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19/30

謝れる男、尾崎康平の基礎実習


「まず、このカンファ室から一番近い2号室から行こうか。

尾崎さんが受け持つ加藤さんと、佐藤さんの受け持ちの渡辺さんがいらっしゃるお部屋よ。

他の人は、廊下で待っていてね」


げ、佐藤の患者さんと同じ部屋かよ。気まずいなあ。

「加藤さん、おはようございます。先日、お話しした当院の看護学部の学生を紹介させてください」


伊藤補佐が、そっと俺の背中に手を添えてくれた。自己紹介すればいいのかな。

「初めまして。梅洲大学看護学部、1年の尾崎康平と言います。今日から、病棟での実習は3日間になります。よろしくお願いします」

「ああ・・・・・・」


え、それだけ?ここからどうやって話を広げたら良いんだ?


俺がワタワタしている間に、伊藤補佐は佐藤を患者さんに紹介して、部屋を出て行っちゃった。

どうしたら良いんだよ。この人、コミュニケーション続かないじゃん。


でも、今回の実習はコミュニケーションが目的だから、会話しなくちゃいけないんだよな。

なんで俺だけこんなに大変な患者さんに当たっちゃったんだろ。昨日のことと言い、ついてねえ。


「えっと・・・・・・手術から5日目ですけど、痛みの方はどうですか?」

ようやく絞り出した質問に、加藤さんは、ちらりと俺の顔を見て言った。


「ワシ、えらいんじゃ」


は?なに?偉いってこと?

この人、町工場に努めてるんじゃなかったっけ?

社長とかじゃなかったよな。

確か70代で、この年まで働かなきゃいけないなら、経済的にも余裕ないんじゃないの?


でも、昨日は痛みで歩行練習が進まなかったってカルテにあったから、痛みの状態は確認しなきゃ。

そうだ!こういう時にペインスケールを使えばいいんじゃね?



「えっと・・・・・・。すっごく痛いときを『10』として、痛みがない状態を『ゼロ』としたら、今の痛みはどれくらいですか」

「・・・・・・。動きょる時と、じっとしちょる時ゃあ違うけぇ、分からん」


返事になんでそんなに時間かかる?

そして、何語?外国語?いや、日本語だな。半分ぐらいわからない。どうしよう。

聞き返したら、機嫌悪くなりそう。


困って返事できずにいたら、さらに加藤さんが言った。


「痛い時ぁ、じっとしちょりゃ、そのうち和らぐ。嵐ぁ、過ぎるんを待つしかなかろうが」

「・・・・・・はい」

どうしよう。意味が分からないのに返事しちゃったから、聞き返せない・・・・・・。


そのとき、病室のベッドを仕切るカーテンの向こうから、佐藤の声がした。


「渡辺さん、ちょっと隣の同級生が困っているみたいなんで、お隣の患者さんとお話ししても良いですか?

はい、ありがとうございます。」


そんな声が聞えた後、隣のベッドの間を隔てるカーテンがそっと開いた。


「いきなり隣から、すんませんねぇ。

加藤さん、もしかして、山口のご出身じゃないんですか?」


今日はほとんど訛っていなかった佐藤が、カーテンを開けながら、今までとはちょっと違うニュアンスのイントネーションで言った。


「宇部じゃ」

加藤さんが、ちょっと嬉しそうに言った。

うべじゃ?ってなんじゃ?うべ・・・・・・宇部って!


