みんなでの振り返り
「ラストオーダーのお時間です。紅茶のおかわりはいかがですか?」
綺麗なお姉さんに声をかけられて、舞歌ちゃんはドライストロベリーの入った季節の紅茶、私はダージリンのミルクティーをお願いした。ストロベリーティーの香りも魅力的だけど、ミルクティーが好きなので最後に飲んでおきたい。自分で淹れるより、きっとすごく美味しい。
スイーツとセイボリーはとても美しく盛り付けられていて、お味も大変よかった。特に、サーモンと苺を合わせたムースなんて絶品だった。
一般人には苺を料理に使う発想はないからね。苺農家の秀ちゃんにも食べさせてあげたかった。いつか一緒に来られるといいなあ。
あれ?それって、デートになる……?
「この後どうする?」
そうでした。思考がおかしな方向に沈み込みそうになっていたことに、舞歌ちゃんに声をかけられて気付いた。
『道端で倒れたおじいさんを介抱した、できるナース美琴さんの謎の呪文を解明する』というミッションが中途半端だった。
「良かったら、私のバ先、大学近くのカフェなんだけど、行く?」
バ先とは、バイト先のことらしい。
もちろん同意して、高級ホテルのラウンジからおしゃれカフェに移動した。
「あれ?舞りん、今日のシフトに入ってたっけ?」
「えっ?ヨッシー?なんで居るの?」
「ここ、僕んち」
なんと!このカフェ○○は、同級生の吉岡和希君の実家らしい。本当に「まるまる」っていう名前のカフェなんて、面白いネーミングセンスだなあ。
吉岡君ことヨッシーは、お父さんがこのカフェを経営していて、梅洲大の学生が、代々、アルバイトしてるんだって。人手が足りない時は訪問看護師をしているお母さんも、お手伝に来るんだって。
今年は舞歌ちゃんの他にもバイトしている同級生が居るそうだ。ヨッシーは、問答無用でここでのアルバイトをさせられてるって言っていた。
カフェには、大学の授業の後、ランチを食べに来たまま、おしゃべりに花が咲いた五十嵐真緒ちゃん、河口絹江さん、中西愛実ちゃんも居た。河口さんは、すごく大人っぽい雰囲気で「ちゃん」呼びが合わない感じするから、どうしても「さん」呼びになっちゃう。
「で、『舞りん』とは?」
私はヨッシーの発言への疑問を確認してみた。
「ヨッシーはさ、直ぐにあだ名付けるのよ。名前をもじるって言うか」
「舞りん、かわいいね。私も呼んでいい?」
舞歌ちゃん改め舞りんは、真っ赤な顔で「好きに呼べばいいよ」と了承してくれた。
「ところで、舞りんと紀亜ッチは、何しに来たの?お茶じゃないでしょ」
私にも変なあだ名付けられた!仲間として認められたみたいでちょっと嬉しい。
私たちは、アフヌンに行く前に起こった出来事をみんなに伝えた。
「それは大変でしたね」
第一声で、絹恵さんに労ってもらって、舞りんも私も、涙が出そうになった。
「でも、私、何にも出来なかった……」
舞りんがまた、ネガティブモードに入りそうになったので、あわてて“振り返り”への参加をお願いした。
「たまたま、録音できたから、美琴さんの謎の呪文を解析しようと思ったんだけど、私と舞りんだけだと分からない言葉だらけで行き詰まっちゃってさ。みんなにも、一緒に考えて欲しくて」
ということで、他のお客さんが居なくなってから録音データを再生した。
一般の人が聞いたら、びっくりしちゃうもんね。まあ、私たちも一般の人と知識レベルは同じくらいだけど。
「クストー!傷病者発見!救急隊を要請して!ついでに、大学病院にも!
