第19話 檻を壊す日
工房の中は静まり返っていた。
ロイドの言葉が残っている。
「迎えに来た!」
「今度はみんなで行こう!」
誰も動けなかった。
ミアも。
仲間たちも。
工房長だけが苛立ったように怒鳴る。
「何をしている!」
「仕事へ戻れ!」
工房全体へ響く声。
だが以前ほどの勢いはなかった。
外から聞こえる歓声。
逃げ出していく人々。
倒れた柵。
町が変わり始めている。
皆がそれを見ていた。
◇ ◇ ◇
工房長はミアを睨んだ。
「お前は残れ」
工房が静まる。
「お前がいなければここは回らん」
「お前しか作れないんだ」
何度も聞いてきた言葉。
何度も自分へ言い聞かせてきた言葉。
私しかできない。
私がやらなきゃいけない。
ミアの足が止まる。
その時だった。
「もういいだろ」
声が響く。
工房の奥。
一人の少年が前へ出た。
昨日殴られていた少年だった。
工房長の顔が歪む。
「何だと?」
「もういいだろって言ったんだ」
少年は震えていた。
怖くないわけがない。
それでも退かなかった。
◇ ◇ ◇
「ミアは十分やった」
静かな声だった。
だが工房中に聞こえた。
「ずっと俺たちの代わりに殴られて」
「ずっと俺たちの代わりに作って」
「十分だ」
ミアが目を見開く。
工房長が怒鳴る。
「黙れ!」
だが別の声が続いた。
「そうだ」
今度は年配の男だった。
「俺たちだって見てた」
「全部ミアに押し付けてた」
さらに別の声。
「悪いのはミアじゃない」
「作らせてた奴らだ」
一人。
また一人。
前へ出る。
工房長の顔色が変わった。
◇ ◇ ◇
ミアは呆然としていた。
ずっと思っていた。
自分が皆を守っているのだと。
自分が頑張らなければ終わるのだと。
だが違った。
皆も見ていた。
皆も苦しんでいた。
皆も戦っていた。
ロイドが近付く。
「ごめん」
ミアが顔を上げる。
「え?」
「置いていった」
ロイドは拳を握る。
「俺だけ逃げた」
「本当にごめん」
声が震えている。
だが逃げなかった。
最後まで言い切る。
そして顔を上げた。
「でも迎えに来た」
ミアの胸が大きく揺れた。
「一緒に行こう」
◇ ◇ ◇
工房長が怒鳴った。
「ふざけるな!」
「ここを出てどうする!」
「お前たちのような連中が、外で生きていけると思うのか!」
一瞬、工房が静まる。
だが昨日殴られていた少年は退かなかった。
「それでも行く」
年配の男も一歩前へ出る。
「お前の下にいる方が地獄だ」
工房長の顔が怒りに歪む。
剣を抜く。
私兵たちも前へ出る。
「逃がすな!」
「捕まえろ!」
だが工房の仲間たちが前へ出た。
ミアの前へ並ぶ。
昨日の少年。
年配の男。
女たち。
誰も武器を持っていない。
それでも立ち塞がった。
「どけ!」
「嫌だ」
即答だった。
工房長がさらに顔を歪める。
◇ ◇ ◇
その時だった。
風が吹く。
ドォォォン!!
工房の扉が開いた。
ダミアンだった。
その後ろにはレイ。
リーシャ。
避難を終えた住民たち。
ホワイトファルコンが並んでいる。
工房長の顔から血の気が引いた。
レイが一歩前へ出る。
「もう終わりだ」
工房長は後ずさる。
だが逃げ場はない。
工房の中。
工房の外。
どちらにも人がいた。
今まで抑え付けてきた人々だった。
◇ ◇ ◇
静寂。
ダミアンがミアを見る。
ただそれだけだった。
説得もしない。
急かしもしない。
手を差し出す。
「行くぞ」
短い言葉だった。
ミアは工房を見る。
武器。
鎖。
拘束具。
ずっと閉じ込められていた場所。
そして仲間たちを見る。
ロイドを。
昨日の少年を。
工房の人々を。
皆が頷いていた。
◇ ◇ ◇
ミアの目から涙がこぼれた。
「……うん」
小さな声だった。
それでも確かに届いた。
ミアが手を伸ばす。
ダミアンの手を取った。
その瞬間。
工房のあちこちで歓声が上がった。
誰かが笑う。
誰かが泣く。
誰かが肩を叩き合う。
長かった檻の日々が終わった。
◇ ◇ ◇
夕方。
鉱山町から長い列が伸びていた。
呪い子たち。
徴用されていた住民たち。
老人。
子供。
家族連れ。
皆が歩いている。
誰も置いていかない。
ロイドが振り返る。
かつて逃げ出した鉱山町。
今は違った。
一人ではない。
仲間がいる。
前を向く。
その先にはホワイトファルコンがあった。
◇ ◇ ◇
ミアは最後に一度だけ振り返った。
工房が見える。
ずっと嫌いだった場所。
だが全てが嫌だったわけではない。
作ることまで嫌いだったわけではない。
夕日に照らされた人々を見る。
笑っている人がいる。
助かった人がいる。
未来へ歩き始めた人がいる。
ミアも少し笑った。
「今度は人を傷付ける物じゃなくて」
「誰かが喜ぶ物を作りたい」
夕日の中、一行は鉱山町を後にした。
長い檻の日々は終わった。
そして新しい未来が、静かに始まろうとしていた。




