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実習指導責任者、伊藤補佐の傾聴


「やればできるじゃない」


田中主任の声はそれなりに大きくて、午前の検温や清潔ケアにスタッフが出払った後のナースステーションに響いた。


何てことを言ってくれるんだ‥‥‥。

「新人や学生に言ってはいけないワード」の典型なのに。


田中主任は、ドヤ顔しているから、たぶん褒めたつもりなんだろうなあ。

あの人、今年の管理職研修、育休中でスキップしてたんだっけ。

とはいえ、白石さんの様子からすると、放ってはおけないなあ。



「師長さん、田中主任のフォローの方、お願いできますか?学生さんの方は、私が対応します」

これは、別々に対応した方が良い案件だわ。


「そうね。

田中さん、あなた相手だと意固地になるだろうしね。じゃあ、学生さん達の方、よろしくね。

カンファは、任せていい?」



師長の状況理解が、私と同じで助かった。

田中主任は、権威主義的なところがあるくせに、同級生の私は上司とはみなしてないもんね。


さて、私も気合を入れて学生フォローに動きましょうか。



「白石さん、カンファレンス室へ移動しようか」

あら、流石、渡来先生。私が師長と打ち合わせしている間に、固まったままの白石さんのフォローに入ってる。


「では、他の学生さんもカンファ室に移動しましょう」




「それでは、基礎看護学実習の最終カンファを始めます。

司会を務めさせていただきます、相良です。」

「書記を務めます、白石です」


あら、白石さん、大丈夫かしら。声が小さいくて、元気がない。

あんなこと、言われた後だし、メンバーも変わってあげたらいいのに‥‥‥。


と、思ったら、みんなメモする気、満々じゃない。

そっか、書記だったら、あまり発言を求められないものね。カンファの発言記録をメンバーでフォローするつもりなんだ。いいグループだわね。



「本日のカンファテーマは、『この実習で学んだこと』です。

それぞれ、受け持ち患者さんの状況と、学んだことについて発表をお願いします。

まずは、尾崎さんからお願いします」


「自分が受け持たせていただいたのは、2号室の加藤さん、79歳の男性です。

脊柱管狭窄症で、手術を受けられました。

受け持ち初日は、加藤さんはほとんど話してくださらなくて、今回の実習目標の一つ、コミュニケーションが取れませんでした」


加藤さん、無口だものね。会話は続きにくかっただろうなあ。


「最初のキーワードは『えらい』でした。

とても恥ずかしいのですが、初めて聞いたときは『偉い、偉くない』の『えらい』と勘違いしてしまいました」


ああ、確かに加藤さんはよく「えらい」って言うわね。

「えらく、痛い」とか「すごい」って、意味だと思ってたけど、そうじゃないの?


「加藤さんは、山口県から集団就職で上京してからずっと、今の町工場で働いていて、奥さんも同郷の幼馴染ということで、職場でもご自宅でも、ずっと山口弁で話されていたそうです。

だから、ご家族や職場以外だと、山口弁が理解されなくて、聞き返されることが多いので、自然に話さなくなったとおっしゃっていました。


きっかけは、同室患者の渡辺さんと受け持ち学生の佐藤さんでした。

自分と加藤さんが、うまくコミュニケーションが取れていないことを気にかけてくれて、『えらい』を通訳してくれたんです。

山口弁で『えらい』は、痛いとか、調子が悪いときに使う言葉だそうです。

それが分かるようになったら、加藤さん、山口弁でたくさん話してくださるようになりました。


加藤さんが手術を決断されたのは、仕事を継続するためだったとのことですが、術後の痛みが強くて、本当に『えらい』状況だったので、リハビリを行う気力が低下していたそうです。

