第五話 約束色のリボン
店の中で、いちばん先に朝日を受ける棚に、そのリボンは置かれていた。
青と白のストライプ。
宝石も、刺繍も、金糸もない。
けれど朝の光を受けると、青は晴れた空のように澄み、白は洗いたての布のようにまっすぐ見えた。
リュシエラは、そのリボンが好きだった。
自分の髪に結べば似合うかもしれない。
そう思って、一度だけ鏡の前で当ててみたこともある。
でも、どうしてなのか、結ばなかった。
「あなたは、誰かを待っている気がするの」
リュシエラがリボンに話しかけていると、扉の鈴が鳴った。
入ってきたのは、配達かばんを肩にかけた少女だった。
日焼けした頬、短く切った髪、まっすぐな目。
手には小さな木箱を抱えている。
「リボンをください」
「いらっしゃいませ。どなたへの贈り物ですか」
「贈り物じゃありません」
少女は木箱をカウンターに置いた。
中には、古びた手紙の束が入っていた。
角は擦り切れ、紐は何度も結び直された跡がある。
「これを結ぶリボンを探しています」
リュシエラは少し首をかしげた。
ときめき色のリボンは光っている。
けれど、それは昨日まで見た恋の光とは違った。
きらきらではなく、すうっと背すじが伸びるような光。
「大切なお手紙なのですね」
少女はうなずいた。
「父が配達人でした。十年前に亡くなりました」
言い方は短い。声は揺れていなかった。
「父は、届けられなかった手紙を一通も残さない人でした。
でもこの箱だけは、届け先がわからなくて、ずっと家にありました」
少女は箱のふたを撫でた。
「母はもう捨ててもいいと言いました。でも私は、もう一度調べたいんです。
父ができなかった配達を、私がしたい」
リュシエラは、胸の奥が静かになるのを感じた。
恋とは違う。
けれど、大切な誰かを思う心がそこにある。
「お父様のために」
「父のためだけじゃありません」
少女はまっすぐ言った。
「この手紙を待っていた人が、いたかもしれないから」
リュシエラは息をのんだ。
王宮の授業では、誠実であれと何度も教わった。
約束を守ること。
嘘をつかないこと。
与えられた役目を果たすこと。
でもそれは、いつも大きな言葉だった。
国のため。
民のため。
王家の名のため。
目の前の少女は、小さな木箱ひとつを抱えて、同じことをしている。
リュシエラは棚へ向かった。
深い赤は違う。
柔らかな桃色も違う。
白だけでは、少し頼りない。
そして、青と白のストライプの前で足を止めた。
「これを」
少女はリボンを見た。
「きれい。でも、かわいすぎませんか」
「甘いかわいさではありません」
リュシエラはリボンを手に取った。
「これは、背すじが伸びるリボンです。青は遠くまで続く道。
白は、曲げない気持ち。あなたの木箱には、このリボンが似合います」
少女は目を伏せた。
「途中で見つからないかもしれません」
「それでも探すのでしょう」
「はい」
「なら、これです」
リュシエラは手紙の束を乱さないように、青と白のストライプをかけた。
結び目は大きすぎず、小さすぎず。
開くときにほどきやすく、それでいて簡単には緩まないように。
昨日より上手に結べた。
少女は木箱を抱えた。
「この店、前に通ったときはなかった気がします」
「わたしも、よく言われます」
「また来てもいいですか。届け先が見つかったら」
「もちろん」
少女が出ていくと、店の中に朝の光が戻った。
ときめき色のリボンは、満足そうに光をおさめた。
その日から、青と白のストライプは少しずつ売れるようになった。
パン屋の娘が、走ってもほどけにくいからと髪に結んだ。
花屋の女性が、店先の籠に小さく結んだ。
護衛騎士が、外套の内側に細く縫いつけてもいいかと聞いてきた。
「護衛の制服にリボンは」
「見えないところです」
「なら、許します」
リュシエラがそう言うと、騎士はなぜか嬉しそうに頭を下げた。
数日後、配達かばんの少女が戻ってきた。
息を切らし、頬を赤くして、木箱を抱えている。
青と白のストライプは少し汚れていたが、結び目はきちんと残っていた。
「一通、届けられました」
少女は笑った。
「おばあさんでした。昔、遠くへ行った妹さんからの手紙でした。
もう会えないと思っていたけど、手紙だけでも届いたって」
リュシエラはカウンターの内側で、手を重ねた。
「よかった」
「泣いていました」
少女の声も少し震えた。
「私、まだ全部は届けられないかもしれません。でも、やります」
青と白のリボンは、汚れてもなお、まっすぐだった。
リュシエラは新しい同じリボンを取り出した。
「お取り替えしましょう」
「お代は」
「届け終えたら、話を聞かせてください。それがお代です」
少女は目を丸くして、それから深くうなずいた。
その夜、リュシエラは店の棚を少し並べ替えた。
青と白のストライプを、いちばん見えやすい場所へ。
「あなたは今日から、この店の顔ね」
リボンは何も言わない。
でも、朝を待つように、まっすぐ巻かれていた。
リュシエラは思った。
胸がきゅっとするのは、恋だけではない。
誰かの約束を守ろうとする時にも、胸は静かに締めつけられる。
それは苦しいのに、なぜか少し誇らしい。
リュシエラはその気持ちを、青と白のストライプの隣に、そっと置いた




