いろいろな味、いろいろな想い
詰んだ……と、思いました。
このところ、人気が全国区になりつつあるバンド、ホワイト・ストロベリー・バロネス、通称ホワネス。
ボーカルでバンドマスターの兄、Rick。
ギター担当のLiamこと兄の友人の場暮秀悟。
そこに、自他ともに認めるホワネス強火担な大学の同級生、五十嵐真緒ちゃんが出会ったら、私の平穏な大学生活も終了の鐘が鳴るものと思っておりました。
ですがーー。
「お兄さん!餃子、包むの上手ですね!」
普通に仲良くしている。これは……バレていないと考えて良いのだろうか。
「紀亜ちゃんのお兄さん、メガネの似合うイケメンだね」
真緒ッチは、ニコニコしながら兄への感想を私に教えてくれた。
そう、真緒ッチ達が帰宅した際、空気を読んだ兄は、上京時の変装に使う黒縁メガネをかけて「妹の友人に愛想のいい優しいお兄さん」に擬態した。
「メガネまでお揃いなんて、紀亜ちゃんとお兄さん、仲良しなんですね」
「こうしてみると、やっぱり兄妹、そっくりだね」
メガネはお揃いなのではなく、私の予備の伊達メガネなだけです、とは言えない。
「似てる」と言われて、微妙に嬉しそうな兄がちょっと鬱陶しいなんて言わないよ、思ってるけど。
「場暮さんも、日本人離れしたイケメンですね。その髪、地毛ですか?」
愛実ちゃんの観察力!そう、秀ちゃんは生粋の日本人ではないのです。
本名は、ヒューゴ・リアム・バークレイと言い、お父さんは日本人だけど、お母さんが某国の男爵位をお持ちなのだ。
本業は苺農家で、秀ちゃんが作る白苺とお母さんの女男爵がバンド名の由来というのは、非公式のお話しだから、もちろん話さない。
「そこの少年二人は、なぜ看護師を目指したの?」
出た、お兄ちゃんの圧迫面接並みの威圧感。
私が異性の友人を連れてくると、いっつもこうなる。
「僕は、母が訪問看護師やってるんですよ。父の飲食店を継ぐことも考えたんですけど、親父もまだまだ現役だし、一度はちゃんと社会に出た方が良いかなと思って。
看護師って、病院だけじゃなくて、母のように訪問看護とか、保健師取って行政で仕事する人もいるし、学校とか企業の保健室とか、いろんなところで働く機会があるから選択肢が広いと思って。まあ、男なんで、助産師は出来ませんけど」
ヨッシーが真面目に話している。そういえば、みんながなぜ、ナースを目指したかって聴いたことなかったかも。
「僕は正直、看護学部は滑り止めでした。医学部に行きたかったので。
親と兄たちは、弁護士やってて、家族に一人ぐらいは医療者がいた方が良いかなと思って。
一浪ぐらいならしても良いって親父も言ってくれたんで、医学部を受けなおそうかとも思ってたんですが、実習とかやってみると、看護師も面白いなと思うようになってきました」
尾崎さんも真面目だ。
「そういえば、先日、大学近くの工場で事故があったんですよ。その時、相良……紀亜さんが避難した老人ホームの入居者さん達に乞われて歌を歌ったんですよ。すごく上手くって、鳥肌が立ちました」
おや、尾崎さん、その情報はいらないんじゃないのかな。
お兄ちゃんも秀ちゃんも食いつかない!