面会に来られた奥様と自分の3人で話をする中で、『奥さんと一緒にもう一度、山口へ帰りたい』と希望を話されて、それからは、リハビリにも意欲的に取り組まれています。


正直、実習に来る前は、『患者さんとのコミュニケーション』という今回の実習目標は、ただ、話をすればいいだけだと思っていました。

ですが、患者さんの話に耳を傾けて聴くことから、患者さんが自身で目標を定めてリハビリを頑張ることつながることを知りました。

自分からの発表は、以上です」


「ありがとうございました。

尾崎さんに、質問、ご意見はありますか」


「はい」

「河口さん、お願いします」

「尾崎さんがかかわる中で、疾患や手術が加藤さんの人生や生活にどのように影響をおよぼしていると思われますか」


お、難しいことを質問するね。――ああ、実習の目的からの質問か。

カンファのやり取りも、ちゃんとグループで考えてきたみたい。尾崎さんが、ちゃんと答えてる。



「それでは、次に河口さん、お願いします」

「はい。私が受け持ったのは、12号室の小林麻子さん、86歳の女性です。

小林さんは、お一人暮らしのご自宅で転倒し、左大腿骨頸部骨折となり、救急搬送されました。

受け持ち初日が、人工骨頭置換術後、12日目でした。

大坂にお住いの息子さんからは、退院後に大阪の高齢者住宅への転居を強く勧められているそうです」


そう。小林さんの息子さん、押しが強いのよ。

「もう、一人暮らしはさせられまへん」とか言って、大阪への転居を強く主張する割には、自宅じゃなくて高齢者住宅を勧めるのよね。



「小林さんは、実はお嫁さんと折り合いが悪いそうです。だから、大阪への転居よりも、慣れ親しんだこの地域での生活継続を希望されています。

でも、今回の転倒からの骨折という状況で、一人暮らしには限界と不安を感じておられたそうです」

ああ、小林さんのこの経過でさっきの「疾患や手術が患者さんの人生や生活にどのように影響をおよぼしているか」っていう質問につながるのね。



「今回の実習中に、退院支援看護師さんとソーシャルワーカーさんとご家族の面談に同席をさせていただきました。

やはり、大阪への転居を勧める息子さんと、この地域で暮らしたい小林さんの主張は平行線でした。


けれど、そこで退院支援看護師さんが、『息子さんは、お嫁さんが反対しているにもかかわらず、なぜ、小林さんを大阪へ連れて行きたいのですか』って、訊かれたんです。私は、率直に質問されたことに、とて驚きました。


でも、その質問の後、息子さんが涙ぐんで亡くなったお父さん、小林さんにとってはご主人から小林さんのことを頼まれたのに親孝行ができていないことに、今回の骨折と入院で気付いたそうです」

それで、自分の生活圏に小林さんを連れて行こうと考えたのね、息子さん。



「退院支援看護師さんは、小林さんが、この地域は離れたくないけど、一人暮らしには不安を感じていることも理解して、この地域での入居施設を探すことを提案されました。

ソーシャルワーカーさんは、退院時点での日常生活がどれくらい自立できているかによって、リハビリ病院への転院をはさむことになるかもしれないけれど、施設を探せるって言われました。


小林さんは、『そばに居るだけが親孝行じゃない。自分の家族と仲良く幸せに暮らしてくれたらそれでいい』とおっしゃって、息子さんは、本格的に泣き出されてしまいました。

でも、小林さんも息子さんも、胸のつかえがとれたようなお顔をされていました。


今回の実習で私は、退院支援看護師さんの『率直に訊く』というコミュニケーション技術やそれを使う態度、退院後の患者さんの生活に関する知識や他の職種との連携といったことを学ばせていただきました」


河口さんも、良い学びが得られたようね。




「では次に、佐藤さん、発表をお願いします」


「私は、63歳男性、変形性膝関節症の渡辺さんを受け持ちました。

渡辺さんは、お母さんが晩年、変形性膝関節症で辛い思いをされていたのを看ていたそうで、ご自身の膝に痛みを感じ、早めの受診をされたそうです。


担当の先生からは、『まだ若いから、人工関節を入れると、再置換術が必要になるから、関節鏡手術にしようと言われた。孫も居て、定年になったけどこの病気では若いんだね』と笑っておられました」


