
そして人がいる。
住む場所はまだ足りない。
畑も工房も、これから広げなければならない。
それでも皆が、それぞれにできる仕事を始めていた。
また一人。
帰る場所を見つけた者が増えた。