11時48分ごろ、梅洲川緑道で高齢男性が意識消失発作。第一発見者は……」
ひとしきり、録音をみんなで聞いた後、振り返り会が始まった。
「まず、『クストー』って何?あの後、ネコ型ロボットみたいなのが、近寄ってきたんだけど」
「そこから?!それに、クストーじゃなくてKustoだね。
水色で先の丸まった円柱形なだけで、耳がないからネコ型とはーーいや、耳がないからネコ型ロボットなのか?」と、地元民のヨッシーが新たな謎にはまり始めた。
「正式名称はKustodianよ。KAIROS社が街を開発するときに作ったAI搭載ボットの総称で、街中にある監視カメラとも連動しているの」
おお、絹恵さん、詳しい。
「だから美琴さん、最初は空に向かって叫んでいたんだね。謎が一つ、解明されたよ」
「これで、謎一つ解明って、先が長いね」
愛実ちゃんが、呆れたようにつぶやいた。おっしゃる通りデス。
「だって、謎だらけなんだもん。美琴さんは、Kustoに向けてこの呪文をつぶやいていたけど、その後に来た救急隊の人にも伝わってた。どうしてだろう」
「Kustoが情報共有したんだと思う。最初の声掛けで『救急隊の要請』と『大学病院への連絡』って言われていたから」
絹恵さん、本当に詳しい。
「時間、言ってるね。何か意味あるんだろうか」
「Kustoが到着した時間は、内蔵している正確な電波時計でわかるけど、発作が起きた時間の記録のために時間を伝えたんじゃないかしら」
「腕時計を見てたね、美琴さん。あの仕草、カッコよかった。
スマホで時間は分かるから、腕時計の存在意義が分からなかったけど、脈とか呼吸とか測るときにも使っていたみたいだし、私も買おうかな」
真緒ちゃんの疑問に絹恵さんが意見をくれた。
舞りんが言うように、腕時計をチラッと見る美琴さん、カッコよかったから私も腕時計、買おうかな。
「『JCSⅡの10』っていうのは、その直前の『意識レベル』のことだと思って調べた。
JCSは『ジャパン・コーマ・スケール』の略で、『Ⅱ』は刺激をすると開眼する状態、『10』は呼びかけで眼が開くってことだって。その後が分からない言葉ばっかりなんだよ」
そう。『橈骨動脈』は腕の親指の下のところにある動脈。『触知可』は触れられるってことだけど、それが何を意味するか、分からなかった。
『プルス』は脈拍で、『不整あり』ってことは不整脈があるということだと思う。そのほかも、単語一つ一つはスマホでも調べれば意味や正常値も分かるけど、それがどういう意味なのかが分からない。
「まるで難解な英語の長文読解みたいだね。単語がわかるだけじゃ、全体の文章の意味が分からない」
「こんな風にスラスラ言える美琴さん、カッコイイね。救命ナースなのかな」
「そうなのかもね。だから、こんなにテキパキと対応できるんじゃない?すごいね。ホント、紀亜ッチが言うように『呪文』だね」
真緒ちゃんとヨッシーがそんな風に語っていた。
アフヌン会場での振り返りは早々に行き詰まってしまったけれど、みんなと話してみると同じだって分かった。
これは、直ぐにネガティブモードに入りがちな舞りんにとっては良かったみたい。
「みんなも分からなかったんだね……」と、ホッっとした表情の舞りん。
「そうだよ。まだ入学したばっかりだし、分からなくて当然じゃない。明日にでも先生に訊いてみたらいいんだよ」
と、愛実ちゃんがうまい具合にまとめてくれて、その日は解散になった。
「ねえねえ、星野さん。美琴さんって、救命ナースなの?」
「え?ミコちゃん?あの人、また、何かやったの?」
いきなり質問するヨッシーもどうかと思うけど、芽衣さんの言い方もひどい。「また」とは何だ?!
