第13話 行き倒れ
朝。
白い隼の風見鳥が、秋風を受けてゆっくり回っていた。
庭では子供たちが走り回り、畑ではリーシャが作物の様子を見ている。
診療所ではディダが薬草を仕分けし、レイは斧を振り下ろして薪を割っていた。
少し離れた場所では、ダミアンが新しい小屋の木材を運んでいる。
以前の寂れた孤児院とは思えないほど賑やかだった。
「レイー!」
聞き慣れた声に、レイが嫌そうな顔をする。
「なんだ」
「井戸!」
「嫌だ」
「なんで!」
「昨日やった」
少女は胸を張った。
「今日は違う井戸!」
レイは空を見上げた。
意味が分からない。
周囲では子供たちの笑い声が広がる。
その時だった。
ドサッ。
門の方から重い音が響いた。
全員の動きが止まる。
泥まみれの少年が門前で倒れていた。
片方しかない靴。
破れた服。
足には無数の擦り傷。
ディダが真っ先に駆け寄った。
「運ぶよ!」
◇ ◇ ◇
食堂。
少年は毛布に包まれたまま目を覚ました。
赤い瞳だった。
「大丈夫か?」
ダミアンが尋ねる。
少年は周囲を見回し、慌てて身体を起こした。
「助けてください」
掠れた声だった。
「まだ、みんなが残ってるんです」
リーシャが椅子へ腰掛ける。
「落ち着いて話して」
少年は一度だけ頷いた。
「俺はロイドです」
その手は小さく震えていた。
「南の鉱山町で働かされていました」
◇ ◇ ◇
ロイドが語り始める。
鉱山。
工房。
監視塔。
高い柵。
そこには多くの呪い子たちが閉じ込められていた。
だが、それだけではない。
「呪い子だけじゃないんです」
ロイドが言う。
「借金を返せなくなった人や、強引に徴用された人たちもいます」
レイが眉をひそめる。
「奴隷みたいなものか」
「……たぶん」
ロイドは俯いた。
「みんな朝から晩まで働かされてます」
ディダが小さく尋ねる。
「家族は?」
ロイドは首を振る。
「鉱山にいます」
短い沈黙。
やがてロイドは拳を握り締めた。
「俺だけ逃げてきたんです」
声が震える。
「仲間を置いて」
食堂が静まり返る。
その一言に、どれだけの後悔が込められているか誰にでも分かった。
「最低ですよね」
ロイドは自嘲するように笑った。
するとダミアンが言った。
「じゃあ逃げてねーじゃねえか」
ロイドが顔を上げる。
「え?」
「助けを呼びに来たんだろ」
「……」
「なら戻るつもりだったってことだ」
ダミアンは当たり前のことのように言った。
「本当に逃げた奴は帰ってこない」
ロイドは言葉を失う。
今まで誰にも言われなかった言葉だった。
リーシャも何も言わない。
ディダも静かに微笑む。
ロイドは俯き、小さく拳を握った。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
南方。
ラングレー子爵領。
巨大な工房では朝から金槌の音が鳴り響いていた。
私兵たちが見張る中、労働者たちが列を作る。
高台から、その様子を見下ろす男がいた。
ラングレー子爵。
「今月の生産量は?」
執事が報告書を差し出す。
「順調です」
「例の錬金術師も問題なく稼働しております」
子爵は満足そうに頷く。
工房の中心には、一人の少女がいた。
茶色の短い髪。
丸眼鏡。
赤い瞳。
作業用エプロンには煤と油の跡が染み付いている。
その手が触れるたび、鉄塊が剣や鎖へ変わっていく。
「良い」
子爵は薄く笑った。
「あれ一人でどれだけ利益が出ていると思う」
執事は黙ったまま頭を下げた。
子爵の視線が別の書類へ移る。
領地図だった。
そこには孤児院周辺の土地も描かれている。
森。
川。
農地。
放置された広大な土地。
「まだ残っていたか」
子爵は指先で地図を叩いた。
「あの土地は放っておくな」
「調査しますか」
「いずれでいい」
興味は薄い。
だが価値だけは理解していた。
森も。
水源も。
農地も。
すべて金になる。
「そのうち回収する」
そう言うと、子爵は再び鉱山の報告書へ目を戻した。
今の彼にとって重要なのは利益だった。
◇ ◇ ◇
夕方。
話を終えたロイドは懐へ手を入れた。
取り出したのは小さな鉱石だった。
磨かれてもいない。
価値も分からない。
それでも大切そうに握られている。
「これ」
ダミアンへ差し出す。
「初めて自分で掘り当てた鉱石です」
誰も口を挟まない。
ロイドは続けた。
「みんなを助けてくれるなら、これでお願いします」
レイが思わず言った。
「安くないか?」
ロイドは苦笑した。
「俺の全財産です」
ダミアンは鉱石を受け取った。
手の中で転がす。
そして頷く。
「十分だ」
ロイドが目を見開いた。
リーシャが呆れたように言う。
「受け取るのね」
「ああ」
ダミアンは立ち上がった。
「依頼だからな」
そして一言。
「行くか」
リーシャが額を押さえた。
「そう言うと思った」
レイは肩を回し、ディダは薬の準備を始める。
ロイドだけが呆然としていた。
本当に行くつもりなのだ。
見返りもなく。
損得も考えず。
ただ助けるために。
窓の外では白い隼の風見鳥が風を受けて回っている。
ホワイトファルコン最初の正式依頼が、静かに始まった。




