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「うわ~……」
目の前にはシュツェル伯爵邸とは比べ物にならないほど大きくて立派なウェブスター邸を目にして初めて「拙速だったかも」という不安と後悔が頭を掠めた。
アイヴァン様のお父様は一代で公爵まで昇りつめた実力派の騎士だったと聞く。その功績は大きく、王家からの信頼も厚い。このウェブスター邸もその実力の証の一つなのだろう。
そんなお屋敷にアポなしで泊まりに来るなんて、図々しいにも程がある。いくら主人であるアイヴァン様からの誘いでも、使用人達からすれば急な客人ほど面倒な事はない。
初めて連れてきた婚約者が礼儀知らずな令嬢だと思われたら嫌だ。やっぱり第一印象は好印象がいい。
「どうした?入らないのか?」
一歩を踏み出せないでいる私に、アイヴァン様は扉を開けたまま待っていてくれる。
「えっと…本当にいいんでしょうか……やっぱり、後日改めての方が……」
「おや、怖気付いたのか?私は別に構わないが、君は本当にいいのかい?」
つい数分前の強気な態度は一変し、まごまごと煮え切らない態度を見せる私にアイヴァン様は少し意地悪な言葉で揺さぶりをかけてくる。
「私は君とまだ一緒にいたい。君も同じ気持ちだと思って誘ったのだが……違ったかな?」
疑問形なのに、アイヴァン様は確信を得た顔で私を見てる。
こんな言い方されちゃ断れるはずがない。
「本当、ズルいなぁ……」
「ずる賢しさこそ一番の戦略だなからな」
ま、そんなところも好きなんだけどね!何事も惚れた方が負けるんだから、潔く腹を括るしかない。
「…お邪魔します…」
アイヴァン様に手を引かれ、屋敷の中に足を踏み入れた。
「お帰りなさいませ」
すぐに執事らしき男性が声をかけてきた。
第一印象としては、アイヴァン様と同年代ぐらいで、片眼鏡をした所作が綺麗な人。
「こちらのお嬢様が?」
「あぁ、私の婚約者のミーリアムだ」
肩を抱き寄せ、紹介される。
「は、初めまして!ミーリアム・シュツェルと申します。事前の連絡もなく突然押しかけてしまって申し訳ありません!」
緊張のあまり、捲し立てるような自己紹介になってしまった。
(穴があったら地の底まで埋まりたい……)
羞恥心で顔が赤らむ。
「おやおや、これは可愛らしいお嬢様ですね」
出来た執事は動揺なんてせず、褒める事も忘れない。
「お初にお目にかかります。わたくしはこのウェブスター邸の一切合切を任されております執事のエリオットと申します」
「よろしくお願いします…」
完璧なお辞儀に少々棘を含んだ物言い。そして私を映す瞳は、まるで品定めするかのように鋭い。
(これは……歓迎されてない?)
取り繕っている笑顔がどんどん曇ってくる。
「こら、威嚇するんじゃない。怯えているだろう?」
「申し訳ありません。こればかりは性分ですので、何とぞご了承ください」
アイヴァン様が軽く叱つけるが、エリオットは涼しい顔で言い返す。
まあ、歳が20も離れた小娘が婚約者じゃ警戒しない方がおかしい。でも、これから末永くお世話になる身。まずはこの人に認められなければウェブスター家ではやっていけない。
アイヴァン様とエリオットが話しているのを「あの!」と割って入った。
「婚約者が私のような小娘で思う所はあると思いますが、アイヴァン様を想う気持ちは誰にも負けていないと自負しています。そこだけは分かってください」
目を光らせ、真剣な表情で詰め寄ると、エリオットの視線が問答無用で突き刺さる。ここで目を逸らしたら負けだと、睨みつけたまま一歩も引かない。
数秒の沈黙の後「ふふっ」と柔らかな笑みが背後から聞こえた。
「貴方の負けですよ、エリオット」
「……メイジー」
振り返ると、面持ちと雰囲気が優しい侍女が立っていた。本当に侍女か?と見間違えるほど綺麗な女性に目が奪われた。
「ごめんなさいね。この人は旦那様が悪い女に引っかからないか心配で仕方ないのよ。許してあげて?」
「え、っと……」
「私は、この屋敷の侍女長。何か不便があったら私に言って頂戴。因みに、エリオットの妻で5人の子持ち」
「え!?」
ウインクしながら言われた。
驚くのは失礼だと思うが、子供が5人は単純にすごい……
思わずエリオットに視線が向く。エリオットは頬を薄っすらと染めながら、妻であるメイジーの傍に寄り仲睦まじい姿を見せつけてくる。正直、羨ましい。
「アイヴァン様!私も5人は産める気がします!」
「──ブッ!」
負けじと宣言するが、予期せぬ発言にアイヴァン様は噴き出してしまった。
「き、君は何を言っているのか分かっているのか!?」
「あははははは!ほら、このお嬢様なら大丈夫でしょう?」
「堂々と言うことじゃありませんよ……」
顔を赤らめ狼狽えるアイヴァン様に、腹を抱えて笑うメイジー。それに、若干呆れ気味のエリオット。重苦しかった雰囲気が一瞬にしてカオスな現場となった。




