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ときめき色のリボン屋さん ーー王女様はお店番中ーー  作者: 春凪とおる


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第三話 やきもち焼きのリボン

翌朝、リュシエラは店の前を掃いた。

王女宮では、床を磨く人も、花を替える人も、窓を開ける人も決まっていた。

リュシエラの仕事は、きちんと目覚め、きちんと着替え、きちんと微笑むことだった。


けれどリボン屋の朝は、まず扉の前の落ち葉を集めるところから始まる。


「ほうきは、思ったより意志が強いのね」


思う方向へなかなか動かない。

護衛騎士のひとりが、何度か手を貸したそうにしたが、リュシエラは首を振った。


「留学ですもの」

何を学ぶ留学なのかは、まだわからないけれど。


開店の札を出すと、ほどなくして少年が入ってきた。

年はリュシエラより少し下だろうか。

帽子を深くかぶり、両手をポケットに突っ込んでいる。


「いらっしゃいませ」


リュシエラが言うと、少年は棚をちらりと見た。


「べつに、買うって決めたわけじゃない」

「そうですか」


「見てるだけだ」

「では、ゆっくり見てください」


少年、は困った顔をした。

怒られると思っていたのかもしれない。


彼は店の中を一周し、さらにもう一周した。

三周目で青と白のストライプの前に立ち止まった。

手を伸ばしかけ、すぐ引っ込める。


「女の子って、こういうの好きなのか」

「人によります」


「役に立たない返事だな」

「王宮では、正確な返事を大切にしておりました」


「王宮?」


リュシエラは咳払いをした。


「本で読みました」

少年はあやしそうに見たが、それ以上は聞かなかった。


「幼なじみがいる」

ぽつりと言った。


「そいつ、いつも髪にひもを結んでる。

 ほら、パン屋の娘で、朝から粉だらけで走ってるやつ」

「わたしは昨日来たばかりなので、まだ存じません」


「あっそ」

少年はまた黙った。


棚の奥で、ときめき色のリボンが淡く光った。

白のような、桃色のような、ほんの少し黄色も混じった光が見えた。


リュシエラは姿勢を正した。


「その方に、リボンを贈りたいのですね」

「違う」


「違うのですか」

「あいつが、隣町の祭りで誰かにもらった赤いリボンをつけてたから」


少年はぷいと横を向いた。


「変だった。全然似合ってなかった」

「では、似合うものを贈りたいのですね」


「違うって言ってるだろ」

「では、なぜ来たのです」


少年は口を開けたが、何も言わなかった。

リュシエラは少し考えた。


恋の相談とは、相手が「好きです」と言うものだと思っていた。

昨日の少女はうつむきながらも、好きな人に渡したいとはっきり言った。


けれど。

この少年の言葉は、ほどけた糸みたいにあちこちへ逃げる。


「その赤いリボンを、はずしてほしいのですか」

「そこまでは言ってない」


「では、あなたのリボンも、つけてほしいのですか」

「……知らない」


少年の耳が真っ赤になった。


「ちが、いや、べつに」

ときめき色のリボンが、きらりと強く光った。


「正直なリボンですね」

「何だよそれ」


「あなたより正直です」

少年はむっとした。


「あいつだって悪いんだ」

「どう悪いのです」


「最近、俺がからかうと怒る」

「からかわれたら怒るのでは」


リュシエラは棚から一本、山吹色に近いリボンを取り出した。


明るいのに、少しだけ渋みがある色。

陽だまりの中に、ほんの小さな棘が隠れているような色だった。


「これは、やきもち色です」

「そんな色あるのか」


「今、決めました」

「勝手だな」


「リボン屋なので」

リュシエラは、山吹色のリボンを少年の手元へそっと置いた。


「焼きたてのパンにも、朝の光にも似ています」

 少年は黙った。


「包みますか」

「……うん」


リュシエラは山吹色のリボンを小さく巻き、薄紙でくるんだ。

茶色の平袋に入れた。


袋の口を一度折り、細い麻ひもで結ぶ。

麻ひもの結び目は、少し斜めになった。


「これで、ポケットに入れても大丈夫です」

「……入れない」


そう言いながら、少年は包みを上着の内側にしまった。


「なあ」

扉の前で、少年が振り返った。


「これ、渡したら笑われるかな」

 リュシエラは答えた。


「笑われるかもしれません」

少年の顔が固まる。


「からかわなければ、です」

少年は帽子をさらに深くかぶった。


「変な店」

「またどうぞ」


扉の鈴が鳴り、少年は走っていった。


夕方、護衛騎士が店に小さな報告を持ってきた。


パン屋の前を通りかかったとき、娘が山吹色のリボンを髪に結んでいたこと。

少年がパンを買いに来て、いつものようにからかいかけ、途中で口を閉じたこと。


そして、娘が少しだけ笑ったこと。

リュシエラはカウンターの内側で、その話を聞いた。


「恋は、きれいな言葉だけではないのね」


ときめき色のリボンが、やわらかく光った。


「でも、意地悪はよくありません」


リボンに向かって言うと、光が小さくまたたいた。

まるで、そうね、と笑ったようだった。


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