第16話 仕方なくない
翌日の休憩時間。
工房の裏手は静かだった。
遠くから金槌の音だけが聞こえてくる。
ミアは木箱に腰掛けていた。
昼食はほとんど手を付けていない。
休憩しろと言われても落ち着かなかった。
手を動かしていないと不安になる。
そんな時だった。
「いた」
聞き覚えのある声。
レイだった。
その後ろにはディダとリーシャもいる。
ミアは少し呆れた顔をした。
「また来たの?」
「ああ」
「暇なの?」
レイは少し考えた。
「そうかもな」
リーシャが即座に言う。
「嘘よ」
レイは無視した。
ミアの口元が少しだけ緩む。
◇ ◇ ◇
しばらく沈黙が続く。
先に口を開いたのはミアだった。
「昨日の話なら変わらないよ」
工房へ目を向ける。
「私はここに残る」
レイが聞く。
「なんでだ」
「私しかできないから」
即答だった。
「私が作らなかったら、みんなが殴られる」
「だから私がやる」
何度も繰り返した言葉。
自分自身へ言い聞かせる言葉。
「仕方ないんだよ」
◇ ◇ ◇
その時だった。
「少し分かる」
ディダが小さく言った。
ミアが顔を上げる。
ディダは自分の両手を見ていた。
「私も似てるから」
「似てる?」
ディダは頷いた。
「私の呪いは人を治せる」
「だから怪我してる人を見ると助けたくなる」
ミアは黙って聞いていた。
「この前もね」
ディダは苦笑する。
「力を使いすぎて倒れそうになった」
「それでも止められなかった」
リーシャが腕を組む。
「止めたのは私よ」
ディダは少し恥ずかしそうに笑った。
「うん」
「本当に倒れる寸前だった」
◇ ◇ ◇
ミアは少しだけ驚いていた。
ディダはいつも穏やかで余裕があるように見えたからだ。
「怖くなかったの?」
思わず聞いていた。
ディダは少し考える。
「怖かったと思う」
「でも、その時は助ける方が先だった」
ミアは俯く。
その気持ちは分かる。
よく分かる。
「だから少しだけ分かるんだ」
ディダは続ける。
「誰かを助けたいって思うと、止まれなくなるよね」
初めてだった。
同情でも説教でもない。
同じ失敗をした人間の言葉だった。
◇ ◇ ◇
リーシャが静かに言う。
「でもね」
ミアが顔を向ける。
「それであなたまで壊れたら意味がないわ」
「意味はあるよ」
ミアは反射的に言い返した。
「みんなが助かるなら」
「助からないわ」
リーシャは即答した。
「あなたが倒れたら、次に困る人は誰に頼るの?」
ミアは言葉を失う。
「助ける側が壊れていいなんて理屈は間違ってる」
リーシャの声は厳しかった。
だが優しかった。
◇ ◇ ◇
ミアは工房を見る。
煙突から煙が上がっている。
仲間たちが働いている。
守りたい人たち。
置いていけない人たち。
「でも」
小さく呟く。
「私がやらなかったら」
「みんなが困る」
ディダは首を振らなかった。
否定もしなかった。
ただ言った。
「そうかもしれない」
ミアが顔を上げる。
「でも、一人で背負わなくちゃいけない理由にはならないと思う」
静かな声だった。
その言葉が妙に耳に残った。
◇ ◇ ◇
今まで黙っていたレイが口を開く。
「俺は嫌だな」
ミアが見る。
レイは少し眉をひそめていた。
「勝手に俺のために我慢されるの」
「え?」
「俺だったら嫌だ」
照れ臭そうに視線を逸らす。
「助けたいなら助けてほしいし」
「困ってるなら言えばいい」
ミアは呆然とした。
そんな風に言われたことは一度もなかった。
◇ ◇ ◇
その時。
工房から鐘が鳴った。
休憩終了の合図だった。
ミアが立ち上がる。
しばらく何かを考えている。
だが最後には首を振った。
「……そんな簡単じゃないよ」
それだけ言う。
「みんなが残ってる」
「私だけ逃げられない」
ディダは引き止めなかった。
レイも黙っていた。
ミアは工房へ向かう。
扉の前で一度だけ足が止まる。
ディダの言葉。
リーシャの言葉。
レイの言葉。
頭から離れない。
それでも。
「仕方ないんだよ」
自分に言い聞かせるように呟く。
そして工房の中へ消えた。
残された三人は、その背中を見送る。
届いてはいない。
けれど。
初めてミアの言葉が少しだけ揺らいだ気がした。




