プリンセスはたくましい
控室に入ると、エアコンが効いていた。
ボートの船室に居たとはいえ、炎天下を通って来た私たちは、涼しい空気にちょっとホッとした。
熱中症疑いのハッチさんは気が抜けたのか、倒れ込むように椅子に座った。
この夏フェス、ホワネスは初参戦の弱小バンドだから、控室も小さめだ。まあ、私たちだけの控室がもらえるだけありがたい待遇だけどね。
私は、カナちゃんと一緒にハッチさんの首やら腋の下やらを冷やしつつ、持ってきた経口補水液を少しずつ飲んでもらった。
「少しずつ飲むんだよ。ストロー入れとくからね。
横になるとむせやすいから、気を付けて。」
「経口補水液を一気に飲むと、吐いたり下痢したりしちゃうんだっけ」
「お、休み前の『熱中症対策講座』の内容、ちゃんと覚えてたね」
そんな会話をしていたら、主催者への挨拶を早々に終えて、光の速さで控室に戻ってきたお兄ちゃんが、私たちには目もくれず、ハッチさんに寄り添った。
「それにしてもよく気付いたな。正直、俺はハッチの不調が分からなかった」
お兄ちゃんより、ちょっと遅れて戻った秀ちゃんが褒めてくれた!
「そりゃあね。『看護は観察から始まる』、ですから」
「お、フローレンス ナイチンゲールの名言!勉強していますね、相良さん」
あら、カナちゃんから看護学部の教員に変身した渡来先生にも褒められた。
褒められたのは嬉しいけれど、ハッチさんの心のケアが必要そう。
「タレントに世話をさせるなんて、Work Bee失格ね……」
ああ、やっぱり責任感の強いハッチさんが落ち込んできちゃった。
まあ、話せるだけ回復してきたってことかな。
お兄ちゃんが優しく慰めてるし、良い雰囲気だなあ。頑張れ!お兄ちゃん。
ひとまず、ラブラブの二人は置いといて、カナちゃんと秀ちゃんと、この後のステージ対策を相談する。
「いたね、五十嵐さん……」
「うん・・・。私、バッチリ目が合っちゃった。
まあ、カナちゃんはドラムだからステージの後ろの方だし、顔が見えにくいから大丈夫だと思うけど……。
私、やっぱり、後ろに下がっちゃ、ダメかな。今からステージの位置取り、変えたら怒られる?」
「いや、『プリンセスはたくましい』はNOHAが歌わないと、意味ないだろ?Rickにはキーが高いし。
歌うときには当然、スポットライトが当たるから……セトリ、替えるか?」
「替えるにしたって、主催者に了解、とらないと。このタイミングだと嫌がられるよな」
私たちがアレコレ悩んでいると、体調は戻ったけど別の意味で顔が赤くなったハッチさんから声がかかった。
「メンバーの身バレ防止については、大丈夫よ」
「……どういうこと?」
私の質問と同時に、運営の人からステージ裏に移動するよう指示が入った。
ステージ上では、去年の動画再生数、年間一位のバンドが、バズった楽曲を演奏していた。
私たちのバンドとは方向性の違う、キャッチーで明るい恋心をテーマにした曲。
観客も、ボーカルと一緒に踊っている。
「みんな、楽しそうだね」
「うん、流石だな。人気があるのも、わかる」
普通、人気のある他のアーティストのことって、ライバル意識で悪口言ったり、欠点を探したりするって思われがちだけど、ホワネスのメンバーはそういうところがないんだよね。
もちろん、私たちだって売れたいし、たくさんの人に私たちの楽曲を聴いてほしい、って思ってる。
だから、「すごいなぁ」「良いなぁ」って思うアーティストや楽曲に出会ったら、「どうしたら、ホワネスの音楽に活かせるか」って考える。
そういうところ、三人とも大人だなって尊敬する。だから私も、その仲間として、恥ずかしくないように、吸収できること、応用できること、成長につながることを考える。
「このフェス終わったら、また、会議な」
「χημεία(ケメイア)?」
「それもある。けど、紀亜以外は新曲のプレゼンが出来てないだろ。
それに、そろそろ来春以降の予定も決めないとならんしな」
そうでした。
音楽業界って、半年とか1年とかの先の予定を決めて、準備して動かないといけないんだよね。
ライブなら会場をおさえる都合もあるしね。
秋から、私とカナちゃんは実習がある。
だから、その前後で、レコーディングにPVやジャケット写真の撮影もやらなくちゃ。ありがたいことに、今はタイアップ曲も複数あるから、頑張らないと。
このフェスも、これからのホワネスにとって大事な通過点だしね。
そんな話をしている間に、演奏を終えたバンドメンバーがステージを降りてきた。
みんな汗だくのやり切った笑顔につられて、初対面なのにハイタッチ!
