第18話 解放戦
昼の鐘が鳴った。
ゴォォォッ。
同時に、鉱山町へ強い風が吹き込む。
誰も異変には気付かなかった。
いや。
気付いた時には、もう遅かった。
◇ ◇ ◇
工房裏。
リーシャが地面へ手を触れた。
「起きなさい」
小さく呟く。
次の瞬間。
地面から無数の蔦が伸びた。
バキバキバキッ!
資材置き場の木材を巻き込みながら、蔦が柵を引き倒す。
警報が響いた。
「なっ!?」
「敵襲!」
私兵たちが叫ぶ。
同時にレイが飛び出した。
「どけぇぇぇ!」
怪力の呪い。
拳が門へ叩き込まれる。
ドォォォン!!
重い鉄門が吹き飛んだ。
土煙が舞う。
労働者たちが呆然と振り返る。
ロイドが叫んだ。
「迎えに来た!」
声は町中へ響いた。
「逃げるぞ!」
◇ ◇ ◇
「止めろ!」
「戻れ!」
私兵たちが一斉に前へ出る。
剣を抜き、逃げる労働者たちの前へ立ちはだかった。
だが。
ダミアンが前へ出る。
「邪魔だ」
ゴォォォッ!
暴風が吹き抜けた。
先頭の私兵たちがよろめく。
剣が弾かれ、隊列が崩れる。
そこへレイが飛び込んだ。
「うおぉぉぉ!」
怪力の拳。
一人を殴り倒し、もう一人を押し退ける。
ダミアンの風がさらに道を広げた。
労働者たちが一斉に走り出す。
呪い子。
徴用された住民。
老人も子供も。
全員が出口へ向かって駆け出した。
◇ ◇ ◇
「逃がすな!」
怒声が響く。
私兵たちが左右へ下がった。
重装備の男が前へ出る。
私兵隊長だった。
「ここは通さん!」
剣を抜く。
普通の兵士とは違う。
一歩踏み出しただけで空気が変わる。
レイの口元が歪んだ。
「少しは骨がありそうだな」
隊長が地面を蹴る。
速い。
剣が唸る。
レイは腕で受け流し、拳を振るう。
隊長は躱す。
さらに斬撃。
火花が散った。
数合の打ち合い。
周囲の私兵たちが息を呑む。
隊長は強かった。
だが。
レイの方が上だった。
「化け物が!」
隊長が叫ぶ。
レイの額に青筋が浮く。
「お前らにだけは言われたくねぇ!」
渾身の拳を振り抜いた。
ドォォォン!!
隊長の剣ごと叩き上げる。
隊長の身体が宙を舞った。
背後の木箱を巻き込みながら地面を転がる。
起き上がれない。
沈黙。
私兵たちの顔から血の気が引いた。
◇ ◇ ◇
工房から少し離れた安全な場所。
ディダは逃げ出してきた住民たちをまとめていた。
転んだ子供。
足を痛めた老人。
小さな怪我をした住民たち。
次々と人が集まってくる。
「慌てなくて大丈夫だよ」
ディダは笑った。
「順番だからね」
手は休まらない。
治療。
誘導。
確認。
やることは山ほどあった。
リーシャが近付いてくる。
「無理しないでよ」
「分かってる」
「本当に?」
「たぶん」
リーシャはため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
工房。
警鐘が鳴り響く。
ミアは手を止めた。
周囲もざわついている。
「何だ?」
「外で何かあったぞ」
工房長が怒鳴る。
「持ち場を離れるな!」
だが次の瞬間。
ドォォォォン!!
建物が揺れた。
遠くで歓声が上がる。
悲鳴ではない。
歓声だった。
ミアの胸がざわつく。
窓の外を見る。
工房の先。
倒れた柵。
逃げ出す人々。
そして。
そこにはロイドがいた。
「……え?」
◇ ◇ ◇
外では混乱が広がっていた。
人々が門へ向かって走る。
私兵たちは後退し始めている。
ロイドは必死に仲間たちを誘導していた。
「こっちだ!」
「急げ!」
「置いていかない!」
何度も叫ぶ。
その声は工房の中にも届いていた。
◇ ◇ ◇
ミアは立ち尽くしていた。
仲間たちが窓へ集まる。
ロイドがいる。
ホワイトファルコンもいる。
本当に戻ってきた。
助けを呼びに行った。
あの言葉は本当だった。
「何してる!」
工房長が怒鳴る。
「仕事へ戻れ!」
ミアの肩が震える。
その時。
工房の扉が開いた。
ロイドだった。
息を切らしている。
「ミア!」
その姿を見て、工房の仲間たちも目を見開く。
「ロイド!」
「本当に戻って……」
ロイドは大きく頷いた。
「迎えに来た!」
工房の中が静まり返る。
誰も言葉を失っていた。
ロイドは息を整えながら続ける。
「今度はみんなで行こう!」
◇ ◇ ◇
ミアの胸が大きく揺れた。
昨日の言葉。
ディダ。
リーシャ。
レイ。
そしてロイド。
全部が頭の中で重なる。
だが、足は動かない。
工房長が前へ出た。
顔を歪める。
「ふざけるな」
その目は真っ直ぐミアを見ていた。
「お前は残れ」
工房が静まる。
「お前がいなければ、ここは回らん」
ミアの顔から血の気が引く。
工房長は続ける。
「お前しか作れないんだ」
その言葉は何度も聞いた。
何度も自分へ言い聞かせてきた言葉だった。
私しかできない。
私がやらなきゃいけない。
ミアの足が止まる。
ロイドが拳を握った。
工房の仲間たちも息を呑む。
外では風が吹き荒れている。
解放戦はまだ終わらない。
本当の戦いは、ここからだった。