「宇部線の宇部ですか?」

「おお!都会ん人も知っちょるのか!」



「やっぱり宇部なんですね!実は、母方のじいちゃんが宇部の出身なんです。

声を聞いちょって、なんか懐かしゅうなってしもうて。話に割り込んで、すんませんね」

佐藤が笑顔で加藤さんに話しかけて、それに佐藤の受け持ちの患者さんも参加してきた。


「おや、学生さんも山口県出身?僕はお隣の広島に単身赴任が長くてさ。ふぐ、美味かったなあ」

「私は高知なんです。山口は母の実家です。

加藤さん、やっぱり、えらいですか?渡辺さんと同じ、術後五日目だって、さっき伺ったんですよ」


また、「えらい」だ。これは、「偉い」とは違う意味だな。

そんな風に考えていた俺に気付いたのか、佐藤が解説してくれた。


「尾崎さん、『えらい』って山口弁は、痛いとか、しんどいとか、つらくて動くのが億劫とか、調子が悪いことをひっくるめて表現する言葉なんだ。

そんな感じなんですよね、加藤さん」

佐藤が声をかけると、硬かった加藤さんの表情が、ぱぁっと明るくなった。


「そうなんじゃ。何べん言うちょっても、看護師さんらぁ、よう分かってくれんで・・・・・・」

「それは、気持ちも『えらかった』ですねぇ」

あ、加藤さんの眼が潤んでる。


そして何より。佐藤、スゲーな。


コミュニケーションの授業で習った「共感」とか「オウム返し」とかって技術を実際に使ってる。

意識してないのかもしれないけど。


俺は、方言を馬鹿にしていた自分が恥ずかしくなった。

方言を一つのツールにして、コミュニケーションが出来るんだな。


そして佐藤は、加藤さんだけじゃなくて、自分の受け持ち患者さんも俺も、置いてけぼりにしなかった。

ホント、昨日の自分の態度が恥ずかしい。


「そっちの男子学生さんは、鉄オタ?よく宇部線なんて、ローカル線のことを知ってたね」

「そうそう。ほんにそうじゃ」

加藤さん、方言を気にしなくてよくなったからか、結構しゃべってくれるじゃん。


「父とか兄たちがそれぞれ鉄オタで。俺も旧国鉄時代のベテラン車両、好きなんです」

「そうかそうか!」

嬉しそうな加藤さんの顔を見ていたら、家族で鉄道博物館へ行ったことや、アチコチの鉄道を乗りに行ったことを思い出した。






「佐藤!・・・・・・ありがとな。

通訳、助かった。正直、どうやってコミュニケーション取ったらいいか、困ってたから」


俺たちは今、自己紹介が終わったらカンファレンスルームに戻るように言われていたことを思い出して、病棟の廊下を移動中だ。


「ううん。私じゃなくて、私の受け持ちの渡辺さんがね、加藤さんが辛そうなのに、リハビリの先生にも、看護師さんたちにも伝わってないみたいって、気にしてたから。

そしたら、尾崎さんと患者さんの会話が聞こえてきて、これか!って思ったの」


俺は佐藤の言う「これか!」が分からず、質問した。

「私が声をかける前、加藤さん、なかなか言葉を出さなかったじゃない。

で、絞り出した言葉が山口弁だったからさ、私と同じだと思って・・・・・・」


「あ、方言のことか」

佐藤の発言を聴いて、昨日のことを思い出した。


「地元に居た時はさ、家族も友達もみんな土佐弁だから、何とも思わなかったんだよ。

東京に来て、自分はテレビのアナウンサーと同じ言葉でしゃべってると思っていたのに、指摘されるとさ・・・・・・。


加藤さんの場合、私でもギリ理解できるレベルだから、たぶん、アチコチで聞き返されたんじゃない?

体調が悪いときって、気持ちも余裕がないから、聞き返されるぐらいなら、『もういい!』って我慢しちゃう気持ちもわかるんだ」


佐藤の言葉を聞いて、俺は今朝までの自分の態度が本当に恥ずかしくなった。


佐藤は昨日、倒れるぐらい体調が悪かった。

それに対して俺は、ベッドに横になった相良を見て照れ臭くなったことをごまかすために、佐藤に八つ当たりした。


昨日の自分の言動を振り返ると、本当に、人としてダメなんじゃないかと思う。


「佐藤、ホント、ごめん。それなのに、助けてくれて、ありがとう」

「や、やだ!頭下げ過ぎだって・・・・・・恥ずかしいよ、尾崎さん

それに、昨日、気にして保健室に来てくれたんでしょ?私が起きた後、保健室の先生から聞いたよ」



「仲直りしたようで良いけれど、実習中の病棟の廊下では私語はやめましょう。

それから、尾崎さん。実習中は、同級生に対しても、敬称をつけて丁寧な言葉で話そうね」

口元は笑っているのに、眼の奥は冷めた渡来先生に声をかけられて、俺たち・・・・・いや、自分と佐藤さんは背筋を伸ばしてカンファレンスルームに入った。






「何で佐藤さんと尾崎が笑顔で談笑しているのよ」

カンファ室に入ってくるなり、白石――さんが言った。


「実習中ですからね、敬称を付けてください、白石さん」

「!・・・・・・あん・・・・・・あなたが!みんなを!呼び捨てにするからでしょ!