確かに、一般社会と患者さんとしてでは、年齢の感覚は違うかもしれないわね。



「渡辺さんは、今回の入院で血糖値が高いことがわかり、入院中に食事指導を受けることになり、私も奥さんと一緒に同席させてもらいました。


栄養士さんからは、血糖値に関連する食事についての説明だけだと思っていました。

でも、肥満は膝関節への負担を増やすということで、体重を維持または減少するための食事についての説明もありました。


私は、食事というのは、生きていくためのカロリーが摂取できればいいと思っていました。でも、渡辺さんは、食べることが大好きだそうで、奥様は、血糖や体重をコントロールしながらでも楽しめる食事について、栄養士さんや受け持ち看護師さんに積極的に質問をされていました。


外食などについて、昨日の受け持ち看護師さんが豊富な知識で質問に答えていて、渡辺さんも奥様も嬉しそうでした。

看護師として、そういう知識を持っておくことも、大切なんだと学びました」


そういえば、実習初日の学内で倒れたとか言っていたのは、この佐藤さんだっけ。

体調管理の大切さが身に染みたってところね。

外食について答えたのは・・・・・・ああ、彼か。食べ歩きが趣味だけど、太りたくないって情報収集に余念がない人だものね。




「次は、司会の相良が発表します。

私が受け持った山本さんは、61歳の女性です。

橈骨遠位端骨折の術後なので、生活支援やリハビリが促進できるようなかかわりが必要な方です。


私は、尾崎さんとは逆に、話が弾みすぎました。

患者さんとお話しすることはとても楽しくて、話を切り上げられないことが、自分の課題なのだと気づきました。


山本さんは、ずっとお母さんと二人暮らしでしたが、数年前にお母さんを亡くされた後も大学図書館の司書として、ずっと仕事をされていたそうです。

お仕事や、本に関することは、とても楽しそうにお話をされていました。


病棟の看護師さんたちは、食事配膳の時に自力で摂取できるような環境整備や、包帯交換の時の手浴など、山本さんの身体状況に合わせた提案をしていて、私がしていたのは、『単なる楽しいおしゃべり』でしかなかったと気づきました。


看護師さんは、手浴をしながら手指の動き具合や痛みのチェックをするだけじゃなく、入院前の清潔ケアの実施頻度やご自宅の状況など、退院を見据えた情報収集をされていました。

山本さんは『温かいお湯が気持ちいい』と、笑顔でご自宅の様子や退院後の希望について話しておられました。

看護師さんのコミュニケーションは、とても自然で、でも看護を行う上で必要な情報を得るものでした」


昨日の山本さんの担当は‥‥‥ああ、彼女なら、上手に話しを聴きだせるわね。

あら、相良さんが沈んでる?



「すごく、楽しそうな雰囲気だったんです。手浴の間は。

でも、手浴の後、病室で二人でお話ししていたら、急に沈んでしまって。


山本さんは、お母さんをご自宅で看取ったそうですが、ご自分が看護師さんの援助を受ける中で、亡くなったお母さんに『もっといいケアが出来たんじゃないか』と後悔している様子でした。


でも、私、何も答えてあげられなくて‥‥‥。

実習時間が終わるまで、そばに居ることしかできませんでした。

現時点では、患者さんとのコミュニケーションの難しさを知った、としか言えないです」



相良さん、自己評価は低いけど、着眼点は良いと思うなあ。

ただ、フォローは必要だわね。




「では、最後に、書記の白石さん、発表をお願いします」



さて、いよいよ真打登場ね。


「私が、今回の、実習で学んだことは・・・・・・」

相変わらず、小さい声。

白石さんは、深呼吸をしてから,、を決したように言った。


「私が、『看護師に向いていない』ということです‥‥‥」



あちゃー!こりゃ本気でフォローしなくちゃダメだわね。


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