第17話 ひとりじゃない
その夜。
工房にはまだ灯りが残っていた。
深夜に近い時間だというのに、金槌の音は止まらない。
カン。
カン。
カン。
一定の音だけが響いている。
ミアは作業台の前に立っていた。
目の前には大量の鉄塊。
横には設計図。
そして完成した武器の山。
剣。
槍。
鎖。
拘束具。
見慣れた光景だった。
「……」
ミアは無言で鉄へ触れる。
淡い光。
鉄塊が一本の剣へ変わった。
そのまま次の鉄塊へ手を伸ばす。
止まらない。
止まれない。
休めば誰かが困る。
そう思っていた。
だが昼間の言葉が頭から離れない。
『誰かを助けたいって思うと、止まれなくなるよね』
ディダ。
『助ける側が壊れていいなんて理屈は間違ってる』
リーシャ。
『勝手に俺のために我慢されるのは嫌だ』
レイ。
ミアは首を振った。
考えるな。
今は仕事だ。
そう言い聞かせる。
◇ ◇ ◇
工房の隅で怒鳴り声が響いた。
「遅い!」
工房長だった。
私兵が一人の少年を引きずっている。
ロイドと同じくらいの年齢。
顔には痣があった。
「申し訳ありません」
少年は頭を下げる。
「道具を落としました」
「だから何だ!」
工房長が蹴り飛ばした。
少年が床へ転がる。
周囲の労働者たちは動けない。
助ければ自分も殴られる。
皆知っていた。
工房長は床へ転がった少年を指差した。
「働けなければ食う価値もない」
ミアの手が止まる。
見慣れた光景だった。
ずっと見てきた。
だが今日は少し違った。
心の中に何かが引っ掛かる。
◇ ◇ ◇
翌朝。
ホワイトファルコンの面々は宿で集まっていた。
ロイドが簡単な地図を広げる。
工房。
見張り塔。
倉庫。
門。
巡回する私兵。
「ここが正門です」
「夜は人数が減ります」
リーシャが地図を見る。
「工房裏は?」
「資材置き場があります」
レイが頷いた。
「壁は壊せそうだな」
ダミアンは黙って聞いていた。
やがて言う。
「何人いる」
ロイドは少し迷う。
「正確には分かりません」
「でも」
声が小さくなった。
「呪い子だけじゃなくて、徴用された人もいます」
「家族連れもいます」
食堂で見た顔が浮かぶ。
疲れた老人。
怪我をした男。
痩せた子供。
ダミアンは地図を見る。
しばらく考えた。
そして言った。
「全員だな」
ロイドが顔を上げる。
「え?」
「連れて帰る人数のことだ」
レイが当然のように言う。
「置いていく理由あるか?」
リーシャはため息を吐いた。
「簡単に言うわね」
「難しいか?」
「難しいに決まってるでしょう」
人数が多い。
食糧も要る。
寝床も要る。
移動も大変。
リーシャは次々問題を並べる。
ダミアンは全部聞いていた。
そして最後に言った。
「でも置いていけないだろ」
リーシャは額を押さえた。
「そう言うと思った」
◇ ◇ ◇
ロイドは黙っていた。
胸が苦しい。
皆あまりにも当然のように言うから。
連れて帰る。
助ける。
置いていかない。
それを迷わない。
鉱山では考えられなかった。
「俺も行きます」
気付けば口にしていた。
全員が見る。
ロイドは続ける。
「俺の顔を見れば信じてくれる人がいます」
拳を握る。
「今度は置いていきたくない」
ダミアンは頷いた。
「ああ」
それだけだった。
それだけで十分だった。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
昼休憩。
工房の裏手。
ミアは一人で座っていた。
昨日と同じ場所。
だが心は落ち着かない。
ディダたちの言葉が頭から離れない。
その時だった。
背後から足音がする。
振り返る。
昨日殴られていた少年だった。
「大丈夫?」
ミアが聞く。
少年は笑った。
「慣れてる」
全然大丈夫じゃない。
それはミアにも分かった。
少年は木箱へ腰掛ける。
少し黙ったあと言った。
「ロイド、生きてたんだな」
ミアは頷く。
「うん」
「良かった」
短い言葉だった。
ミアは少し驚く。
「怒ってないの?」
少年は首を傾げた。
「なんで?」
「逃げたから」
少年は少し笑った。
「逃げたんじゃないだろ」
どこかで聞いた言葉だった。
「助けを呼びに行ったんだ」
ミアは黙る。
少年は続けた。
「帰ってきただろ」
そして前を向く。
「俺たちも信じてみる」
ミアは何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
工房へ戻る時間になる。
少年が立ち上がる。
去り際に振り返った。
「なあミア」
「なに?」
少年は笑った。
「ずっと一人で頑張ってくれてありがとな」
ミアが固まる。
少年はそのまま工房へ戻っていく。
残されたミアは座ったままだった。
胸が苦しい。
嬉しいはずなのに。
苦しい。
ずっと思っていた。
自分が皆を守っていると。
自分が頑張らなければ終わりだと。
だが違うのかもしれない。
ロイドも。
この少年も。
皆、自分なりに戦っていた。
その時。
遠くで強い風が吹いた。
ミアは顔を上げる。
どこかで何かが動き始めている。
そんな気がした。
明日はきっと、今まで通りでは終わらない。




