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第15話 人を傷付ける力

夕方。


労働者用の食堂は静かだった。


長時間の労働を終えた人々が、疲れた身体を休めるように席へ座っている。


話し声は少ない。


笑顔はさらに少なかった。


ロイドは入口の前で立ち止まっていた。


足が動かない。


会いたい。


だが、会うのが怖い。


自分だけ逃げた。


その事実は変わらない。


「ロイド?」


聞き慣れた声だった。


ロイドが振り向く。


痩せた少年が立っていた。


同じ工房で働いていた仲間だ。


一瞬、言葉が出ない。


「生きてたんだな」


最初の言葉はそれだった。


ロイドは思わず俯く。


「ごめん」


少年は首を傾げた。


「なんで謝る」


「俺だけ逃げた」


ずっと胸につかえていた言葉だった。


少年は少し黙ったあと、苦笑する。


「助け呼びに行ったんだろ」


ロイドが顔を上げる。


「みんなそう言ってた」


食堂の奥では数人の労働者たちがこちらを見ていた。


誰も責めていない。


誰も怒っていない。


ロイドはゆっくり息を吐いた。


◇ ◇ ◇


その時だった。


食堂の扉が開く。


ざわついていた空気が少し変わる。


一人の少女が入ってきた。


茶色の短い髪。


丸眼鏡。


赤い瞳。


小柄な身体。


服や作業用エプロンには煤と油の跡が染み付いている。


年齢はレイたちと大きく変わらない。


だが、その顔には年齢以上の疲労が刻まれていた。


「あ……」


ロイドが思わず声を漏らす。


少女が足を止める。


「ロイド?」


驚いたような声だった。


しばらく互いに見つめ合う。


やがて少女は小さく笑った。


「生きてたんだ」


ロイドは何も言えない。


怒られなかった。


責められなかった。


そのことが余計に胸へ刺さった。


◇ ◇ ◇


少女が席へ座る。


すると周囲の労働者たちが自然と集まった。


誰かが水を渡す。


誰かが椅子を引く。


誰かが食事を運ぶ。


その途中、欠けた木椀が卓上で傾いた。


少女は木椀へ手を添える。


淡い光が指先から広がり、欠けた部分を木目が埋めていく。


ほんの数秒で、木椀は元の形へ戻った。


「また直してる」


隣の男が呆れたように言う。


「まだ使えるから」


少女は何でもないことのように答えた。


少女は困ったように笑った。


「大丈夫だよ」


「大丈夫じゃない」


隣の男が即答する。


食堂に小さな笑い声が広がった。


ディダが小さく呟く。


「心配されてる」


リーシャも頷く。


「みんなに大事にされてるのね」


少女は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。


◇ ◇ ◇


ロイドが小さく手を振る。


紹介しても大丈夫。


そういう合図だった。


ダミアンたちは席へ向かう。


ロイドが口を開いた。


「ホワイトファルコンの人たちだ」


「俺を助けてくれたんだ」


少女は首を傾げる。


「ホワイトファルコン?」


ロイドが頷く。


「呪い子が帰れる場所を作ってる人たち」


少女の赤い瞳が順番に皆を見る。


ダミアン。


リーシャ。


レイ。


ディダ。


そして小さく言った。


「変な人たちだね」


第一印象だった。


◇ ◇ ◇


ダミアンは懐から鉱石を取り出した。


ロイドが差し出した依頼料。


少女の目が少し見開かれる。


「それ……」


「依頼料らしい」


「受け取ったの?」


「ああ」


少女は呆れたように笑った。


「変な人だ」


二度目だった。


◇ ◇ ◇


しばらく沈黙が続く。


やがてダミアンが尋ねた。


「作るのは好きか」


突然だった。


少女は少し固まる。


そして小さく答えた。


「好きだった」


視線が窓の外へ向く。


「昔は壊れた椅子を直したり」


「鍋を直したり」


「おもちゃを作ったり」


少しだけ懐かしそうな声だった。


だが、その表情はすぐに消える。


「今は違う」


工房の方向を見る。


「剣」


「槍」


「鎖」


「拘束具」


淡々と並べる。


「そんな物ばっかり」


◇ ◇ ◇


ダミアンが尋ねる。


「作りたかったのか」


少女は首を振った。


「大嫌い」


即答だった。


食堂が静かになる。


少女は眼鏡の奥の視線を落とした。


「最初は断ったんだ」


誰も口を挟まない。


「武器なんて作りたくなかった」


声は小さい。


「そしたら、代わりに仲間が殴られた」


ロイドの表情が固まる。


「もう一度断った」


「また殴られた」


少女は拳を握る。


「だから作った」


「作るしかなかった」


しばらく沈黙が続いた。


「でも次の日」


「今度は私が作った剣で、その子が殴られた」


誰も言葉を失う。


◇ ◇ ◇


少女は俯いた。


「だから分かったの」


自分に言い聞かせるような声だった。


「私がやればいい」


「私が我慢すれば済む」


「私しかできないから」


疲れ切った笑顔だった。


◇ ◇ ◇


レイが眉をひそめる。


ディダは自分の両手を見つめていた。


どこか似ている。


そう思った。


少女は立ち上がる。


休憩時間が終わるのだろう。


そして最後に言った。


「仕方ないんだよ」


その言葉だけを残し、食堂を後にする。


ダミアンはその背中を見送った。


巨大な工房。


止まらない金槌の音。


そして、すべてを一人で背負おうとしている少女。


ロイドが言っていた。


一番苦しんでいる人。


ようやく、その意味が分かった気がした。


夕日が鉱山町を赤く染める。


ホワイトファルコンは、依頼の本当の重さを知り始めていた。

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