・・・・・・それにしても、急に変わったね。どうかしたの?」


そっか・・・・・・。

昨日、実習室で急に河口さんと相良さんから呼び捨てにされたのは、自分の発言が原因だったのか。


俺がイライラして、放った言葉や行動は、体調が悪くなった佐藤さんを気遣うものではなかった。


・・・・・・すっげぇ、恥ずかしい!身もだえするほど恥ずかしい。

出来ることなら、今すぐ家に帰って布団にくるまってゴロゴロしたいぐらい恥ずかしい・・・・・・。


とはいえ、実際にココには布団はないわけで。

今はひとつの正念場!男、尾崎康平。自分のミスはちゃんと謝れる!



「佐藤さん、昨日はすみませんでした。自分の言動を振り返って、すごく恥ずかしい。

白石さんも、河口さんも、自分のせいでグループの雰囲気を悪くした。

すみませんでした!相良さんにも、後で謝っておく!いや、謝ります。」


カンファ室に、ちょうど入ってきた河口さんが見えたので、まとめて謝った。

腰を90度に折って頭を下げながら、ふと、気になったことを佐藤さんに訊いてみた。


「昨日、あんなに態度が悪かったのに、なんでさっき、助けてくれたの?」

「・・・・・・助けた?」

佐藤さんが首を傾げた。


「さっき、病室で、患者さんの方言を通訳してくれたでしょ」

「ああ、そのこと!

だって、尾崎さんも、患者さんも困ってたじゃない?で、私は患者さんの発言内容が理解できた。

困っている時に教えてもらったら、嬉しいじゃない?」


コイツ、すげえ!

・・・・・・なんかもう、コイツには適わないかも。


思い返すと俺は、子どものころにすら、ちゃんと謝るってできなかった。

いや、子どもだったからか。



昨日の自分の態度が、相良さんや河口さんの反応につながったように、佐藤さんの行動で俺の言動が変化した。

こうして考えると、自分が変わると、コミュニケーションも変わるのかな。






実習が始まるまでは緊張していたけれど、始まってみるとあっという間に4日目になった。

つまり、今日が病棟実習の最終日。


「佐藤さん、今、少し時間をもらっても良いですか?」

初日の反省をもとに、朝の集合場所に来た佐藤さんに声をかけた。


「わかる範囲で良いんだけど、山口弁を教えて欲しくて。

昨日、受け持ち看護師さんと一緒に検温に行ったんだけど、看護師さんたちも加藤さんの山口弁に気付いてない気がして。


『こわい』って、もしかして山口弁なの?恐怖の『怖い』とは違うんじゃないかと思ったんだ」


そう。昨日、バイタル測定をやらせてもらった時のこと。

リハビリについての話の流れから、加藤さんが言ったんだ。「こわいけぇ、よう出来ん」って。

自分も看護師さんも恐怖の方の『怖い』だと理解したと思うんだけど、よく考えたら『えらい』と同じで、違う意味があるんじゃないかな。


「私、山口弁はネイティブじゃないけど、『こわい』ならわかるよ。

たぶん、標準語にしたら『痛い』かな。おじいちゃんがよく『腰がこわい』って言ってたから」


ああ、やっぱり・・・・・・。

昨日の時点で佐藤さんに確認すればよかった。もしくは、加藤さんや受け持ち看護師さんに確認するとか、するべきだった。

でも、身体がキツイ時に、話すのが億劫な加藤さんにアレコレ話しかけるのもな、って遠慮しちゃった。


今日は病棟実習の最終日で、午前中にカンファレンスがあるから、加藤さんとはほとんど話す時間がない。話したからって、自分に何が出来るか分からない。


難しいなあ、コミュニケーションって。





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