第10話 嵐
朝から空が重かった。
分厚い雲が山々を覆い、遠くで雷鳴が響く。
「かなり大きい雨になるわ」
リーシャが空を見上げた。
昼過ぎ、雨は暴風へ変わった。
ドォンッ!
村を揺らす音が響く。
「見張り塔だ!」
山道の上で見張り塔が崩れ、岩肌ごと道を塞いでいた。その向こうには薪集めへ出ていた村人たちが取り残されている。
「助けるぞ」
ダミアンは即座に動いた。
◇ ◇ ◇
レイは怪力で岩をどかし、リーシャは蔓を命綱に変え、ディダは負傷者を治療した。
ダミアンは風で落石の軌道を逸らす。
四人が初めて同じ目的のために力を合わせた。
その時、崩れた石壁の下から子供が運び出された。
額から血が流れ、呼び掛けにも反応しない。
「息が弱い……」
村人の声が震えた。
ディダは子供の隣へ膝をつく。
「下がって」
両手を傷口へ重ねる。
淡い光が傷口を包んだ。
癒しの呪い。
裂けた傷が塞がり、浅かった呼吸が少しずつ戻っていく。
だが。
子供の傷が塞がっても、光は消えなかった。
「ディダ?」
リーシャが異変に気付く。
光は強くなり、ディダの腕を這うように広がっていく。
ディダの赤い瞳から焦点が消えかけていた。
「まだ……足りない」
「傷は塞がってる!」
「でも、この子の命が……消えそうなの」
ディダは手を離さない。
癒しの力が、子供の命を無理やり引き留めようとしていた。
それは治療ではない。
止まれなくなった呪いだった。
ディダの顔から血の気が引く。
呼吸が乱れ、身体が小さく震え始める。
それでも、さらに力を注ごうとする。
「まだ終わってないよ」
「ディダ、もうやめなさい!」
リーシャが叫び、後ろからディダの両腕を掴んだ。
「離して……助けないと……」
「その子だけじゃない!」
リーシャは暴れるディダを抱き止める。
「あなたまで壊れたら、次に助けを求める人を誰が救うの!」
ディダの身体が止まった。
光が揺らぎ、ゆっくりと消えていく。
子供が小さく咳き込み、赤い瞳を開いた。
周囲から安堵の声が上がる。
ディダはその場へ崩れそうになった。
リーシャが肩を抱く。
「今は休む。それも人を助けるためよ」
ディダは悔しそうに唇を結んだ。
しばらくして、小さく頷く。
「……わかった」
リーシャは思う。
この子の優しさは、放っておけばこの子自身を壊す。
だから、止める者が必要なのだ。
だが二度目の崩落が起きた。
避難の遅れた老人が取り残される。
レイが飛び出し、老人を押し戻した。しかし着地した瞬間、足をひねった。
「っ!」
それでもレイは立ち上がる。
「待て」
ダミアンが腕を掴んだ。
「放せ!」
「怪我してるだろ」
「関係ない! 俺が行く!」
雨の中、ダミアンは静かに尋ねた。
「大人は信じられないか?」
「ああ」
「お前は信じられない大人になるつもりか?」
「違う」
「じゃあ?」
「みんなを守る!」
ダミアンは少し笑った。
「そうか。じゃあ俺を見ておけ」
次の瞬間、ダミアンはレイを抱き上げた。
「なっ!? 子ども扱いするな!」
「怪我人は黙ってろ」
「誰が怪我人だ!」
「お前だ」
レイは暴れた。だが、ダミアンの腕は温かかった。
誰かに抱えられたのはいつ以来だろう。思い出せない。そのことが、なぜか胸を痛くした。
◇ ◇ ◇
ダミアンはレイを安全な場所へ降ろし、崩落地点へ戻った。
リーシャの蔓とダミアンの風が道を作る。村人たちも走る。
見返りも損得もなく、ただ助けるために動いている。
レイはそれを見ていた。
やがて最後の一人が救い出された。
誰一人、命を落とさなかった。
泥だらけのダミアンは、それでも笑っていた。
レイは初めて思った。
こんな大人もいるのか、と。