「はーい!餃子、第一弾が焼けましたよー」
食いつくならば、餃子にしてくれたまえ。
「うまっ!何これ!いくらでも食べられる」
相良家こだわりの野菜たっぷり餃子を食べて、カフェの息子、ヨッシーが褒めてくれる。
キャベツを塩もみして水分を絞っているから、肉汁をとどめてくれているんだよね。
「こっちのエビチーズも美味しい!」
そっちには、すこーしニンニク入れているからね。ガーリックシュリンプにチーズ、美味しいよね。
「シソ入りの方は鶏ひき肉でしたっけ。ショウガが効いているんですね。
これなら、高齢者にも食べやすいかも。後でレシピを教わっても良いですか?おじい様が好きそう」
「絹恵さん、お料理するの?」
「普段はお手伝いさんがしてくださるので、私はしないんです。
でも、お仕事が忙しくなると、食べることをおろそかにしがちなんです、おじい様。それと、餃子を包むの、楽しかったので」
「私も、母親に作ってあげようかな……。
いっつも、父親の帰りばっかり気にしてるけど、小さい頃は一緒に餃子を包んだの、思い出した」
舞りんも、看護の道へ進むことを反対していたお母さんとの雪解けかしら。
「タネ作るのはちょっと大変だったけど、一緒に包むと思ったら、ハードル下がるな。俺も家で作ってみるかな」
「このホットプレート、大きいからさ、最近はあんまり出してなかったんだよ。僕も親父と作ってみるかな」
男子たちも料理に目覚めたみたい。
私も久しぶりに作ったけど、お兄ちゃんも秀ちゃんも美味しそうに食べてくれて、嬉しくなった。
上京して、物理的な距離ができて、一人暮らしするようになってから、家族のありがたみを実感するようになった。実家に居た頃は、過保護で鬱陶しいと思っていたけどね。
ふと見ると、愛実ちゃんが寂しそうな、眩しいものを見るような表情でみんなを見ていた。
そうか、愛実ちゃんはお母さんを小さいときに、育ててくれたお祖母さんは去年、亡くしたんだっけ。何て声をかけたらいいのか分からないでいたら、ふと愛実ちゃんと目が合った。
「大丈夫よ。こういうの、慣れてるから。
久しぶりに自分が作ったものでも、外食でもない美味しいご飯が食べられて、嬉しかったしね」
愛実ちゃんが静かに、優しい声で話してくれた。
「ばあちゃんもさ、調子を崩してからは、私が作る不格好な食事でも、食べてくれたんだ。食欲無くても、愛実が作ったんなら食べるか、って。
……美味しいって、気を使ってくれたんだと思うけどね」
「本当に美味しかったんだよ、多分。
お祖母さんのことを思って作ったんでしょ?その気持ちはちゃんと届いたんだよ。
すごいね、中西さんは、ちゃんとお祖母ちゃん孝行したんだね。
私なんて、親でもないのにお弁当まで作ってくれるミコちゃんに、ちゃんとお礼も言ってないかも……」
「そうね。気づいたんなら、お礼がてら、作ってあげたら?美琴さんに、餃子」
おや、舞りんのメイメイへのあたりが、軟らかくなってきた。
「愛実んは、彼氏さんには料理を作ってあげたりするの?」
お、恋バナ、いいですね。ぜひ聴きたい。
「あー、あいつはね、実家暮らしだし、マザコン気味だから、私の手料理なんて食べないのよ」
「そんなこと言ってるけど、天現寺先生、中西にベタ惚れだからね。俺なんか、チューターで雇われているけど、ほとんど大学での中西の様子を確認したいのと、男除けだからね」
「え、それは初耳」
愛実んーー可愛い呼び名だから、私もどさくさに紛れて呼んじゃおうっと。
そして、ちょっとびっくりしてる愛実ん、可愛いなあ。
「まあ、気づかれないようにしてるんだろうね。でも、まわりにはバレバレだよ。
同じ大学に入学したから、あからさまに牽制してきてさ。中西の前ではカッコつけてるんだよ」
「そうかなぁ……。
天現寺の家って、結構な資産家で、あの予備校も天現寺家が経営しているから、将来的には校長とか理事長になれって、言われてるみたい。
だから、彼のお母さん、寄ってくる女に目を光らせててさ、感じ悪いの。
この前、どうしてもって言われて、家にお邪魔したら『あら、養護学校の子ね』だって。
看護学校と養護学校を予備校の経営側の人間が間違えるって、悪意しかないでしょ。
だから、長く付き合うことはないかなぁって」
それはヒドイ……。みんなドン引きした表情になった。
「その時、彼氏さんはどんな反応だったのですか?」
いち早く復活した絹恵さんがフォローしてくれた。そうだ、彼氏、頑張れ。
「あー。あちらさんの方が一枚上手って言うか、彼が私の傍から離れた時に、他には聞こえないように言うんだよね。もう、本格的に嫌われているって言うか……。
それ以来、付き合っていくのが嫌になっちゃって。どうやったら別れられると思う?」
真面目な表情から、愛実んが、それなりに悩んでいた気持ちが伝わってくる。
恋バナも恋愛相談もウェルカムだけれども、こういうのは、どうしたら良いか分からなーい!
