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真夏のパンと誤算


「紀ちゃん、これ、本当においしい!お金払ってでも食べたいレベル」


私のストレス発散のために錬成した総菜パンに、過分なお褒めの言葉をくれるのは、ホワネスのWork Bee、つまり働きバチのように裏方のお仕事をしてくれているスタッフ、ハッチさんこと鉢嶺杏奈さん。


苺は蜂が居ないと受粉できないから実がならないんだよ。

同じように、ホワネスにはWork Beeが不可欠なんだ。


ハッチさんは、お兄ちゃんの中学の同級生。

色白ぽっちゃりの優し気な外見に違わず、美味しいもの好き。食べ方も綺麗だから、ハッチさんが食べているのを見てるだけで癒される。

でもね、私、知ってる。こういう、穏やかな人こそ、怒らせたらダメなの。


「ハッチは、いつ見ても何か食ってるな。食いすぎると太るぞ。夏は薄着になるから目立つしな!」

我が兄ながら、本当にデリカシーがない。


「……そうね。私だけで食べるのはもったいないから、他のWork Beeにも差し入れして良いかしら、紀ちゃん。今度の夏フェス準備に、みんな集まってるから」

私が了承すると、ああ、ほら、ハッチさん行っちゃった。


お兄ちゃんも、がっかりするぐらいなら言わなきゃいいのに。好きな子にちょっかいかけて、嫌われる小学生男児みたいだね。


「紀亜、俺……何かした?」

あー、無自覚かぁ。


お兄ちゃんとしては、「いつ見ても何か食ってる」は『ハッチさんが食べているの見ると癒される』、「食いすぎると太る」は『ぽっちゃりしていて可愛いね』のつもりで話していたらしい。

そんなの、兄妹だって分からないよ。ましてや、薄着とか、発想がおっさんなんだよ。


「可愛いと思っているなら、素直に言えばいいのに。変にカッコつけるから、嫌な思いさせちゃうんだよ。本気で嫌われる前に、告白しちゃえばいいのに」

「オレは!別に!そんなんじゃないから!」


「何が『そんなんじゃない』なの?

それよりさ、このパン、NOHAが作ったんだって?美味しいね」


絶妙なタイミングで登場したのは、渡来先生ことドラム担当のカナちゃん。

大学以外で会うと、ちょっとびっくりする。



今日は、ホワネスの新曲選定会議と夏フェスの打ち合わせで招集されたのだ。


ホワネスは、メンバー全員が作詞作曲できる。

作った楽曲は、制作者がプレゼンして――メンバー全員が納得しなかったら、お蔵入り。

なかなかにキビシイ会議なのだ。


「どうせ、また、いらんこと言って、ハッチの機嫌損ねたんだろ。中学から成長してないんだよ。

ま、拗らせてた方がいい曲かけるからなあ、理久は。流石!音楽のためにはストイックだな」

「うるせえな!お前にだけは言われたくねーよ!」

約束の時間、ぴったりに登場した秀ちゃんにもからかわれて、ふてくされるお兄ちゃん。


「あ、全員、そろったね。じゃあ、会議始めようか」

スタッフに差し入れして、気分を切り替えた大人なハッチさんを前に、機嫌を直したお兄ちゃんがウキウキしている。

さ、ここからは切り替えて、ホワネスのNOHAちゃんとして集中しますよ。




「今日は私からお願いしまっす!」

みんなの了解をもらって、久々の自信作をスマホから流して、プリントした歌詞を配る。


「パン作りって、小麦粉から作るんだけどさ、レシピによって強力粉だけとか、薄力粉混ぜるとか全粒粉とか、いくつも種類があって。

卵を入れるとか入れないとか、油脂もバターとか米油とか、バリエーションが沢山あるんだよ。


色々作っているうちに、材料を入れる順番にも理由があることが分かったの。

手間をかけると美味しいのは当然っちゃ当然なんだけど、手間を省いたものでもちゃんと美味しかったりするんだよ。


そうやって、別々の素材を文字通りこねくり回して『パン』として作る作業は、錬金術師が新しい金属を錬成するのに似てるなあ、って思ったの!」


「ふうん・・・で、曲名は?これ何て読むの?」

「χημεία(ケメイア)!」

「ケメイア?・・・・・・どこの言語?」

「ギリシャ語なんだけど、カタカナ表記の方がいいかなあ。

錬金術の英語Alchemyの語源のχημείαって、『注ぎ出されたもの』に由来しているんですと」


「このビート、あれか。紀亜がパン捏ねるリズムか」

そう!さすが秀ちゃん!わかってくれた!


