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ときめき色のリボン屋さん ーー王女様はお店番中ーー  作者: 春凪とおる


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第四話 口下手色のリボン

雨の日は、リボンの色が深く見える。


窓の外で雨粒が石畳をたたく。

店の中には木と布の匂いがしっとりと満ちていた。


リュシエラは、昨日より上手に包み紙を折れるようになっていた。


麻紐はまだ斜めになるけれど。

斜めにも斜めなりの愛嬌があると、朝いちばんの客が言ってくれた。


「愛嬌」


王宮では、めったに求められない言葉だった。

昼過ぎ、扉の鈴が低く鳴った。


入ってきたのは、背の高い男性だった。

手は大きく、爪の間には木くずが残っている。

外套の肩は雨で濡れていた。


「いらっしゃいませ」


リュシエラが椅子をすすめると、男性は首を横に振った。


「すぐ帰る」

それきり黙る。


リュシエラも黙って待った。

店番を始めたばかりのころなら、何か質問を重ねていたかもしれない。


けれど、昨日の少年で学んだ。

気持ちは急に引っ張るとほどける。


男性は棚の前に立ち、深い緑、灰色、白、茶色のリボンを順に見た。

ときめき色のリボンは、棚の奥でほとんど見えないくらい淡く光っていた。


「贈り物ですか」


リュシエラが静かに聞くと、男性はうなずいた。


「誰に」

「花屋」


「花屋さん」

「向かいの」


「向かいの花屋さん」

「そう」


また沈黙。

リュシエラは少し困った。


王宮の会話なら――


相手の身分、天気、季節の行事、最近の演奏会の話と順に広げられる。

けれど、この男性はそのどれも望んでいないように見える。


「その方は、どんな方ですか」

男性は長く考えた。


「よく働く」

「ほかには」


「朝が早い」

「ほかには」


「手が荒れている」

リュシエラは目を瞬いた。


褒め言葉だろうか。

男性はあわてて続けた。


「悪い意味じゃない。

 花を大事にするから、水を替える。棘も抜く。

 冬でも外に立つ。だから」


そこまで言って、また黙った。

ときめき色のリボンが、少し強く光った。


リュシエラは棚から、雨の日の屋根瓦のような、深い青のリボンを取り出した。

黒に見えるほど暗いのに、光に当たると少しだけ青い。


「これはどうでしょう」

男性は眉を寄せた。


「暗いな」

「はい。でも、茶色の髪にはよく似合います」


男性は黙った。

その沈黙が、少しだけ困ったように揺れた。


「……髪も、見ていたのか」

「朝、花を運ぶときに、ほどけていました」


男性は長い時間、それを見ていた。


「俺は、口がうまくない」

「そうですね」


男性は少し驚き、それからほんのわずか笑った。


「そうか、わかるか」

「はい」

 リュシエラは包みながら言った。


「その、なんと言って渡したら......」

「何も。うまい言葉でなくても」


リュシエラは包みの端を指で押さえた。

「ほどけないように、結んでおきますから」


男性は包みを受け取り、深く頭を下げた。

「ありがとう」


たった、それだけだった。

けれど王宮の祝辞より重く、雨の日の木の床に静かに落ちた。


男性が帰ったあと、リュシエラは窓辺に立った。

向かいの花屋では、女性が雨よけの布を直している。


しばらくして、男性が店先に現れた。

包みを差し出す。女性が受け取る。


遠くて声は聞こえない。


男性は口を開き、閉じ、もう一度開いた。

そして結局、何も言えなかったらしい。


女性は濃紺のリボンを髪に当てた。

茶色の髪に、夜の雨のような青がよく似合った。


けれど少し考えて、それを花かごの持ち手に結んだ。

仕事の邪魔にならないよう、短く、きゅっと。


リュシエラは胸に手を当てた。

「小鳥ではないわね」


恋は、小鳥のようだと小説にはあった。

今見たものは、長く土の下にあった根が、雨を吸って動く感じに近かった。


静かで、見えにくくて。

でも確かに生きている。


通いのメイドが帰ったあと、店の二階は急に静かになった。

テーブルには、飲みそこねたお茶が残っている。


リュシエラは、その夜、手紙を書かなかった。

書けなかったのではない。

書こうと思う前に、眠ってしまったのだ。


雨の音だけが、朝までやさしく続いていた。


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