20
ウェブスター邸に到着後に一悶着あったが、気を取り直しアイヴァン様と夕食を共にした。
急な訪問だと言うのに、ちゃんと私の分も温かい物を用意しくれたことに感謝し、ひと皿ひと皿味わって食べた。
アイヴァン様は私の食べている姿を釘いるように見ながら終始楽しげだった。そんなに見つめられては、緊張して喉を取らない。……──なんてことも無く、綺麗に完食。なんなら、デザートのおかわりまで頂いてしまった。
流石に意地汚いと思たが、アイヴァン様と料理長に「是非!」と言われては断れない。
食事が終わり「先に体を流しては?」と言うメイジーの勧めで浴室へと案内された。
一人で大丈夫だと言ったのに「将来の公爵夫人にとんでもない!」と半ば強引に言い切られてしまい一緒に浴室へ。
「旦那様のお相手がミーリアム様のようなお方で良かったです」
髪を洗うメイジーが呟いた。
「あの方は、今まで自分の幸せよりも他人の幸せばかり優先して来ましたので、私共使用人はヤキモキしていたんです。でも、ようやく自分の将来を見据えてくれるようになりました。貴女のおかげです」
「いえ、私は、そんな……」
私はただ、自分の気持ちをぶつけてきただけで、礼を言われるような事は何一つとしてしていない。……でも、少しぐらい私の存在を認めてもらえたと思ってもいいのかも……?
そうだったらいいな…と思いながら身を預けていると、突如ガシッと肩を掴まれた。
「ミーリアム様、こには私と貴女の二人だけ…腹を割って話すには丁度いいと思いません?」
形の良い唇が吊り上がったのが見え、ヒュッと息を飲みこんだ。
今まで懇親的に見えたけど、やっぱり歓迎されてない?と不安と恐怖が全身を包みかけた。
「ぶっちゃけ、キスぐらいはしました?」
「……ん?」
「ん?」
メイジーの言葉に一瞬、時が止まった。ぴちょんと髪から雫が湯船に落ちたところで我に返り、全身を真っ赤にさせて飛び上がった。
「な、ななななななななな!?」
「あらあら、やっぱりね。でも手ぐらいは握ってるでしょ?」
腕にしがみ付くことはあったが、手を握ったことはなくブンブンと首を振って答えた。
すると、メイジーは眉間に皺を寄せて心底呆れたように大きな溜息を吐いた。
「呆れた…あの人ったらそんなに腰抜けなの?見掛け倒しもいい所ね」
ブツブツ文句を言うメイジーにかける言葉がない。
「まったく、優しさはあの人の専売特許だけど、そうじゃないのよ!恋愛には刺激も大事なの。分かる!?」
瞳孔ガン開きで詰め寄られ、あまりの圧に体が反り返る。
「えっと、まあ、そうですね……でも、私が犯罪ギリギリの行為をしても容認してくれているので、これ以上求めるのは欲張りな気がするんですけど……」
「え、何それ。詳しく」
私の言葉に目を輝かせて説明を求めてくる。完全に面白い玩具を見つけた時の顔だが、下手に濁すとより好奇心を刺激するだけだと正直に私達の恋愛事情を話して聞かせた。
「何てこと…いい歳した男が若い娘に迫られてキスの一つもなしですって?あの男は一体何をしてるの?」
徐々に口が悪くなっているが、それも含めて慕われている証拠なのだろうと黙って苦笑いを浮かべる。
「でも、ルディガー様が入ったり、泥酔してたりでその気になれなかったのも事実ですし……」
「甘い!甘すぎるわ!そんなんじゃいつまで経っても前に進めないわよ!」
アイヴァン様をフォローしようとしたが、この一言が火に油を注いでしまったようで、これまでの実体験やエリオットとの赤裸々な夫婦事情まで話し始めた。
別に他人の恋愛を自分の恋愛に置き換えようなんて思っていないので聞くだけ無駄なんだけど、私の事を思ってくれているのが分かるから口を挟めない。
(……とはいえ、いい加減にしてくれないと茹っちゃうんだけど)
湯船に口を付け、話が途切れるのをジッと待った。
「こうなったら仕方ありません」
ひとしきり話し終えたのか、はたまた言いたいことが言えた満足感からかは分からないが、ようやく落ち着きを取り戻した。
「ミーリアム様。私どもにお任せ下さい」
「え?」
「必ずや、旦那様をその気にさせてみせます」
悪どい顔を浮かべるメイジー。物凄く嫌な予感しかしませんが?
***
その不安は湯上り後、すぐに的中する事となった。
「申し訳ありません。本日、使える部屋が旦那様の部屋のみとなっておりまして…」
白々しい言葉と共に通された部屋は、アイヴァン様の私室。一応困った風は装っているが、これは……
「いやいやいや、これだけ大きな屋敷で使える部屋が一部屋だけって無理があるでしょ!」
間髪入れずに盛大な突っ込みを入れるが、何食わぬ顔で部屋に押し込もうと背中を押してくる。
「何言ってるんですか!ピンチはチャンスですよ!」
「その言葉、今じゃなくない!?」
応援してくれるのは率直に嬉しいが、如何せん無茶が過ぎる。私自身、結構むちゃくちゃな奴だと自負しているが、この人も大概むちゃくちゃな人だった。
「……いいんですか?旦那様が毎日眠っているベッドで眠れるんですよ?」
「へ?」
足を踏ん張って拒む私にソッと耳打ちしてきた。
「旦那様の匂いが染み付いたシーツと旦那様本人の腕に包まれながら眠るなんて至高の極み。今を逃せば次はいつになるか分かりませんよ?」
悪魔と誘惑が手を繋いで揺さぶりを掛けてくる。
「ほら、あの厚い胸板に挟まれたくありません?」
駄目よミーリアム。そんな安い誘いに乗っては……
「上腕二頭筋が呼んでますよぉ?」
駄目……ダメ……だ…め……
「あぁ、言い忘れてましたけど、旦那様って寝る時は必ず上半身裸ですよ?」
プツと私の何かが切れた音がした。
「行きましょう!」
血走った目でメイジーと力強く握手を交わした。
安い誘いに乗って何が悪い!私は自分の欲望には素直に生きる!
「では、ご武運を」
まるで戦場に向かうかのような言葉なのに、顔はニヤニヤとだらしなかった。
扉が閉まり、蝋燭の灯りだけの薄暗い部屋を見渡す。
(アイヴァン様はまだ戻っていないか…)
この状況で戻ってきたらどんな顔をするのか…せめてそこまで考えてから放り込んで欲しかった。
そう思いながら、部屋の中でも一際目の引く大きなベッドに腰掛けた。
上等なシーツに羽根のようにフワフワの布団。肌が吸い付くような感覚が堪らず、顔を埋めて匂いと感触を堪能していると
「ミーリアム?」
ガチャと扉の開く音ともにこの部屋の主が現れた。




