学内実習とサイレン
「舞りん!実習着に腕時計って、看護師さんみたいだね!」
「何言ってんのよ。あんただって実習着じゃん」
「えへへ」
今日は、うれし恥ずかし初めての学内実習で、シーツ交換を教わるのです。
わが校の実習着は、紺色のスクラブと白のスラックス。左胸にはそれぞれの名前が刺繍されている。
みんなの新品で真っ白なナースシューズがピカピカしている。
看護学生って長い髪の人が多いんだよね。いつもは降ろしている髪を、今日はお団子にまとめていて、みんなの雰囲気がちょっと大人っぽい。
そもそも、大学に入って明るい髪色にカラーリングしていた人たちも、この学内実習に向けて、黒に戻したみたい。実習前の身だしなみチェックで引っかかると、実習させてもらえないからね。
「高校卒業からこっち、茶髪に慣れてたから黒髪のお団子頭って、鏡みてもなれないわぁ」とは、オシャレ番長の愛実ちゃん。
いつも穏やかな真緒ちゃんも絹恵さんも、ちょっとソワソワしているのが微笑ましい。
「そういう紀亜が一番微笑ましいけどね」
舞りんにデコピンされた。でも、痛くはない。ウキウキの気持ちの方が勝っているのだ。
実習着の写真、後で撮らなくちゃ。お兄ちゃんが新しいことしたら写真を送れって、要求がうるさいんだよね。
「あれ?この布はどこに仕舞うんだっけ?」
先生がデモンストレーションした時には、スルスルっとシーツが折りたたまれて、ピシッとベッドメイキングが完成した。
見ている分には簡単そうだったのに、いざ自分たちでやってみると難しい。枕側が三角、足元側を四角に折り込みたいのに、マットレスの下に入れ込んだはずの布はズルズルと出てきてしまう。
実習室にたくさんあるベッドだけど、1台に3,4人の学生での実習だから、私がモタモタしているとほかの人が練習できなくなっちゃう。
「相良さんって、座学の成績が良くても、いざ実習になると不器用なんだね」
事実なんだけどさ、真顔でしみじみ言わないで欲しい。余計に焦って時間がかかってしまうよ、星野芽衣さん!
「そういう言い方、無いと思うよ。座学の成績を引き合いに出して、今、嫌味言う必要ある?」と舞りん。
あぁ、私のことで争わないでーーなんて、そんな歌があったなぁ、って現実逃避をしている場合じゃなかった。
「え?!あ、そういうつもりじゃ……」
「じゃ、どういうつもりよ。みんな初めてなんだから、手間取るのも当たり前でしょ!」
おぉ、舞りんの当たりがキツい。
「白石さんこそ、そういう言い方、無いんじゃない?!
そもそも、ベッドメイキングなんて、病院じゃヘルパーの仕事なんだから!練習したって、意味がないのよ!」
「え?!そうなの?」
私と舞りんだけでなく、近くにいた数人がびっくりして星野さんに注目する。
「確かにねー。退院患者さんのベッドメイクはヘルパーさんがするけど、例えば夜中とか、ヘルパーさんのいない時に何らかの事情でシーツ替えなきゃいけない場面は、それなりにあるんだよー。
臨床では、ベッド上に患者さんが臥床した状態でシーツを替えることもあるし、シーツ交換と清拭と更衣を一緒にしなきゃいけないことも多いからねー。何もないところでのベッドメイクは基本なんだよー」
渡来先生が、私がぐちゃぐちゃにしたシーツをピシッと直しながら説明してくれた。
「相良さん、ベッド貸してねー。
みんなも、もう一度集まってー。反対側でもう一回やるから、見ててねー。
シーツの掴み方がポイントなんだよ。頭側をしっかり入れ込んで、上側の生地を上げてキッチリ三角形を作るでしょ。そうしたら、シーツを手の甲を上にして握りこむ。そのまま引っ張ってマットレスの下に入れ込む際に手をパーに広げて手の平を下のまま入れ込む!
