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ときめき色のリボン屋さん ーー王女様はお店番中ーー  作者: 春凪とおる


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第六話 遠まわり色のリボン

リュシエラが店番を始めて、しばらくが過ぎた。


朝、扉を開ける手つきにも少しずつ迷いがなくなってきたころだった。

通りのパン屋が、焼き上がりを知らせる匂いも。

花屋が水を撒く音も、もう知らないものではない。


その週、リュシエラは同じような話を二度聞いた。

けれど、話した人は別々だった。


午前に来たのは、菓子店の女性だった。

落ち着いた声をしていて、手袋の選び方まで上品な人だった。


「古い友人に贈るリボンを探しています」


彼女はそう言った。


「男性ですか」


リュシエラが聞くと、女性は少しだけ笑った。

彼女の年なら、友人たちの多くはもう誰かの妻になっている。


けれどその人は、古い友人、とだけ言った。


ときめき色のリボンは、棚の奥でゆっくり光った。

燃えるようではない。

春の雪解け水みたいに、静かな光だった。


相手は時計職人だという。

昔、彼が毎朝、菓子店の前の時計を直しに来てくれたこと。

店を継ぐか迷っていた彼女に、焦らなくていいと言ってくれたこと。


「それから、私は隣町の店へ修業に出ました」

女性は、棚のリボンを見つめたまま言った。


「戻ってきたのは、三年前です」

リュシエラは、それ以上を聞かなかった。


会えば挨拶はするのだろう。

天気の話も、時計の調子の話もするのだろう。


けれど、その先へ進めないまま、長い時間が過ぎてしまったのだとわかった。

リュシエラは、恋とはもっとすぐ燃え上がるものだと思っていた。


目が合えば赤くなる。

手が触れれば倒れそうになる。


詩集には、そういうことばかり書いてあるけれど。

女性の声には、倒れそうなところがひとつもなかった。


ただ、長く持っていた箱を、今も手放せずにいるような響きがあった。


リュシエラは灰青のリボンを取り出し、少し悩み、細い銀のリボンを重ねた。

銀色が、長い時間のあと、まだ残っていた光のように見えたからだ。


「遠まわり色です」

女性は目を細めた。


「遠まわり」

「すぐには届かなかった気持ちに」


女性はそのリボンを指先で撫でた。

「まだ、持っていてもいいのでしょうか」


リュシエラは答えに迷った。


いいです、と簡単には言えない。

相手の心は、ここにない。


「このリボンは、結びに行くためではなく、ほどけていないことを確かめるためのものです」

そう言うと、女性は静かにうなずいた。


菓子店の女性が来てから三日後、時計職人の男性が店に入ってきた。

彼もまた、古い友人への贈り物を探していると言った。


リュシエラは思わず、ときめき色のリボンを見た。

リボンは、知らん顔のように光っている。


男性の話は、女性の話と少し違った。

彼女が隣町へ行った日、見送りに行けなかったこと。


戻ってきたと聞いた日に、店の前まで行って、結局入れなかったこと。

彼女の店の時計を毎月少しだけ、早めに点検していること。


「なぜ、早めに」

「壊れてからでは遅い」


「時計が」

「時計も」


リュシエラは黙った。


なんて遠いのだろう。

同じ通りにいて、同じ空の下で、同じ時間を見ているのに。


二人は長い長い道を歩いている。


リュシエラは、午前と同じ灰青色のリボンを取り出した。

今度は銀ではなく、淡いクリーム色を添える。


「これは」

「遠まわり色です」


男性は少し笑った。


「そのままだな」

「はい」


「私にはちょうどいい」

男性はリボンを買い、帰っていった。


その夜、リュシエラは落ち着かなかった。

二人に同じようなリボンを渡した。


けれど、それで二人が結ばれるわけではない。


「どうしてリボンは、もっとはっきり教えてくれないの」

ときめき色のリボンは、返事をしない。


翌日、菓子店の女性は、店先の小さな菓子箱に灰青と銀のリボンを結んだ。

時計職人の男性は、古い振り子時計に灰青とクリーム色のリボンを結んだ。


二人はそのまま一週間、何もしなかった。

リュシエラは少しがっかりした。


「恋とは、進まないこともあるのね」


八日目の朝、時計職人が菓子店の時計を直しに来た。

女性が店先に出てくる。


二人は天気の話をした。

時計の調子の話をした。


それから女性が、小さな菓子箱を差し出した。

男性は受け取った。


代わりに、古い懐中時計を差し出した。

遠くて声は聞こえない。


けれど二人は、長い時間、同じ場所に立っていた。

手を取り合うでもなく、抱き合うでもない。


ただ、ようやく同じ時刻を見ているようだった。

リュシエラは窓辺で息をついた。


「急がない恋もある」


胸がきゅっとする。

でもそのきゅっは、走り出すためではなく、立ち止まるためのきゅっだった。


その夜、手紙に書いた。

王宮からの返事は、たまに届く。


たいていは短く、きちんとしていて、少しだけ遠い。

それでもリュシエラは、毎晩手紙を書いた。


【 今日は、遠まわりしている人たちを見ました。

  リボンは二人を無理に結びませんでした。

  ただ、まだ終わっていない気持ちを、それぞれの手元に残しました。


  わたしは少し焦れました。

  でも、恋には待つ場所も必要なのだと思います。 】


手紙が消えたあと、窓の外に王宮の塔が見えた。


遠いようで近い。

近いようで遠い。


リュシエラは、自分も何かを遠まわりしているのかもしれないと思った。


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