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初病棟実習後の初打ち上げ


「お兄ちゃん!!なんで甘食、食べちゃったのよ!楽しみに残してたのに!

食べたいなら、自分で買ってくればいいべさ!」


「ん?ああ、懐かしくてな。昔のよりもしっとりしてて美味かった。

それよりお前、また、北海道弁、出てるぞ。『シチーガール』目指すんじゃなかったのか?」


キー!腹が立つー!


甘食は、スポンジケーキとビスケットの中間みたいな食感で、円錐形のほんのり甘い菓子パン。札幌のデパートで時々しか売ってなかったので、お母さんが出張の時にあれば買ってきてくれた思い出のパン。

東京発祥だったみたいで、こっちのパン屋さんには結構置いてあってびっくりした。


実習を頑張ったご褒美に取っておいたのに!もうっ!

しかも、私が東京へ出てくるための適当な言い訳を今更持ち出すなんて!

ちなみに、「シチーガール」じゃなくて「City Girl」だからー!




昨日、学内発表会も無事に終わり、後に残したくなくてレポートも昨日のうちに提出しちゃった。

そのまま、打ち上げに行こうかって話も出たんだけど、舞りんがお母さんから呼び出し、佐藤さんも住んでる部屋のことで不動産業者から説明会があるって言うので、今日に延期になったのだ。




「朝飯、出来たぞ。でも、お前らパン食ったのか」

「私は食べてない!お兄ちゃんが私の甘食を取った!」

「はいはい。そりゃあ、理久が悪いなあ。紀亜が楽しみにしてたのに。

それにしても、お前らの兄妹ケンカはいつも食い物が原因だなあ」


秀ちゃんに慰められて、納豆と紅鮭にみそ汁という、ザ・日本の朝ごはんを食べた。

しっかり食べたけど、私が食べたかったのは甘食なんだよー






「――って、ことがあったんだよ。ヒドイと思わない?!」


私は、やっぱりどうしても甘食が食べたくて、メイメイこと星野芽衣ちゃんがバイトをしているパン屋さんに来ている。

バイト終わりのメイメイも、打ち上げまでの時間をパン屋さんのイートインスペースで今朝の愚痴を聞いてもらっているのだ。


今日は、私たちの実習グループの打ち上げだけど、実習前に病棟の様子を教えてくれた愛実んも、ついでと言っては悪いけど、メイメイも誘ったんだ。

それで、今は打ち上げ会場のカフェ○○近くのパン屋さんのイートインスペースでメイメイとおしゃべりしているところ。


メイメイはひとりっ子だから共感はしてもらえないけど、とりあえず聴いてもらってすっきりした。

実習でも感じたけど、「聴く」って大事だね。




「サンドイッチ、ようやく出来たのかい?!ランチの時間が過ぎちゃったじゃないか。愚図だねえ」

すごく大きな声と言うわけではないのに、その声はお客さんが少なくなった店内に響いた。



「ああ、まただ」

「どうしたの?」


メイメイの解説によると、このパン屋さんはチェーン店を、ご主人と奥さんに加えてご主人のお母さんの3人で家族経営してるんだって。

最近、ご主人のお母さんが、物忘れがひどかったり、すごく文句を言ったりするので、お店に出るのが難しくなって、それでバイト募集することになったんだって。


だけど、あの奥さん、さっきまでずっとレジに立ったり、奥から焼き立てパンを出したり、忙しそうだったよね。

それに対して、文句を言っているおばあさんは、ずっとレジ横の椅子に座ってウトウトしてた。


「店長は、認知症を疑ってるみたい、おばあさんの。でも、本人が受診したがらないんだって。

逆に、奥さんは体調が悪くても、おばあさんがあんな感じだから受診できなくて、去年、風邪をこじらせて肺炎になって入院してたらしい。それで、アルバイトを募集する決心がついたって、言ってた」


