perspective
「紀亜のお弁当は、いつ見ても美味しそうだね。
でもそれ、お赤飯?それにしては、お豆がカラフルじゃない?」
学園祭終了後。
愛実んが、約束通りにⅠ期の実習のことを教えてくれることになった。
同じ整形外科病棟なので、大変助かる。
ラウンジでお弁当を食べながら、実習グループのみんなを待っていた私に、舞りんが声をかけてくれた。
「うん。涼しくなってきたから、甘納豆のお赤飯を作ったんだ。しょっぱいお赤飯も好きだけど、ときどき無性に食べたくなるの。でも、北海道以外では、食べないんでしょ?」
「甘いの?!お赤飯が?――ちょっと頂戴!」
もちろん可愛い舞りんに、一口差し上げるよ。好き嫌いが分かれる味だけど、どうかな?
「これは……。もちっとしたご飯、あ、もち米か、それに豆の甘さが来て、お赤飯と思うと脳が拒否しそうになるけど、おはぎとか和菓子と思えば、美味しいね!初めて食べた。
地域によって食文化って違うんだね」
舞りんが、甘納豆赤飯の食レポをしながら私の隣に座って、お母さん特製?「冷凍食品ばっかりだけど、コンビニで買うよりも安いから」というお弁当を広げたところで、今日のメンバーが集まってきた。
「佐藤さんのお弁当、茶色くない?」
そう声をかけたのは、彼氏に時々、お弁当を差し入れしている愛実ん。おしゃれなクロワッサンサンドを頬張りながらしゃべるの、可愛いね。
「野菜、好きじゃなくて。せっかく一人暮らしして、親から解放されたから、好きなモノを好きな時にだけ食べてるんよ。コレ実家から送ってきたかつおの角煮、食べる?」
佐藤家のおふくろの味を頂いてみる。
お魚の煮物だけど、水分が少ないからコレはお弁当に向いているかも。
「でも、出来るだけ三食をバランスよく、お野菜も摂らないと体調を崩しやすくなりますよ」
絹恵さんも自分で晩ご飯のおかずを詰めたという、「ザ・日本のお弁当」を優雅に食べている。
「食えれば何でもいいだろ。それより、中西、実習どうだった?」
お手伝いさんが作ったという、肉中心だけど野菜を上手に取り入れた、こちらもいろどり綺麗なお弁当をかき込みながら話す尾崎さん。
ピーマンの肉詰め、手間かかるけど野菜嫌いでもつい食べちゃうんだよね。言わないと野菜を食べない我が兄にも今度作ろうかな。
「私の受け持ち患者さんは、50代の男性だったんだ。あ!コレ、守秘義務違反になる?」
「カンファレンスで共有するぐらいの内容であれば、良いと思います。
学内ですし、私たちも他言しませんから、大丈夫な範囲だけ、教えていただけたら、ありがたいです」
「そう。その患者さん、看護師さんや私には普通なんだけどさ、奥さんが来るとすごく横柄なの。
『来るのが遅い』とか『アレは持ってきていないのか』とか、偉そうで。
何か、ウチのクソ親父思い出して、すごく嫌だった」
「愛実ん、お父さんと二人暮らしだっけ?」
「ま、住民票はそうなってるけど、実際には出張やら何やらで、ほとんど家に居ないから一人暮らしみたいなもん。
学費は滞納していないみたいだから、『生きてるんだな』って思うぐらい」
「ちょっとわかる。ウチのお父さんもそう。ワーカホリックだから、いつ帰ってくるのか分からなくて、お母さんがイライラするから、面倒。帰ってきたら来たで、ケンカするのにね。
バイトでも家でも、壮年期の男性って接し慣れてないからさ、私もちょっと苦手」
「看護師さんは、どうじゃった?厳しい?優しい?」
「そこ、気になるよね。病棟の雰囲気は悪くなかったよ。
特別、優しいと思うほどじゃないけど、厳しい人はいなかった」
その情報、すごくありがたい!