掌を下にしといた方が、ベッドとの間でケガをしにくいからねー。ベッドの横の部分もシーツをしっかり握りこんで、掌が下でぎゅっとすっ!だよー」
なるほど!見てると簡単そうなのになあ・・・。
「まあ、技術なんて、回数を重ねるしかないんだよ。練習するほど上手になるし、早くなる。
繰り返しの練習が自信につながるから、がんばってー。
この後、下校時間まではそれぞれ自主練習して良いからね。明日以降の自主練は、実習室使用の申請を出してくださーい。ベッドメイキングの実技テストは2週間後ですよー」
授業終わりの鐘が鳴っても、居残り練習をしていた人数はそれなりに居た。みんな真面目なのよね。
星野さんもあれだけ文句を言っていたのに、汗だくになりながら練習していた。
今日はバイトだという舞りんと真緒ちゃんが帰るタイミングで、私と絹恵さんも帰ることにした。愛実ちゃんは、何と!デートなんですって。いいなぁ。
私たちよりも後に残ったのは、男子学生たちだった。男の友情、青春だね。
「舞りん、腕時計買ったんだね。美琴さんが着けてたのに似てるね」
私と絹恵さんは舞りんと真緒ちゃんのバイト先のカフェ○○で晩ご飯を食べている。
「そう!スマートウォッチと普通の腕時計、どっちがいいか迷ったんだ。
でも、見つけちゃったから、結局、こっちにした」
「舞りん、美琴さん推しだもんね。だから今日、星野さんに厳しかったの?」
真緒ちゃんも、舞りんと星野さんのやり取りが気になっていたのね。
「だってさぁ、あの人、ひどいんだよ。
毎日、美琴さん手作りの彩りが綺麗なお弁当食べてるのに『頼んでないのに』とか言うんだよ!この前なんて、総菜パンを食べてたから声掛けたら、それも美琴さんの手作りなんだって。
美人で、できるナースで、私たちみたいな学生にも優しいぐらい性格良くて、さらに料理まで上手なんて!ほんと、推せる!のにっ!」
「舞りんって、ストーカーみたいね。この場合、ストーキングしているのは、美琴さんというよりも星野さんなのかもね」
真緒ちゃんにからかわれて、ちょっと拗ねたような舞りんが、反撃に出た。
「そういう真緒は、推しはいるの?」
「私はねぇーーホワネス!」
「ぶぉっほっ!」
「どうしたの?紀亜さん」
びっくりしてコンソメスープを吹いてしまったら、絹恵さんに心配されちゃった。
大丈夫、大丈夫。
たぶん……。
「ホワネスって何?」
「ホワイト・ストロベリー・バロネス、通称ホワネスっていう、北海道を中心に活動している、男性3人、女性1人の4人組のバンドなの。
メンバー全員、すごく器用で、それぞれが複数の楽器を弾けるの。曲によって入れ替わるんだよ。
曲作りも、メンバー全員がそれぞれ作れるんだよ。どの楽曲もすっごく良いんだよ!
NOAHちゃんていう女性メンバーが、時々、歌うんだよ。ピンクのツインテールが可愛いんだよ!
あ、メインはRickさんって男の人なんだけど、彼の声もすっごく良いの!“りくのあ”――RickさんとNOAHちゃんが一緒に歌うことね、そのハーモニーが最高なんだよ!
Liamさんは普段、ベースなんだけど、ギターも上手いんだよ。3人でギターセッションとか、ホント、鳥肌が立つぐらいすごいの!
ドラムのSOUさんも、超絶技巧派なのよ!でも、SOUさんがキーボード担当することもあるんだよ」
真緒ちゃんは、ほとんど息継ぎしないで、舞りんに迫りながら語った。
「す、すごい熱量ね」
からかうつもりで質問した舞りんもびっくりの強火担。
「ホワネスはね、『白苺男爵』って漢字表記することもあるんだ。
ファンのことはね、『タルトん』って呼んでくれるんだよ。かわいいよね、タルトん!苺タルトから来てるんだよ。わかるか、それぐらい。実は、絹恵さんもタルトんなんだよ」
「そうなの。真緒さんに薦められて聴いてみたら、はまっちゃって」
おっとりと、ちょっと頬を赤らめる絹恵さん、色っぽいけど……。
「私はさ、ホワネスのメンバーも、ホワネスが作る音楽も大好きな、箱推しなんだ。
ただ、Rickさんが超絶イケメンでさ。Rickさんの外見に惹かれたにわかファンが、NOAHちゃんを恋人と勘違いして攻撃しやがって!