「いや、ちょっと単調だろ。

んー。Bメロの転調はもっとメリハリあった方が良いし、サビはもっとドラマチックじゃないとな。

その方が、歌詞が生きる。ここ、韻、踏んだろ?」


おお、お兄ちゃんからはいつも通り厳しい意見と思いきや、ちょっと褒められた?


「コレ、どっちが歌うの?NOHA?」

「いや、オレだろ。サビの力強さは、紀亜じゃまだ無理だ」


何だと?――まぁ、お兄ちゃんが歌うことを前提に作ってはいるけれどもね。


「ダブルボーカルもアリじゃない?」

「バックコーラス、全員でやったら良いよ。そしてこれ、Liamが持ってきたKAIROSの企業CMに使えるんじゃない?」


それまで、私たちのディスカッションを黙って聴いてくれていたハッチさんが、『売れる楽曲』にするための戦略についての意見をくれた。




「じゃあ、今日中に歌詞を仕上げて、音入れしたものをデモとしてKAIROSに提出するわ。

GOサインが出たら、本格的な音入れね。

夏フェスがあるし、楽曲練習と並行になるから、ここしばらくは忙しくなるわよ。


その後は、MV撮影とプロモーションもね。

NOHAは、まだ、顔出ししない方が良いかな?」


「……できれば」


「オッケー、了解。

大丈夫よ。そこはWork Beeの腕の見せ所だからね。こっちで戦略練るわ」

ウインクしながらハッチさんが請け負ってくれた。申し訳ないけど、ここは頼らせてもらおう。



「今日の新曲会議はここまでだな。

時間がかかったから、他のメンバーの新曲プレゼンは後日にして、夏フェスの練習に入るぞ」






今回は地元を離れて初めて、東京の大型フェスへの参加なんだ。

道内での人気を認めてくれて、初参加なのに40分も時間をもらえた。

せっかくだから、ホワネスを知ってもらおうと、MCを少なくして7曲を予定している。


アップテンポの曲から始めて、少しメロウな曲をはさんで、最後は名刺代わりに、一番、再生回数の多いTrainingで盛り上がって出番終了、の予定。


ホワネス、結成してからの期間が長いから楽曲数はそれなりにあるのよ。

でも、メンバーそれぞれ農業とか仕事が忙しくって、プロモーションがあんまりできなかったからさ、動画の再生回数も伸び悩んでた。


そんな私たちを見かねたハッチさんが、それまで勤めていた音楽事務所を退職してホワネスの事務所を立ち上げたのが、私が高2の時。それまでの楽曲動画を丁寧に作り直してくれてから、びっくりするくらい再生回数が伸びた。


ま、急に注目されて、私ことNOHAとRickが恋人じゃないかと誤解したお兄ちゃんのストーカーに殴られちゃったのだけれども。



本当は、もっと早くに東京進出したかったのだと思う。特にお兄ちゃんとハッチさんは。

それを、私もみんなも理解してるから、今回のフェス参戦でホワネスをもっとたくさんの人に知ってもらおうと気合が入るのさ。


今日はセットリストに沿って、どの曲で誰が何を演奏するかを決めなくちゃいけない。

なぜなら、私たちメンバーはそれぞれ複数の楽器が弾けるから。


お兄ちゃんはギターとキーボード、秀ちゃんはギターとベース。

カナちゃんはドラムがメインだけど元々は音楽学部のピアノ専攻だし、吹奏楽部の顧問をしているぐらいだから、管楽器も一通り演奏できる。一番器用だよね、音楽に関してはだけど。


私は作曲のときはキーボードを使うけど、ギターも弾く。

メインボーカルはお兄ちゃんだけど、私も一緒に歌ったり、ほかの二人もコーラスで入ることも多い。多才だよねー、みんな。


私は顔出しをしないことになっているから、後ろの方でサポートギターとコーラスかな、と思っていたら、がっつり練習させられた。


びっちり、何時間も演奏するのは疲れるけど、久しぶりに4人で音を合わせると、やっぱり楽しい。

そうして、私は、純粋にホワネスの音楽を楽しんだ。

でも、翌日からは、怒涛の音楽三昧の日々になった。



夏フェスの練習だけじゃなく、新曲も『複数』同時進行で準備しなくちゃならなくなったから。

それというのも、新曲のデモを聴いたKAIROS社の人々、特に絹恵さんのお祖父さんがとても気に入ってくれたから。


そこまでは良かった。

でも、そこから、系列会社のスイーツや化粧品、Kusto警備システムとのコラボの依頼につながったことも、良いことなんだけどさ!ありがたいけどさ!


私は、χημεία(ケメイア)を作った時には、パンを錬成する時間も気力もないほど忙しくなるなんて思わなかったのになあ。






そして迎えた夏フェス当日!