よーし!ホワネス初の東京での夏フェス!盛り上げちゃうよ!
「室内ですけど、皆さんの熱気で暑いですからね!ちゃんと水分を取ってくださいねー!
さてさて、それでは次のアーティストを紹介しますよー!
北の大地は北海道で大人気の四人組バンド、『東京・夏フェス』初参戦のホワイト・ストロベリー・バロネスです!どーぞ!」
最初の楽曲は、「残照」。
『大地を焼いた太陽が傾き、残照が空を焦がす
今日一日を生き抜いた、あなたの心に火をともす』
Rickの歌声が会場に響く。
夕日は一日の終わりだけど、明日に向けた準備の始まりでもある。
だから、良いことがあっても、嫌なことがあっても、しっかり休んで次に備えよう、という内容の歌詞を、静かなイントロから転調して激しいビートに乗せて歌い上げる。
北海道のライブハウスでは最後の方に演奏する楽曲を、今回は名刺代わりに最初に持ってきた。
続けて、演奏するのは「白いアサガオ」。
昔、4人で雑談をしていて、小学1年生で朝顔の観察をするのは、お兄ちゃんの時代も、カナちゃん世代も、歳の離れた私も同じだねって話になったの。
秀ちゃんは、当時、日本に居なかったけど、お母さんが朝顔が好きで、育てていたんだって。
一緒の時間ではないけど、それぞれの場所で同じ体験をしたんだね、って話題から花言葉を調べたんだ。それで、朝顔は、色によって花言葉が違うことがわかったの。
白の朝顔は「あふれる喜び」と「固い絆」ってトコが気に入って、「白」は私たちのバンド名ともつながるってことでイメージが広がった。
朝顔のツルが巻き付いてどこまでも伸びて、その先で咲いた真っ白な花に喜びがあふれる友情を歌った、ホワネスの初期の楽曲です。
はじめましてのお客さんの中に、タルトんもそれなりの数が居てくれているみたいで、コールアンドレスポンスも盛り上がってくれる。
ああ、楽しいなあ。
スタジオでメンバーの顔を見ながら練習するのも楽しかったけど、ステージで観客を前に演奏して、お客さんと一緒に歌えるって、やっぱり楽しい!
2曲を演奏した後は、RickのMCに入る。
楽しいけど、緊張していたみたい。水分を取りながら会場を見わたす。
屋内とはいえ、結構広い会場なのに、見渡す限り人、人、人。
その中に、チラホラとホワネスの昔のライブTシャツを着ている人がいる。ありがたいなぁ。
もちろん、このフェスのTシャツを着ている人も、ほかのバンドのTシャツ着ている人も、そもそもTシャツじゃない服の人もたくさんいる。
そんな観客の上を、小さなドローンが飛んでいる。ドローンのメインの役割は、それぞれのアーティストの演奏記録だけど、私たちのバンドでは、それ以上に大事な役割も担ってくれている。
そう、このドローンが私たちの身バレ防止の切り札なのさ!
一瞬の暗転のあと、スポットライトがRickに当たる。
「楽しんでますかー?!」
ウエーブのかかった赤い髪。長い前髪で目元を隠したRickが観客を盛り上げる。
Rick のMCに合わせて、SOU がドラムで煽る。
満員の観客がレスポンスすると地響きのような振動がステージまで伝わる。
「折角なんで、質問しちゃおっかな。『初めて我々の曲を聴いた』という人、手を上げてー!」
Rick の問いかけに、会場ではパラパラと手が上がる。
「じゃあ、ホワネスの曲、知ってたよー、っていう人、手を上げてー!」
すると、会場を埋め尽くすほとんどの人が歓声と一緒に手を上げた。
「ホワネスー!」
「待ってたよー!」
うわぁ。ちょっと、感動で泣きそう。
ふふ、一人で両手を上げてる人もいる。
「はじめましての方も、お久しぶりの方も、どうぞよろしく!」
それでは、メンバーを紹介します。まずはオレから。
ボーカルでギターとキーボード担当の Rick でーす!」
そう言いながら、ギターテクを披露する。
やっぱり上手いなあ……。私も練習しなくちゃ。
「続いてドラム!SOU!」
紹介に合わせて、カナちゃんにスポットライトが当たる。
白に近い金髪をツンツンに逆立てたスパイキーヘアのカナちゃんがドラムテクニックを披露すると、観客がそれに答えてくれる。
カナちゃんは、Rick みたいに髪で顔を隠していないけど、全身を光のベールが包んでいて、顔が認識できなくなっている。
そう、これがハッチさんが KAIROS と考えてくれた「身バレ防止対策」だ。
会場を撮影しているドローンに紛れて、私たちの身バレを防止するためにプロジェクションマッピングを投影してくれる機体が居るのだ。
このドローンたちってば、物語に出てくる守護精霊みたい!私たちを身バレから守ってくれると思うと、なおさら可愛い!考えてくれた人たち、本当にありがとう!