愛実んの言葉に、みんなの表情がふっと緩んだ。
ああ、私たち、緊張していたんだ。
ただ、お弁当会談の最後に愛実んが放った言葉がちょっと気になった。
「あ、でも――来月に、主任さんが育休から戻ってくるって言ってたよ」
「えっ!!整形病棟の田中主任、帰ってくるの?!」
なになに?カナちゃんのその不穏な反応は。
今日はホワネスの新曲会議で事務所にホワネスメンバーとハッチさんが集まっている。
「そっかぁ……。しばらく平穏だったのになあ。あの人、悪い人じゃないんだけど思い込み激しくてさ。
ま、出産と育児経験を経て、変化があると思いたいなあ」
なになに?カナちゃん、そこんとこ詳しく!
「あっ!先入観、持たせちゃうのは良くないね。ごめん、ごめん。
大丈夫だよ……たぶん。整形は僕も担当だからさ」
視線を泳がせながら言われても、安心できませんよ、渡来先生!
「会議始めるぞ」
「じゃ、今日は僕から!」
あ、カナちゃんが逃げた。
「紀亜がさ、あ、今日はNOAHか。――どっちでもいっか。
大学の体育館で、歌ったじゃん。星に願い事する歌。
あの後、星の歌、いいなあと思って色々調べたんだよ」
カナちゃんは、スマホで音源を流しながら、歌詞のプリントを配った。
「そしたらさ、北極星はもちろん、結構マイナーな星の名前も楽曲になってて、目新しさがないんだよね。
それでも夏だったから、夏の星座から調べてたの。
織姫と彦星の恋の歌とか、天の川で水浴びする白鳥とかも考えたけど、ピンと来なくてさ」
「で?蠍と狩人の追いかけっこ?」
「そ。1番はね」
ん、どゆこと?では2番は?
「オリオンって乱暴者だったから、見かねた女神ヘラが放った蠍の毒で死んだんだよね。
だから蠍を怖がって、蠍が地上に沈んでから空に上がる――って話は聞いたことある。
けど、2番は恋のニュアンスだね。もう一つの神話も入れたってこと?」
秀ちゃんが、自分のスマホで調べた神話を教えてくれた。
曰く、月の女神アルテミスと恋人になったけど、それを気に入らない兄の太陽神アポロンがアルテミスをだまして、オリオンを射殺させてしまったんですと!
何だか、神話の神様って物騒ね。ウチのお兄ちゃんは大丈夫かしら。
……私に恋人なんていないけど。
「諸説あるストーリーを、一つの曲にするって、カナの発想はやっぱり面白いな。
さそり座は夏の星座だけど、オリオン座は冬の星座だから、季節に関係なく歌えるし。そこもいい。」
「褒めてる?ありがと」
あら、お兄ちゃんに褒められて、ちょっと照れてるカナちゃんってレアだわ。
「1番の追いかけっこもさ、『蠍から逃げるオリオン』てのが、蠍vsオリオンの定説だけど、
『蠍を追いかけてる』とも見えるなって思ったんだよ」
そうね、ウチのお兄ちゃんみたいな性格なら、自分を攻撃した蠍を「コノヤロー!」って追いかけるかも。
「観る人がどっちに感情移入するかで意味が変わるし、結局は解釈次第だなと。
誰かにとっての正義は、誰かにとっては悪だってこと、あるじゃん」
なるほど。深いね。
「1番のコミカルな感じも、転調して2番に入ったあとの切ない恋の感じもいいね」
「取っ散らかりそうな内容なのに、まとまっていて不思議だね」
そうなんだよ。テーマとしては、それぞれ別の曲で扱ってもよさそうなのに、まとまりがあるの。
ほんと、カナちゃんらしい曲になってる。
「それで曲名が『perspective』?意味は――『視点』か。
視点を変えれば、見え方が変わるってことだな」
「perspectiveって単語、大学院生の頃に読まされた論文でしょっちゅう出てきたの。
