「好き」のエネルギー
「お参りに作法があることは知ってる?
最近では、どこの神社でもイラスト入りで説明書きがあるよ。外国人向けに英語で表示してあるのもあるんだ。
あ、メイメイ、鳥居をくぐる前に一礼するよ。偉い人に会うときは頭下げるでしょ。同じだよ。
それから、参道の真ん中は神様の通り道って言われているから、左右どちらかに寄ってね。
参拝の前には必ず、手水舎に寄りますよー」
今日は、学問と勝負運のご利益があるという、梅川近くの聖龍神社に来ている。
真緒ちゃんが、旅行ガイドさんみたいな解説をしてくれる。
舞りん、絹恵さん、メイメイ、愛実ちゃんと私は、手水舎で手と口を清めて参拝準備をした。実際にお水は口に入れてないけど。フリだけでも良いんだって。
「ここって、お正月にテレビのニュースで見たことがある気がする」と私が言うと
「そうだね。商売繁盛のご利益もあるから、仕事始めの時期はスーツのおじさんであふれかえってるよ」と舞りんが教えてくれた。
「単位認定試験に通るためのお参りなのに、なぜ商売繁盛とか、勝負運の神社に来たの?」
そう、昨日まで私たちは、単位認定試験に追われていた。大学受験以来、久しぶりの勉強漬けの日々だった。
結果が出るのは来週だから、何か楽しいことをしよう!という話しになって、真緒ちゃんの強い勧めでスピ活をするためにこの神社へ来た。けれど、なぜこのセレクトなのかは、舞りんだけではなく、私も疑問だった。
「商売繁盛って知っていたら、ヨッシーも来たかったかもね」と話すのは、メイメイ。
「うふふっ!勝負運は、推しのライブチケットを勝ち取るためです!
この夏、ホワネスが本格的にライブ活動を再開するんですよ。古参のタルトんとしては、チケットの争奪戦に勝たねば!」
「ホワネス?タルトん?」
メイメイの疑問に、ホワイト・ストロベリー・バロネスという真緒ちゃんが推しているバンドでは、ファンのことを「タルトん」と呼んでいることを、絹恵さんが解説している。
「清々しいほどブレないね、真緒は。私はとにかく単位認定試験が通ってくれることを祈るよ」
「私も!」
そう言って、メイメイと愛実ちゃんが真剣な顔でお賽銭を握りしめている。
「試験勉強をしっかりして、こうやって神仏にお祈りするって、これが本当に『人事を尽くして天命を待つ』ってことですね」
「あっちの大黒様に、カフェ○○の商売繁盛も祈っとこうよ。私たちのバイト代が上がるかもしれないし」
「じゃ、私もバイト先の商売繁盛、祈るー!」
絹恵さんらしい蘊蓄をさらっと流した真緒ちゃんの欲望全開の提案に、最近、パン屋さんでバイトを始めたメイメイの欲望も乗っかった。
「私、バイト始めたからさ、もし、試験に落ちてたら、再試験のお金は自分で払おうと思って。
祖父ちゃんもミコちゃんも了解してくれたからさ」
お、収入アップ祈願は欲望というより自立に繋がってた。
「そういう時、あんたの両親はお金出してくれないの?」
「お父さんは私に興味がないし、お母さんは面倒なことが嫌いだから自分の都合の良いときしか私の話を聴いてくれない」
星野家の闇、まだ、深そうだなぁ。
「親なんて、そんなもんじゃない?ウチは母が亡くなってるから、知らんけど」
あっけらかんと話す愛実ちゃんに、みんながフリーズした。
「そんな顔しないでよ。小学校低学年の時だから、もう10年以上前だし。
親父は仕事、仕事で今でもほとんど帰ってこないけど、祖母ちゃんが居たからね。
その祖母ちゃんも、去年亡くなってさ。
私がナースになった後なら、もっと何か出来たかなって、時々考える」
近しい身内が亡くなるって、私は経験がない。
それも、お母さんと育ててくれたお祖母さんなんて、愛実ちゃん、辛かっただろうな……。
ウチは、兄が大病をしたけれど、幸い寛解が続いているから完治と言えるんだろうな。
治療当時、私は幼かったからあまり覚えていない。ただ、兄が怠そうで辛そうにしていたことは記憶に残っている。