そうなのか。

自分を振り返ってみると、子どもの頃は、調子が悪いなあと思うと。親が小児科に連れて行ってくれた。世の中には、体調不良でも受診しない、または出来ない人が居るんだね。






「カンパーイ!!」


「今日は貸し切りにしちゃったからさ、心ゆくまで食べちゃって。流石に僕ら、未成年だからお酒は出さないけどね」

時間になって、カフェ○○へ移動したら、「貸し切り」の文字が入り口に貼ってあってびっくりした。


「僕もⅡ期の実習だったから、昨日、終わったんだけどさ。酷いんだよ、ウチの親父。

バイトの手が足りないからって、実習中なのに皿洗いさせられてさ。

ホントは今日、僕と真緒ッチのバイトシフトだったんだけど、土曜日の夜って客入り少ないから貸し切りにしてもらったんだよ。

だから、今日は、盛大に打ち上げをするんだー!」


あらあら。誰よりもヨッシーが盛り上がってる。

話しを聴くと、どこのグループもそれなりに大変だったらしい。



「あら、愛実ん。その左手の薬指のごっついシルバーリングは、水色の箱に白いリボンのハイブランドジュエリーじゃない?」

「天現寺先生からだろ、ソレ。『プレゼントするんだ!』って、すっげえウキウキしてたもん。

シルバーなのに、10万超えるって、オソロシーな、ジュエリーって」


佐藤萌絵ちゃんが目ざとく見つけた指輪について、愛実んの彼氏と仲良しの尾崎さんが裏話をバラした。

彼氏さん、予備校の先生だっけ。お金持ちなのかな。


「秋の人事で、副校長になったんだって。ボーナスいっぱい出るからって。

いらないって言ったんだけど、『女の19歳は本厄で、シルバーは邪気を払うから』って言ってアタシの話、きかないんだもん」

愛実んはそう言いながらも、ちょっと嬉しそう。



「へえ、今の時代も俺らの時代と同じ事やってんだな」

カフェ○○のマスターでヨッシーパパが、料理を運びながら話題に加わった。


「親父の時代もあったの?」

「ああ。19歳はシルバーで、20歳はゴールドか真珠だったかな。彼氏か親からプレゼントされると幸せになるとかで、強請られた。当時の彼女に」

あれ?これって、聞いていい話なんだろうか。


「あ、お袋が時々してる、金のネックレス?」

なんだ、ヨッシーママへのプレゼントだったのなら、問題ないじゃない。

変に気を使う言い方するなあ。ああ、からかったのか。


「左手の薬指ってことは、結婚指輪?まだ学生だから、婚約ってこと?」


「違う、違う。

ホントは、ピンキーリングが欲しかったんだけど、結局、このごっついのになっちゃったから、小指にするのは合わなくなったから、薬指にってことになっただけ」


「ピンキーリングって?シルバーなのに?」

「ピンキーリングのピンキーはピンクじゃないですよ」

私の疑問に、絹恵さんが答えてくれた。


ピンキーは英語で小指を意味するスラングって説と、オランダ語の小指を意味するピンクジェって単語が語源って説があるらしくて、どちらにしても「小指に着けるリング」ってことなんだって。


指輪って、ただのファッションアイテムとしてだけじゃなくて、つける指によって意味が違うって言われたけど、どの指がどんな意味か、一度聞いただけだと覚えられないよ。

それをスラスラ解説する、絹恵さんはさすが、賢いなあ。




「それで、不動産屋さんの説明会って何だったの?佐藤さん

あ、みんな下の名前で呼んでるから、萌絵ちゃんって呼んでいい?」

「もちろんだよ!私も真緒ッチって呼ぶね」


みんなも、あだ名で呼び合う話をしていたら、一人だけ不満が出た。


「自分だけずっと『尾崎さん』なんだけど!何なら、学内実習では呼び捨てだったし!」

「それは、『尾崎さん』が、それまで私たちを呼び捨てにしていたからでしょ!」


おやおや。何だか不穏な感じ。

「こーへ―は、あだ名で呼ばれて、仲良くしたいだけだろ。言い方で損してるんだよ」

え、そうなの?

