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ときめき色のリボン屋さん ーー王女様はお店番中ーー  作者: 春凪とおる


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第八話 朝色のリボンと一枚の銅貨

その子は、扉を開けるのに時間がかかった。

鈴が、ちりん、ちりん、と二度鳴り、扉の隙間から小さな手が見えた。


リュシエラが近づくと、男の子はびくりと肩を跳ねさせた。


「いらっしゃいませ」


男の子は帽子を両手で握っていた。

頬に土がついていて、靴の紐は片方ほどけている。


「あの」

「はい」


「リボン、買えますか」

「もちろんです」


男の子はほっとした顔をして、ポケットから一枚のコインを出した。

とても小さな銅貨だった。


「これで」


リュシエラは一瞬、棚を見た。


店のリボンは上等だ。

王宮のものほどではないにしても、一枚の銅貨で買えるものはほとんどない。


けれど、ときめき色のリボンが光った。

今まででいちばんやわらかい光だった。


「どなたに贈るのですか」

「お母さん」


男の子は即答した。


「お母さん、最近ずっと寝てる。

 薬は苦いし、スープもあんまり飲まない。

 でも、髪をきれいにすると少し笑う」


リュシエラは膝を折って、男の子と目の高さを合わせた。


「お母様に、髪のリボンを」

「うん。ほんとは花を買おうと思った。でも、花は枯れるから」


男の子は銅貨をぎゅっと握った。

「リボンなら、明日もある」


リュシエラは胸がいっぱいになった。


恋ではない。

詩集の月明かりでも、小説の小鳥でもない。

でも、これは確かに、ときめき色のリボンが見つける気持ちだった。


「好きな色はわかりますか」

「お母さんは、黄色が好き。朝みたいだからって」


リュシエラは棚の下の引き出しを開けた。

そこには、半端に残ったリボンが入っている。


長さは短いけれど、髪の端を結ぶには十分なものもある。

その中に、やわらかな黄色のリボンがあった。


端のほうだけ、淡い橙が少し残っている。

朝の光が、東の空でまだ眠そうに色づくときのような、やさしい色だった。


「これなら、朝みたいです」


男の子の目が輝いた。

「買える?」


リュシエラは銅貨を受け取った。

「はい。ちょうどです」


銅貨はちょうどではなかった。


けれど。

ときめき色のリボンがうなずいたように光って見えたので、

リュシエラはちょうどということにした。


小さな包みを作る。

男の子の手でも持ちやすいように、紙は軽く、紐はほどきやすく。


「渡すときに、何か言いますか」


男の子は少し考えた。


「早く元気になって」

「それも素敵です」


「でも、元気になれなかったら、お母さん困るかな」

リュシエラは言葉を失った。


小さな子どもが、そんなことまで考えている。


「では」

リュシエラはゆっくり言った。


「今日、少し笑ってほしい、と言うのはどうでしょう」

男の子は包みを見つめた。


「今日」

「はい。明日のことは、明日のリボンに任せましょう」


男の子はこくんとうなずいた。

「ありがとう、リボン屋さん」


扉の鈴が鳴り、男の子は走っていった。

リュシエラはカウンターに残った銅貨を見た。


小さくて、使い込まれて、少し黒ずんだ銅貨。

王宮では、この一枚で何かを買うことはなかった。


けれど今は、この一枚が店の中でいちばん大切なものに見えた。


夕方、花屋の女性が教えてくれた。

男の子の母親が、窓辺で黄色いリボンを髪に結んでいたこと。


男の子が、今日少し笑って、と言ったこと。

母親が本当に少し笑ったこと。


リュシエラは聞きながら、何度も瞬きをした。

「泣いていません」


花屋の女性は優しく笑った。

「ええ、そうですね」


その夜、リュシエラは銅貨を小さな硝子瓶に入れた。

店の売上箱ではなく、カウンターの見える場所へ。


「これは、お守りです」

ときめき色のリボンが、やわらかく光った。


リュシエラは手紙を書いた。


【 今日は、小さなお客様が来ました。

  恋ではありませんでした。


  でも、誰かを大切に思う心は、恋と同じくらい強くリボンを光らせました。

  一枚の銅貨で、買えるものは少ないけれど。

  今日の笑顔を結ぶことはできました。 】


手紙が消えると、部屋は静かになった。


リュシエラは窓の外を見た。

王宮の灯りは、遠くで整然と並んでいる。


町の灯りは、大きさも高さもばらばらだった。

けれどそのひとつひとつに、誰かがいる。


今日、笑ってほしい誰か。

明日も、いてほしい誰か。


リュシエラは初めて、王国が地図ではなく灯りの集まりに見えた。


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