私たち、ホワネスのメンバーは、ギリギリまでスタジオで演奏していた。新曲の方の。


カナちゃんも私も、夏休みが明けたら実習の準備とかでこんなに音楽に集中できないからね。

そして今は、Kustoによる自動運転のボートに乗って夏フェス会場へ移動中なのだ。


水上バス、大学までは節約のつもりで乗らずに歩いていたけど、今日は出演者だからボートでお迎えが来た。

私たちが出演する今回のフェスは、大学近くを流れる梅川の河口にある国際空港近くの大型複合施設なのだ。


音楽フェスは室内だけど、外ではフードフェスの屋台が出てるみたい。

ああ、いつもの私服で地味メガネだったら、屋台巡りできたかもしれないのになあ。


ホワネスのNOHAちゃんは、ピンクのツインテールとホットパンツがトレードマークだからね。

ワタクシ、今日はNOHA仕様なのですよ。サングラスをかけているのは眩しいからで、芸能人を気取っているわけではないのだけれど。




「日差しが痛い。でも、風が気持ちいい……」

ずっと、会議室かスタジオに閉じこもっていたからね。


今年は、海水浴もプールもキャンプも夏休みらしいことは何もしていない。

おかしいなあ。春に上京した時には、東京観光して、映え写真をいっぱい撮るつもりだったのに。


「光合成しようと思ったけど、さすがに暑いね」

デッキで夏の日差しを楽しんでいたらカナちゃんが来たので、一緒に光合成しようとお誘いしてみた。


「人間には葉緑素はないでしょ。

では、日光暴露の健康効果を3つ、挙げなさい、相良さん」

あら、カナちゃんが急に看護学部の先生になっちゃった。


「えーっと……ビタミンDの吸収?生成だっけ。

あと、骨粗しょう症の予防。もう一つは、免疫が強くなるのかな」


「んー、惜しいね。骨粗しょう症の予防と免疫機能の向上は、どちらもビタミンDの生成が関与しているから。

他には、体内時計のリセット、セロトニンの分泌による精神の安定、近視予防かな。


とはいえ、長時間の日光浴はシミとか健康にも良くないから、そろそろ中に入りなさい。

ステージに立つ前に、日焼けで真っ赤にはなりたくないでしょ」


そうでした。日焼けは美容の大敵ですからね。



「あ、Work Beeだ。ホワネスのスタッフTシャツ着てる。

ハッチさんも、先に会場入りしてるんだよね」


船窓から会場の裏手が見えた。

今回は都市型フェスで演奏を行う室内と、機材や衣装の搬入とか、Beeたちの作業は外でも行われる。

炎天下での作業に加えて、室内との温度差もあるし――体調を崩す人、出るんじゃないかと心配になる。


ほかのアーティストさんのスタッフもいっぱいいる。

会場警備とか観客の誘導はKustoの仕事だけど、それでもBeeのみんなとか運営とかのスタッフが居るお陰で、私たちは自分の音楽に集中できる。

ホント、ありがたい。




「お疲れ様……。控室に荷物を置いたら、主催者に挨拶に行こう。

そしたら、出番まで、ちょっと、ゆっくり、してても、良いから……」


ボートが到着したら、ハッチさんが待ってくれていた。

でも、なんかおかしい。顔は真っ赤だし、息が切れてるし、足元もふらふらしてる?


――熱中症か?!


「ハッチさん!まずは日陰に入ろうか。

秀ちゃん!その手に持ってるハンディファン、ハッチさんに当てて!

カナちゃん、クーリング出来るもの、持ってたよね」


「おお、ホントだね。ハッチ、ドクターストップならぬ、プレナースストップだよ。

意識がある今の状態なら、救急隊を呼ぶほどじゃないからね。スタッフの救急搬送で主催者に迷惑かけたくないでしょ?」


にっこり笑顔なのに、眼が笑っていない。

看護学部教員の圧が強めだったので、普段は自分のことを後回しにしがちなハッチさんも渋々ながら頷いた。


「ハッチは控室で休んでろ。挨拶はオレらで行くから。

紀亜はハッチについててあげて。カナもね」


心配そうなお兄ちゃんが、ハッチさんの頭をポンポンしてる。

ハッチさんが別な意味で顔を真っ赤にしていることには気づかないふりをしておこう。




「あ!NOHAちゃんじゃない?」


スタッフ入り口の手前で何人かの話す声が聞こえて、ふと振り返るとバッチリ目が合っちゃった。

真緒ッチ!

そっか、ホワネス強火担の真緒ッチがこの夏フェスに参戦しないはずがなかった!


サングラスで身バレしていないことを祈りつつ、お兄ちゃんと一緒にハッチさんを支えて控室へ向かった。

後ろから、こちらもドキドキしたカナちゃんが熱中症対策グッズと経口補水液を持ってついてきていた。




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