『視点』のほかに、『観点』とか看護の看で『看点』とか、文脈によっても訳が違うんだよ」
そういう意味でも、このテーマの曲名にあってるのか。
カナちゃんが続けた。
「僕もさ、学生指導する時に『俯瞰で見てごらん』って、よく言うんだ。
『俯瞰』は高いところから見下ろす視点のことだから、『全体を見渡して違う視点で考えて』っていうメッセージでね」
そっか、この曲は星の物語だから、下から見上げてるから『俯瞰』じゃないんだね。
「『perspective』!ホワネスの新曲としてどうでしょうか?!」
「俺は、賛成。1番は理久がコミカルに歌って、サビは二人のハモリ。2番は紀亜が歌い上げるのが良いんじゃない?」
「私もそれがいいと思う。お兄ちゃんは?」
「歌詞は、そのままで良いかな。メロディーは――一緒にちょっと整えるか」
「やったー!やるやる。ここんとこずっと考えてたんだよ。Ⅱ期の実習前に、ある程度は形にしたい!」
「私も賛成。じゃ、その先はWork Beeの仕事ね」
ハッチさんも、目をキラキラさせながら『売るため』の戦略を練り始めた。
それからしばらくは、忙しかった。
まず、私が提案した新曲、χημεία(ケメイア)をそれぞれが自分の担当する楽器パートを練習して録音をした。
それから、動画サイトで公開するためのMV撮影と並行してperspectiveをホワネスの楽曲として作り上げる作業に没頭することになった。
私たちの実習後に始まる、ライブツアーのコンセプト決め、舞台セットやセトリ決め。それぞれの楽器練習などなどなど……。
やらなきゃいけないことは山ほどあったから。
私以上に大変だったのは、カナちゃんだと思う。
Ⅰ期で実習した愛実ん達の記録のフィードバックや講義など、大学教員としての仕事もあるから。
高校までは、学校の先生を「職業」として考えることはなかったけど、カナちゃんの働き方を見聞きする度に思う。
――試験って、受ける側の方が楽なのかもしれない。
実際、本人もそう言ってたし。
それだけ忙しいのに、イライラしないんだよね、カナちゃん。
本当にすごいなあ。人として尊敬する、そういうところ。
だからこそ、ちょっと心配にもなる。「いい人」って、頑張りすぎるから。
……まあ、私に心配されたくないだろうけど。
そういえば、以前、ぐったりしながら言ってたなあ。
看護師業界は、女性が多いから男性看護師はすごくモテるんだって。自慢じゃなく。
大学でも、カナちゃんは学生から人気があるんだよね。同級生や先輩にも憧れてる人がいるもんね。
だから、「大学教員の渡来奏」の時は、左の薬指にシンプルな指輪をしてる。
「ホワネスのSOU」の時には外してるけど。
――あの指輪、彼女さんとお揃いじゃなかったっけ……?
「お、今日はピーマンの肉詰めか!やった!」
思考の渦に沈みそうになったところで、ひき肉のパックと、玉ねぎ、ピーマンを見たお兄ちゃんに声をかけられた。
「あ、ちょうどいいや。お兄ちゃん、ピーマン、半分に切って種を外して。
そしたら、早く食べられるし!」
「それなら僕も手伝えそう。理久、半分に切ってよ。僕と秀悟で種取りするからさ」
今日は我が家で、打ち合わせを兼ねた食事会。
実は明日からの実習が気になって、ちょっと落ち着かないんだ。料理を作るのは、ちょうどいい気分転換になるしね。
ピンポーン!
「お、ハッチだ」
お兄ちゃんが、玄関に迎えに行った。
「じゃじゃーん!ビッグニュースだよー!
perspective、来春の深夜ドラマの主題歌に決まったわよ。ツアーでお披露目ね」
何ですと?!
ハッチさんの一言で、私の実習前夜の夕食会は、思いがけなくお祝い会になった。