「愛実ちゃんはすごいね。
ウチの父親も仕事だって帰ってこないけど、文句ばっかり言っている母親に、何かしてあげようとか思えないもん、私。
そっかーー。それだけ、お祖母さんが良い人だったんだね」
「ありがと、舞りん。私、自分を褒められるより、祖母ちゃん褒められるほうが嬉しい」
そう言って笑う愛実ちゃんの笑顔は、ちょっと儚げだった。
「では、お守りを授かりに行こうか」
しんみりした空気を打ち消すように、真緒ちゃんが元気に言った。
「あんたは、ホントにいい性格してるよ」と苦笑する愛実ちゃんも、みんなと一緒に社務所に入った。
自動ドアの中に入ると、中は冷房が効いていてびっくりした。
都会の神社は、社務所もオシャレで、お土産物屋さんやレストランも併設されてる。お守りもいっぱいあって、デザインもかわいかったり、斬新だったりして、どれを授けてもらうか、迷うわー。
「あれ、メイメイは勝守り?」
「うん。保育園実習の後、仲良くなった片山玲ちゃんにあげるんだ。
彼女、インカレの吹部で夏のコンクールに向けて今、練習三昧なんだよ。今日は、ウチの大学で練習してるって言ってたから、お土産にね」
「私はこれ!カード型のお守りが欲しかったの。スマホケースに入れて、チケット争奪戦に勝つんだ!」
そう言って戦国武将が描かれた、黄金に輝くカード型のお守りを手にしているのは、ブレない真緒ちゃん。
「五角形で『合格守』って、面白―い。国家試験前に、またみんなで来ようね」
そんな話をしながら、それぞれ勉強とは直接関係のないお守りを授けてもらった。そもそも、学業成就のお守りは置かれていなかったけど、みんな、楽しかったからこれで良いのかな。
「トランペット!そこは、パン!パパーン!って音を張らないと!
フルートも遅れるな!」
「はいっ!」
おお、渡来先生の熱血指導についていく体育会系の感じ。音楽になると人が変わるからなぁ、カナちゃん。
私たちはスピ活から、吹奏楽部の練習の差し入れに来たけれど、場違いだったかなあ。
「集中力が切れてきたね。10分休憩して、パート練習してて。僕は講師室に戻るから」
そう言って、渡来先生は小走りで体育館を出て行った。試験後の学生は、勉強から解放されるけど、先生たちは回答チェックやら成績付けやらで忙しいよね。
「わあ!来てくれたんだー。差し入れ?ありがとう!ヘトヘトだったから、すごく嬉しい」
差し入れに、みんなでお金を出してコンビニでシューアイスを買ってきた。喜んでもらえて、私たちも嬉しい。メイメイはスピ活の勝守りを玲ちゃんに渡している。
「渡来先生、普段はのんびりして穏やかな感じなのに、すごく厳しかったね」
「うん。でも、指摘が的確だからさ、練習するしかないのよ。こうやって練習していると、私、音大に行くほどの実力じゃなかったなあって実感する。
けど、やっぱり音楽が好きだなーって思って。好きなことのための努力は、あんまり辛くない」
そう言う玲ちゃんは、はじける笑顔だ。けれど、『あんまり』ということは、ちょっとは辛いのかな。
「暑いし、疲れるし。だから冷たいシューアイス、ホント助かったよ。ありがとう。みんなで分けるね」
そう言って、吹部メンバーの輪の中に玲ちゃんは戻って行った。
『やっぱり音楽が好きだなーって思って。好きなことのための努力は、あんまり辛くない』
私は、玲ちゃんの言葉を、ずっと考えていた。
『好きなこと』でもやっぱり、ちょっとくらいは辛いと思うことは普通なんだろうか。
私は、このまま音楽をやめてしまっていいんだろうか。
吹部が練習していたあの体育館で、先日のチョコレート工場の事故の後に歌ったときは、私にもまだ歌う力があるんだと嬉しくなった。
でも、歌うことを、音楽を作ることを、一生のテーマにしている兄のような覚悟は持てない。
だからって、この気持ちのまま、ナースになっても良いんだろうか?