SNSで誹謗中傷するだけじゃなくって、物理攻撃までしたやつがいてさ!
ホントは兄妹なんだよ、NOAHちゃんとRickさん。初期の動画を観たらわかるのに。
それで、NOAHちゃん、ケガしちゃったみたいで一時期、バンドが活動を休止してたの。
Rickさんの良さは、NOAHちゃんとのダブルボーカルで倍増するのに!
最近、ようやく活動を再開したんだけど、出てくる動画はNOAHちゃん抜きなんだよ。
Rickさんが一人でボーカルやってるの。それも良いんだけどさ、箱推しのタルトんとしては、物足りないわけ!」
「イケメンのお兄さんのストーカー被害に遭ったって話、最近、どこかで聞いたような・・・」
真緒ちゃんのすごい推し語りに、舞りんが何かつぶやいたところへ、自主練習を終えたヨッシーが尾崎さんと一緒に帰宅した。
「ただいまー!何か盛り上がってるね。今日も振り返り会?」
「違う。真緒の推し語り」
「また?そういえば、ネットでも話題になってたねホワネス。
ーーと、真緒りんが語り始めると長いからさ、やろうよ、振り返り会。それで康平も引っ張ってきたんだ」
そっか、みんなは入学前の予備校で一緒だったんだっけ。
「俺はいいよ。メシ食ったら帰るから。それこそ、将来の仕事に役立つか分からない技術について、話し合ったって無駄だろ」
おぅ、ここにも尖っている人がいた。
星野さんも尾崎さんも、まだ反抗期が続いているのかな。
「尾崎さんは、まだ医学部受験とか考えているの?だから、看護技術はいらないってこと?」
「そういうことじゃない。星野さんが言ってただろ、病院ではベッドメイクはヘルパーの仕事だって。自分の仕事に役立たないことを学ぶのは、効率が悪いって言ってるんだ。
大学なんだし、高校までのような何の役に立つのか分からない知識や技術を学ぶ意味が分からない」
注文したカレーを食べながら、尾崎さんは誰とも目を合わせないまま、真緒ちゃんの質問にそう答えた。
ドーン!
尾崎さんの発言に舞りんが反論しようとした時、外から大きな音がして、カフェのガラスがカタカタと揺れた。
「な、何……?地震?でも揺れてないよね」
「爆弾?……テロ?」
慌てる真緒ちゃんにヨッシー。冷静にスマホを取り出して検索を始める尾崎さんと絹恵さん。
「ば、爆発があったみたいだ。火の手が上がってる。あっちはお前たちの大学じゃないのか?」
2階に居たヨッシーのお父さんが、階段を転がり落ちるみたいにカフェに降りてきて一気にまくし立てた。
私たちは、慌ててカフェの外へ出た。
よく見えないけど、確かに大学の方向から黒い煙が上がっている。
お店に居たお客さんや近所の人も家から出てスマホを現場に向けて動画を撮っている。
消防車なのか、救急車なのかひっきりなしにサイレンの音が聞こえてきた。
水路でも、消防署のボートが飛ぶような速度で現場方向に疾走していった。
この街では、緊急時の傷病者救助や消火活動の際に使用する小型船が消防署に配備されているんだった。
災害時に、現場に素人が近寄るのは二次災害につながることは、私も知っている。
でも、私たちが下校する時、まだ、校内には渡来先生が居た。
もう、とっくに勤務を終えて、帰宅しているかもしれない。でも、もしかしたら巻き込まれてケガをしているかもしれない・・・。
何かが燃えた後のこげた臭いが漂ってきた。
私が行っても、何も役に立たないのは分かっている。けど、考えたらどうにもジッとしていられなくなった。
周囲が止まったような錯覚を感じて、すごく長い時間、迷った気もするけど、実際にはほんの一瞬だったのかもしれない。
「私、忘れ物、思い出した!」
そう言って、私は大学校舎に向けて走り出した。
「あっ!こら!紀亜!危ないよ!」
舞りんの声は人ごみの喧噪に紛れて、あわてる私の耳には届かなかった。




