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ときめき色のリボン屋さん ーー王女様はお店番中ーー  作者: 春凪とおる


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第七話 白い祈りのリボン

白いリボンは、何色にも染まりそうで、実はとても頑固だ。

少しの汚れも目立つ。

少しの影も受け取る。


けれど、光もまた、まっすぐに返す。

だからこそ、リュシエラは白を扱うとき、自然と背すじを伸ばした。


その日、店に来た女性は、最初から白いリボンだけを見ていた。

迷っている客の目ではなかった。


棚の端から端まで眺めるでもなく、値段を確かめるでもなかった。

ただ、白だけを探している。


年は若い。

けれど笑い方が、何かを先に手放してきた人のようだった。


「結婚式に使うリボンを探しています」

「おめでとうございます」


リュシエラが言うと、女性は小さく首を横に振った。


「私の式ではありません」


ときめき色のリボンが、細く、静かに光った。

幼なじみの結婚だと、女性は白い棚を見つめたまま言った。


「この国では、婚礼の日に、祝う人が白いリボンを結ぶでしょう」

「はい。ふたりの幸せがほどけませんように、という願いです」


「だから……私も、それなら、お祝いできるのではないかと思って」

その言い方は、もう決めてきた人のものだった。


けれど、最後の言葉だけがほんの少し遅れた。

リュシエラは、白いリボンから女性の顔へ視線を移した。


「あなたは、その方を……」


女性は微笑んだ。

「好きでした」


でした。

過去の形にした声は、とても丁寧だった。

丁寧すぎて、リュシエラには少し痛く聞こえた。


「……今も、好きなのですか」


聞いてから、リュシエラはハッとした。

自分の指先は、包み紙の端を押さえている……


踏み込みすぎたかもしれない。

けれど、どんな気持ちを結ぶリボンなのか、知らずに選ぶことはできなかった。


女性は困ったように笑った。


「そうですね。たぶん、好きです」

「それなのに、結ぶのですか」


「彼は幸せそうだから」

リュシエラは黙った。


胸の奥が、すこし痛い。

王宮の物語では、恋は叶うか、叶わなければ悲劇になる。


涙を流し、遠くへ去り、月を見上げる。

でも、目の前の女性は泣いていない。


「お相手の方を、嫌いにはならないのですか」

「嫌いになれたら、少し楽だったかもしれません」


女性は白いリボンに指を伸ばしたが、触れる前に一度だけ手を止めた。


「彼をよく見ていて、彼に無理をさせない。あの人なら、彼は安心して笑えると思います」

「それを、あなたが祝うのですか」


「はい」

女性は小さくうなずいた。


「彼に贈るのではありません。花嫁に贈るのでも、たぶんありません」

そして、ゆっくり息を吸った。


「ただ、ふたりの明日がほどけませんようにと、白いリボンを結びたいんです」


リュシエラは、どうしてか胸の奥がざわついた。

その人を責めたいのか、慰めたいのか、自分でもわからなかった。


「苦しくありませんか」

「苦しいです」


女性はすぐに答えた。


「でも、苦しいからといって、誰かの幸せを乱したくはないんです」

ときめき色のリボンの光が、白く澄んだ。


リュシエラは棚の奥に手を伸ばした。

そこには、普段はあまり出さない白があった。


婚礼の朝や、旅立ちの日や、遠い人の無事を祈るときにだけ選ばれる白。


真新しい雪のような白ではない。

漂白した布の白でもない。

祈りの蝋燭の炎を受けた壁のように、少しあたたかい白だった。


「これは、白い祈りのリボンです」

「祈り」


女性の指が、リボンの端に触れた。


「……白いのに、少し光りますね」

「蛤の内側で磨いた絹糸を使っているんです」


リュシエラは、オルタンシアから聞いた話を思い出しながら言った。


「貝の光を、少しずつ糸に移すように磨くのだそうです。

 雪のようには白くなりません。でも、灯りを受けると、奥からやわらかく光ります」


女性は息をのんだ。


「そんな糸があるんですね」

「はい。けれど、絹だけではありません」


リュシエラはリボンを少しだけ持ち上げた。


「絹だけで織ると、あまりに滑らかで、結び目がほどけやすいのだそうです。

 だから、ほんの少しだけ白草の繊維を混ぜます」


女性は、もう一度リボンに触れた。


「少し、ざらりとしています」

「はい。でも、そのざらりとしたところが、結び目を留めるのです」


強く縛るのではない。けれど、ほどけにくい。

リュシエラはその白を見つめた。


「誰かを手に入れるためではなく、誰かが幸せであるように願うためのリボンです」

言いながら、リュシエラの声は少しだけ低くなった。


「でも、あなた自身の幸せも、どうか一緒に願ってください」

女性は目を伏せた。


「私の」

「はい」


「そんなこと、考えてもいいのでしょうか」

「よいに決まっています」


リュシエラは少し迷ってから言った。


「この店を預けてくれた人が、前に言っていました。

 誰かを大切にすることと、自分を粗末にすることは、似て見える日があるけれど、同じではないって」


女性は長い間、白いリボンを見つめていた。

やがて、涙がひと粒だけ落ちた。

白いリボンにはかからず、カウンターの木目に小さく染みた。


「ありがとうございます」

リュシエラは包み紙を選んだ。


淡い灰色の紙に、白い祈りのリボンをかける。

封蝋は押さなかった。

かわりに、小さな乾いた花びらを一片、結び目の下に添えた。


「婚礼の門に、結んでもよいと思います」

リュシエラは言った。


「たくさんの白いリボンの中に、ひとつだけ」

女性は包みを両手で受け取った。


「はい」

その声は、さっきより少しだけほどけていた。


女性が帰ったあと、店はいつもより静かだった。

リュシエラはときめき色のリボンに向かって言った。


「両想いにならない恋も、光るのね」

リボンは淡く光っている。


「でも、寂しいわ」

その光は否定しなかった。


数日後、結婚式の行列が大通りを通った。

リュシエラは店の扉を少しだけ開けて見た。


花嫁の髪には白い花が飾られていた。

馬車の扉には、町の人々が結んだ白いリボンがいくつも揺れている。


その中に、白い祈りのリボンもあった。


派手な宝石の髪飾りではない。

誰かひとりのものでもない。

たくさんの祝福にまぎれて、それでも確かに、そこにあった。


道の端に、あの女性が立っていた。

彼女は花嫁を見て、花婿を見て、手を胸の前で重ねた。

泣いているようにも、笑っているようにも見えた。


行列が過ぎたあと、女性は一度だけ空を見上げた。

それから、ゆっくり歩き出した。


王宮の物語なら、ここで悲しい音楽が流れるのかもしれない。

けれど町には、パンを焼く匂いや子どもの笑い声があり、遠くで花売りが声を上げていた。


失恋した人の世界も、ちゃんと明日夜、手紙に書いた。


【 今日は、叶わなかった恋のリボンを選びました。


  白いリボンは、何も知らない色ではありませんでした。

  磨かれて、織られて、少しざらりとして、それでも光る色でした。


  わたしはまだ、あの人の強さがよくわかりません。

  でも、あの白がほどけずにいてくれたらいいと思います。

  あの人の明日も、一緒に。 】


手紙が消えたあと、リュシエラは自分の髪のリボンをほどいた。

鏡の中の自分は、王女にも町娘にも見えなかった。


ただ、少しだけ人の悲しみを知った女の子がいた。

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