「……りあ。紀亜!どうした?手が止まってるよ」
舞りんに声をかけられて、私はグルグルと出口のない思考の渦にはまっていたことに気付いた。
「第1回、餃子づくり選手権、負けちゃうよ?」
私たちは吹部の差し入れの後、試験の打ち上げをしようということになった。
カフェ○○で相談していたら、私の家で餃子パーティをすることになった。
そしたら、大きいホットプレーをヨッシーが貸してくれることになって、たまたまカフェ○○に居た尾崎さんも参加することになった。
餃子。食べるのも大好きだし、たくさん食べたいんだけど、包むのが大変なんだよ。
そこで、餃子包み競争が開催することにしたんだった。
大変な作業も、みんなで競争すれば早く出来上がるし、楽しいしね。
ちなみに優勝賞品は餃子。参加賞も餃子だけど。
「よーし!負っけないぞー!」
そう言って、腕まくりのふりをしながら参戦しようとしたところで、インターフォンが鳴った。
思ったよりも餃子のタネが多くなって、このままでは皮が足りなくなることに気付いた。
早々に選手権から離脱して、買い物に行ってくれた真緒ちゃんと絹恵さんが、戻ってきたんだろう。
この家は、ファミリータイプのマンション。
一人暮らしには広すぎるから、もっとこじんまりした部屋で良いって言ったんだけど、お兄ちゃんに押し切られた。兄やその友人たちが「仕事で上京した際に泊まるから良いんだ」って。
まあ、広さと言うよりも、心配性な兄たちも安心したぐらいの万全なセキュリティだからこそ、ここを強く勧めたんだろうけど。なので、もちろん入り口はオートロックなのです。
「はーい」
――あれ?
インターフォンの画面には誰も映って無いなぁ。何かの間違いかな。
そう思い、餃子作りに戻ってしばらくすると、今度は玄関のインターフォンが鳴った。
マンション入り口のオートロックと家の玄関のインターフォンは音が違うんだよ。
「はい、はーい」
ドアを開けようと玄関に向かうと、ガチャガチャと鍵を開ける音。あれ、真緒ちゃんたちに鍵を預けたっけ?と首をひねっていたら、思わぬ懐かしい声が響いた。
「紀亜ちゃーん!お兄ちゃんですよー!って、何でこんなに靴がいっぱいあるんだ?紀亜ー?」
お兄ちゃんだ!なぜ今?!タルトん強火担な真緒ちゃんーーは、外出中だ!
今で良かったのかっ?!
私は、大荷物を抱えている兄とその友人である秀ちゃんを、近くの部屋へ引っ張り込んだ。
「お兄ちゃん!来るのは来週じゃなかった?!何で連絡くれないの?!
今日は友達とウチで打ち上げするって言ってあったよね!
秀ちゃんも!なんでお兄ちゃんを止めてくれないの!!」
「いや、コイツが紀亜のことになったら、止まらないの知ってるしょ」
そうは言ってもさ、こちらにも都合というものがあるのですよ!
ピーンポーン!
焦る私とキョトンとする兄たちに、無情にも真緒ちゃんが戻ってきたことを告げるインターフォンが鳴った。
「紀亜ッチー、真緒ッチ達、帰ってきたからオートロック、開けたよー」
ヨッシー!なぜ、こんな時に気を利かせる?!
「何かあったのかー?」
かぶせるように尾崎さんまでーー。
「男の声だな。友達って、男もいるのか?」
お兄ちゃんの声が一段低くなった。秀ちゃんの表情も冷たく硬くなっている。
「ただいまー!玄関、開けっぱなしは不用心ですよー」
真緒ちゃん達が、帰ってきちゃった。
あぁ、このカオス……。私、どうしたら良いの?!