「ベースは Liam!」
紹介に合わせた高速スラップとタッピングの巧みな指弾きに、会場がさらに盛り上がる。
ベースソロで盛り上げるって、相変わらずすごいなあ。私も楽器の練習時間、増やさなきゃ。
ちなみに秀ちゃんの髪はダークグリーン。ホワネスでは、メンバーカラーの髪色にしているのだ。
「ラストはホワネスの紅一点!オレの実の妹、キーボードとギター担当、NOHA!」
会場はびっくりするぐらい大きな音に包まれた。観客の反応だった。
「やっぱりー!」
「待ってたよー!」
など、温かい声援や拍手が私の耳に届く。やだ、ちょっと泣きそう。
ストーカー襲撃事件の後からずっと、メンバーでたくさん話し合った。いろんなことを。
そうして、私が看護学生とバンド活動を続けるなら、身バレを防止しながら、Rick とは実の兄妹だと正直に言ってしまった方が良いんじゃないかという結論に達したのだ。
私のことを知らない人にも、知っている人にも私の音が届くように、メンバーに負けないように鍵盤をたたく。
顔の横でピンクのロングツインテールが揺れ、私の周りにも光のベールがかかっている。
「NOHA ちゃーん!」
あら、あの野太い声は……函館のライブハウスに日参してくれた漁師のおっちゃんの声だ!
「歌って―!」
今度は女の人の声。……札幌のライブハウスで聴いた気がする。
「はいはい。次はNOHAが歌いますよ。
『プリンセスはたくましい』」
お兄ちゃんがニヤニヤしながら、次の曲を紹介してくれる。
曲名を言っただけなのに、会場が大きな歓声に包まれる。
私がホワネスメンバーとして初めて作った曲を歌いながら、当時のことを思い出す。
お兄ちゃんの白血病が再発したのは、私が4歳の時だった。
お母さんは、もちろん、お兄ちゃんの看病にかかりきりになった。
今なら、仕方ないと思えるけど、当時は一人ぼっちで取り残された気持ちになっていた。
もちろん、日中は保育園に行っていたし、両親が交代でついていてくれたんだろうけど、何も知らされないまま、家の中にお兄ちゃんの気配がなくなってしまったから、子どもの小さな世界の中に、私だけ置いてけぼりにされたように感じていた。
淋しくって、不安で。
家の中に当たり前にあったギターとか、丸めて持ち歩けるキーボードなんかは、お兄ちゃんの暇つぶしに病院へ持っていかれてしまった。
だから、家にあったエレクトーンの椅子によじ登って弾き始めた。
今よりもずっと小さい手だったから、鍵盤に指も届かないし、そもそも弾き方なんて知らないけど、静かになった家の中で自分の奏でる音だけが頼りだった。
そんな時、図書館に勤めるお父さんが、何冊も絵本を買ってきてくれたの。
まだ、字を覚えたてだったけど、その中にあった、お姫様が逆境に負けずに白馬で旅をするお話が大好きで、当時の私の寂しい心を救ってくれた。
小学生の時に、そんなお姫様みたいな人になりたいと願って作った曲。
高校に入って、ようやくホワネスメンバーにしてもらった時に、この曲もホワネスの曲として認めてもらったーー思い出の……私の原点の曲。
歌い上げると、会場からの声援が大きな流れになって私を包み込んだ。
ああ、私、歌うの好き。
聴いてもらうのも、すごくうれしい。
とりあえず、そんな単純な気持ちで看護学生とNOHAを続けてもいいじゃんか!
そう思ったら、記憶の中の小さい私がにっこり笑った気がした。
その後、予定していた全ての楽曲を演奏して、ホワネスの「東京・夏フェス」初参戦が終了した。