私は、昨日あったことを星野さんに説明した。美琴さんがいかにカッコよかったかも、熱く語った。
「ふうん。
ミコちゃんは、救命に配属になったことはないと思う。内科とか小児科じゃないかな。あ、でも今の病棟は頭頸科で急変が多いって言ってた気がする」
「え、あんなにバリバリ動けていたのに、そうなの?とうけい科って?」
「頭と頸って書いて頭頸科。いわゆる耳鼻咽喉科だね。がん患者さんも多くって、それで、がん看護の専門看護師になるって、大学院に来てる。私と一緒のタイミングって、嫌味よね」
なぜ、姪と一緒に入学すると嫌味になると星野さんは思うんだろうか。
あ、星野芽衣で姪の芽衣。面白いけど、今、言ったら、舞りんにも怒られそう。
「星野さんって、美琴さんへの当たりが厳しいね。どうして?」
すっかり美琴さんのファンになった舞りんが怪訝な顔で質問した。
「そう?普通じゃない?」
星野さん、美琴さんについてのキビシイ発言は無自覚なんだな。
「そっかぁ、救命ナースじゃなくても、あんなにテキパキ出来るんだね」
真緒ちゃんのつぶやきに愛実ちゃんが頷いている。
しみじみしていると、授業開始のチャイムが鳴ったので、私たちは席についた。
「はい、今日の授業はここまでー。昨日出した課題は、期限までに提出することー。
それと、相良紀亜さん、白石舞歌さん、この後、僕の研究室に来てください」
うわっ。授業の後で声をかけようと思っていたのに、呼び出しを食らってしまった。
「渡来先生、普段は語尾が伸びるから気が抜けるけど、語尾が伸びないときは、ちょっと怖いね」
ホントそれね。私もそう思った。
ドナドナされる子牛の気分を味わっていたら、興味があるからと、昨日の振り返りメンバーも一緒に来てくれた。心強い。
「おや、僕が呼んだのは二人だけだけど」
「昨日の傷病者救助の件でのお呼び出しだと思ったので。
実は、お二人から昨日のうちに事情を聴いて、みんなで振り返りをしていたんです。
でも、入学早々の学生ですから、議論も行き詰って。ちょうど今日、先生へご相談に伺おうと話していたので、同席させていただけないでしょうか」
絹恵さんが的確かつ丁寧に事情を説明してくれた。
「ふうん。まあ、二人が良ければいいよ」と先生は了承してくれたけど、全員が入るには先生の研究室は狭くって、空いている教室にみんなで移動した。
ちなみに、高校までの先生たちって、職員室に集まっていたけど、大学の先生たちはそれぞれ研究室という名のお部屋を持っていて、偉くなると広くなるんだって。
「昨夜、大学院の星野さんから教職員のアドレスでメールが来てさ、君ら二人が傷病者を発見してくれたお礼とフォローを頼まれてさ。何があったか、二人の視点で教えてくれる?」
何となく、叱られるのを覚悟したけど、渡来先生が優しく言ってくれたので、安心した。
私たちは昨日の出来事について説明して、美琴さんの謎の呪文の解説をして欲しいとお願いして、録音データを先生と一緒に聴いた。
「なるほど。で、どこが分からない?」
「『JCSⅡの10』は、呼びかけで目が開く状態ってことは調べました」と、舞りん。
「ほう。分からないことを調べるのは、学びの姿勢としてはとてもいいね。
星野さんはその後『反応するが発語なし』って言っているでしょ。スケールだけでは伝えきれない意識レベルの情報を端的に伝えているんだ。他に分からないことは?」
「親指の下のところを通っている動脈が触れるって、どういうことですか?」
ヨッシーが前のめりで質問した。
「橈骨動脈ね。
緊急時とかはさ、血圧計とか持ってないじゃない。簡易的に血液動態を確認するのに、脈が触れるかどうか、どこで触れるかが目安になるんだ。
橈骨動脈が触れるということは、収縮期血圧、一般的に『上の血圧』と言われる値が70mmHgはありそうだということ。
脈が弱いけど、左右差がないということは、両方の腕に同じように血液がちゃんと流れているってことで、その後の左手だけ握れないことを考えると、循環ではなく、神経系の問題だと考えやすい。
そして、不整脈があるから楽観はできないとも言える。
呼吸の状態も重要な身体の情報だから、回数だけじゃなくて深さや音にも注意が必要ということだね。
左手が握れない状況みたいだから、一過性脳虚血発作を疑うのがセオリーだから、分かりやすいところで、表情の情報を伝えたんだと思うよ。
これらの情報が、Kustoを通じて救急隊と大学のER――つまり、救急患者が運ばれるところね、そこに伝わると、患者受け入れの準備ができるから、そこまで考えてたんだと思うよ」
普段は語尾が伸びてフワフワした感じの渡来先生だけど、こうやって専門用語を解説してくれると“プロなんだなぁ”と実感する。みんなも似たような感想を持ったみたい。
「入学してすぐに、こんなことがあるとさ、驚いたり不全感を持ったりしていないかって、星野さんが心配してくれたんだよ。
だけど、すごいね。もう仲間を作って“振り返り”するなんて、みんな優秀、優秀」
昨日の振り返り会では、分からないことばかりだったので軽く落ち込んだけど、それでも、みんなで話したことは無駄じゃなかったんだと、渡来先生の言葉でみんなも安心したみたいだった。
「振り返り会はもう大丈夫かな。
いやあ、大人数で来てくれてよかったよー。
明日、配る予定の今度の学内実習で使う実習着、名前とかサイズを確認しながら振り分けるの、結構大変な作業でさ。みんなで手伝ってねー」
褒めてもらえてほっこりしたのに、呼び出しておいて仕事押し付けるとか、ひどくない?!