ヨッシーに言われて、尾崎さんてば、ちょっと赤くなってる。図星みたい。


んー。尾崎さんのあだ名ねえ。


「じゃ、『オザ』ね」

あ、確かになんかシックリくる。舞りんの提案にオザはちょっと不満そうだけど。



「で、何話してたんだっけ。ああ、萌絵ちゃんの不動産屋さんの説明会だっけ」

「あー。実は、ちょっと困ったことになってさ」


萌絵ちゃんが言うには、彼女が住んでいるアパートの外壁に大きなヒビが見つかって、耐震性に問題があるから建て替えることになったんだって。だから、退去して欲しいって話だったらしい。


「急に来月中に引っ越しって言われてもさ」

「そういう時、不動産業者って、新しい物件を用意してくれたりするんじゃないの?」


「そう。新しい物件を紹介してくれたんだけどさ、どれも今よりもすごく高くて。

今の仕送りだと、バイト増やさなくちゃで、2年までは良くても3年になったら実習が続くから生活できなくなるのが予想できるんだよね。


ウチ、弟妹が多くてさ。私が私大のしかも東京に来るの、すごく嫌がられたんだよ。だから、これ以上、仕送りを増やしてもらうのもね言えなくてさ‥‥‥。

――やだ!なんか湿っぽくなっちゃって、ゴメン。今日は、とりあえず忘れてはしゃごうと思ってきたからさ、忘れて!」



「‥‥‥それならさ、ウチに来ない?」

ずっと眉間に皺をよせていた舞りんが言った。

そういえば舞りん、昨日、お母さんから話があるって早く帰ったんだっけ。


「私も独り暮らしになるのよ。でも、戸建てに一人だけで住むって、防犯とか不安だし」

どういう意味かと、みんなの頭にはてなマークが浮かんだところで、舞りんが説明してくれた。


実は、今回の実習中、舞りんはお母さんと大ケンカをしたんだって。

お母さん、舞りんのためにお父さんの海外転勤に付き添うことを断ったのにって言われたから、「それなら付いて行けばいい!」って返したたんだって。


そうしたら、なんと!お母さん、お父さんを追いかけて行っちゃったんだって。

本当に舞りんパパのところへ行きたかったんだろうね。ママの凄い行動力にみんなでびっくりした。


「でも、そういうことなら、舞りんと萌絵ちゃんが一緒に暮らすの、アリなのかもしれない」

つぶやいた私に、みんなが注目した。


「だって、舞りんは、正義感があって考えていることをちゃんと言葉に出せるから、一見、気が強そうに見えるけど実はとっても傷つきやすくて繊細な淋しがり屋さんで、その分、優しい心を持っているから。


今回の経験で思ったんだ。

実習って、心理的にしんどい時があるって。そういう時に、舞りんみたいな気遣い上手で甘え下手な人が、一人でいるとなると、私が心配」


あれ?舞りんが真っ赤になってる。大丈夫かな。



「萌絵ちゃんにもメリットあると思うよ。萌絵ちゃん、成績優秀だけど生活能力低いでしょ。食事とか蔑ろにしてそうだもん」

保育園実習以来、萌絵ちゃんと仲良くしていたという真緒ッチが言った。


「最終的にはお二人が決めることでしょうけど、同居するにあたっての、それぞれのメリットとデメリットを書き出して整理しませんか」

さすが、冷静な絹恵さん!



その後、ヨッシーが出してくれたレポート用紙にそれぞれの同居した時のメリットとデメリットを書き出した。

実習カンファを毎日やっていたけど、その時より、当たり前だけどみんな楽しそう。

私も楽しい。


ただ、二人が同居するメリットの方が大きいねって、話の流れになった時、ちょっと萌絵ちゃんがもじもじしていたのが気になった。


ご家族みんな弁護士さんというオザが、「シェアハウス、ルールの決め方」で検索してくれて、ゴミ出しや掃除当番の決め方とか、細かいルールも書きだしていたのは流石だと思った。



「そういえば、舞りん。さっき、顔が赤かったけど、大丈夫?風邪とか引いたんじゃない?」

「違うわよ!ぼやッとしてるかと思ったら、実はしっかり者で周囲への気配りがハンパない、料理上手な愛されキャラに褒められて照れてただけよ!」


あれ?舞りんてば、私をそんな風に思ってたの?

そう思ったら、さっきの舞りんみたいに顔が赤くなってきたのが分かった。

そういうことかー!



同居ルールがだいたい決まった後も、私たちはたくさんしゃべって、たくさん笑った。

誰もお酒なんて飲んでないのに、酔っぱらうってこんな感じなのかな。


楽しくて、時間が溶けるみたいに過ぎてしまって、心配したお兄ちゃんと秀ちゃんが迎えに来るまで楽しい打ち上げは続いたのでした。





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