「それ、彼氏が知らないのなら、一度ちゃんと話し合った方が良いんじゃないか」
渋い、静かだけどおなかに響く声が聞こえてきた。秀ちゃんだ。
珍しい、人の恋バナなんて、興味がないと思ってた。
「その彼氏の立場にしたら、惚れた女が、自分の知らないところで身内に嫌がらせをされてて、知らないまんま嫌われて、結果としてフラれても納得できないだろう?」
問いかけられて、本人はもちろん、私も愛実んの立場だけで考えていたことに気付いた。
彼氏さんの立場で考えると、確かにそうなるかもしれない、と思わせる説得力が秀ちゃんの渋い声には存在していた。
「俺もその意見に賛成。
天現寺先生、このところ中西がよそよそしいって、煩いんだよ。ちゃんと話し合えよ。それで、本当にマザコンだったら、その時に別れ話を切り出したらいいじゃんか」
そう言われて、しばらく考えていた愛実んは、何となく同意したくないという表情で強引に話題を変えた。
「そういう尾崎さんは?この前、3年生と階段のところでイチャイチャしてなかった?」
「あれはっ!あっちが馴れ馴れしく寄ってきただけで、別に付き合ってるわけじゃない」
おや、尾崎さんにクズ疑惑発覚かしら。看護学部って、女子が多いから、男子はモテるんだろうなあ。
案の定、舞りんや真緒ッチにクズ扱いされている。
愛実んは、自分の話題から尾崎さんに話題が移って、ちょっとホッとした表情になっていた。
「ごちそうさまでしたー!」
「楽しかったね。会場提供ありがとう。また、こういうの、やりたいね」
口々にお礼を言ってくれて、みんなが帰って行った。
「これでカナが居たら、ホワネス完全体だな」
友人たちが帰って、急に静かになったリビングで兄がつぶやく。
兄の言う「カナ」とは、渡来奏先生のことで、私の通う看護学部の教員でもある。
何となく、居心地が悪くなって、部屋の片づけを兄たちに押し付けて、私はお風呂に入ることにした。
今日は朝から色々あったからね。スピ活したことなんて、ずっと前のことみたい。疲れたので湯船でのんびりするのだ。
このファミリータイプのマンションは、湯船も大きい。
普段は、光熱費が気になって、シャワーだけで済ませていたから、久々の湯船にちょっとウキウキしちゃうね。
しかも一番風呂!お気に入りの入浴剤を入れちゃうぜ!
「お風呂、お先でしたー!お
片付け、ありがとう。次、どっちが入る?最後の人はお風呂掃除付きだよ」
「お前!何て格好してるんだ!」
「何て格好」と言われましてもーー
ブラ付きのタンクトップにホワネスの古いライブTシャツと高校時代の体操着の短パン。おかしなところはないと思う。
「俺が男として意識されていないのは、実感した」
と、ちょっと萎れている秀ちゃん、あざとカワイイぞ。
「それにしても上京して4か月、友達もできて看護学生っぽくなったと思ったのに、紀亜はやっぱり紀亜だな」
お兄ちゃん!それは、褒めてるんだよね?まあ、笑っているから良いか。
「それにしても、珍しかったね。秀ちゃんが人に恋のアドバイスするなんて、初めて見た」
「まあ、会ったこともないけど、彼氏が不憫になってな」
ちょっとアンニュイな雰囲気の秀ちゃん……。
まるで、秀ちゃんも好きな女の子に誤解された経験があるみたい。
そう考えて、ちょっと胸がツキンと淡い痛みを感じた気がして、首をひねる。なぜここで私が、ツキンとするのだろう。
「ま、そういうことで、風呂、オレ先に入るぞ。最後は風呂掃除なんだろ。理久、よろしくな」
と、ごまかすように明るい声で秀ちゃんが立ち上がった。
「何だとー?!まあ、お前らを二人っきりにするよりもいいか」
兄の言葉に、引っかかるものを感じるけれど、私も気になることを伝えてみた。
「フローラルの入浴剤、入れてあるからね。
――はっ!ごめん!明日、お兄ちゃんと一緒の匂いだと、BがLい関係かと疑われるかも」
「それはない!」
私の発言に、二人ともかぶせるように同時に言う。
秀ちゃんは、チベットスナギツネみたいな顔で着替えを持って浴室へ歩いて行った。
キッチンから冷たい麦茶を二人分、コップに入れて戻ると、兄はスマホに入れて持ち歩いている小さな女の子の歌声を聴いていた。
「それ、また聴いてるんだ」
「そうだな。これが俺、いや俺たちの音楽の原点だからな。この歌に、何度救われたか分からん。
お前こそ、今日は、怒らないんだな。音源を消せって」
「もう、諦めたよ。4歳当時の記憶なんて曖昧だし。私じゃなくてちっちゃな女の子が頑張って歌って偉いねーって考えることにした。
どうせ、体育館での音源も入ってるんでしょ?そのスマホ」
「おお、入ってるぞ。お前が録音したのと、カナが録音したやつ。
マイクからの距離が違うからリミックスした音源はPCに入ってるし、クラウドにも保存してある」
シスコンにもほどがある。兄の発言にちょっと引く。
「また、ホワネスでは歌わないか」
静かに、こちらの心情を伺うように話す兄の言葉に、了承の返事をしたい気持ちもある。
でも、素直に「うん」と言えない気持ちもあって、返事ができない。
そんな私の気持ちに気付いたのか、兄はそれ以上、勧誘することはなかった。
「もう寝ろ。
秀悟は明日、用事があるらしいから、兄ちゃんと東京観光しよう。お前の東京での日常を、案内してくれ」
兄は明るくそう言って、私を寝室へ促した。




