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え~、ミーリアム・シュツェルです。
先日行われた夜会で、目も開けれないほどの大失態をしてしまったにも関わらず、アイヴァン様の胸よりも大きなお心で婚約破棄は免れました。
それどころか、少しの嫉妬心まで垣間見せてくれて私の心は感動の嵐でございました。
しかし、多大な迷惑をかけたのは紛れのない事実。お詫びがしたいとアイヴァン様に訴えてみたのでございます。
アイヴァン様は「当然の事をしたまでだ。気にする事はない」と言ってくれましたが、こればかりは譲れないと私は一歩も引く気はありませんでした。
押し問答を繰り返した結果、痺れを切らしたアイヴァン様が白旗をかざしました。
「そんなに言うのなら仕方ない。私の願い事を聞いてもらおうか」
そう微笑んだアイヴァン様。
その願い事とは──…
***
目の前を沢山の人が行き来する街中の一角に私は立っていた。
ドレスではなく、可愛らしいワンピースに歩きやすいヒールのない靴。髪はひとつに纏めて、最近流行っている大きめのリボンを付けてみた。
飾り窓に映る自分の姿を何度も何度もチェックし、ソワソワとしながら時間が経つのを待つ。
「すまない!待たせたか?」
「いいえ。今来たところです」
息を切らしながら発せられた言葉に、笑顔でウソを塗り固めて言い返した。
やって来たのは、騎士服でも正装でもなく、白シャツ姿のアイヴァン様。髪も下ろして完全オフ姿。とはいえ、腰には防犯の為か剣は忘れていない。
察しの良い方ならもうお分かりですよね?──そう!今日はアイヴァン様と初デートの日。
あの日、アイヴァン様のお願いとは『ミーリアムの時間を一日貰う』と言うものだった。
デートなんて夢のまた夢なんて思っていたのに、まさに大どんでん返し。頭の中は歓喜乱舞のお祭り騒ぎ。この日の為に自分磨きも欠かさなかった。
「あの、本当にこんな事で良かったんですか?」
「ん?」
戸惑い顔で問いかけた。
こんなの、罪滅ぼしというよりもご褒美(私の)でしかない。
「君の大事な時間を貰うんだ。十分釣りが来る」
あっさりとした対応に、大人の余裕を全身に感じる。惚れ直すなんて言葉は無粋。これは全人類が惚れる。
(……にしても)
先程からチラチラとアイヴァン様に向けられる熱い視線……若い娘から孫がいてもおかしくないご婦人までもがアイヴァン様に目を奪われている。
普段着のアイヴァン様が物珍しいというのもあるのだろうが、こんなにも観られては隣にいる私としては面白くない訳で……
(普段見向きもしないくせに)
ムゥと頬を膨らませ、アイヴァン様の腕にしがみ付いた。
「お?」
「アイヴァン様の隣は私の場所ですよね?」
面倒臭い女のような言い方になってしまったが、アイヴァン様はクスッと微笑みながら「当然だろ」と肩を抱き寄せてくれた。
周りの女性を牽制するには十分すぎる行動に、私は勝ち誇ったように口端を吊り上げてやった。自分でも性格悪いなと思ってる。でも、好きな人を獲られるぐらいなら、いくらでも悪役になってやる。
そのまま見せつけるように並んで歩いていたが、前触れもなくピタッと足が止まったのを不思議に思って顔を上げてみた。
「……すまない。こういった経験がないから分らないのだが、まずは何処に行ったらいいのだろうか……」
思い詰めた顔で俯くアイヴァン様が可愛い過ぎて、母性本能が溢れだして止まらない。ここが街中じゃなかったら押し倒していたレベル。
女慣れしてないどころか、デートすら経験がないなんていい意味で堪らない。それって、私が初めての女っていうことでしょ?ならば、その真っ白なキャンパスに私が色を加えていきましょう。私達しか知らない鮮やかで美しく、見ているだけでも楽しくて温かな色を……
「ミーリアム?」
自分の世界にトリップしていた意識が、アイヴァン様の一声で引き戻された。
「はっ」とする間も惜しく、困惑するアイヴァン様の手を取ると街の中を駆けだした。
「今日は私がアイヴァン様をエスコートしますね!」
そう言って向かった先は、大きな噴水が目を引く広場。
この時期、ここには各国の屋台が並びちょっとしたイベントが開かれている。目で観て、腹も満たされてデートだけではなく、家族連れにも人気のイベント。
貴族のデートとなれば演劇を観たり、小洒落たカフェで優雅にランチしたり、目が飛び出そうな程の高級宝石店やブティックをハシゴして、両手いっぱいの貢物を手にして帰宅。──なんてのを想像するが、私にはそんなデートは似合わない。
フォークやナイフなんて洒落たものはいらない。手で持ち、人目も憚らずに大口を開けて口いっぱいに頬ばる。マナーなんて不必要な屋台飯。何より、安くて美味い。
アイヴァン様も「うん。美味い」と太鼓判。
このイベントのいい所は、食べ物だけではなく各国の特産品や土産物まで並んでいるというところ。
海辺の国では貝を使った装飾品や硝子細工が並び、山岳地方では木彫りの食器などが目に止まる。
腹ごしらえを済ませた私達も見て回ったが、どの国の物も素晴らしいものばかりだった。見たことの無い色の硝子や、丁寧に仕上げた木工品は見ているだけで楽しくて、アイヴァン様と時間の経つのも忘れて魅入ったり、店の人との会話を楽しむのも一興。
ゴーン…ゴーン…
夕刻を知らす鐘の音で、ようやく現在の時刻を知った。
「もうこんな時間か」
楽しい時間はあっという間と言うが、体感的には数分。全然足りない。こんなにも一日の終わりが名残惜しいと思ったのは初めて。
「そろそろ戻ろう。送って行く」
差し出された手を素直に取り、アイヴァン様の大きな背中を目にしながら足を進める。
「……帰りたくないな……」
ポソッと無意識に出た。
別に会おうと思えば明日また会えるけど、今日という日は今しかない。アイヴァン様を独占できるのもあと少しだと思うと、どうしても握りしめている腕が離し難くて、手に力が篭もる。
小さく息を吐き、視線を落とした。
「……もし、良ければだが、うちに泊まっていくか?」
「え!?」
耳を疑う言葉が聞こえた。
「いや、すまない。婚約者といえ、性急だった。やはり、ご両親の元へ…──」
「行きます!」
私と目が合うと、気まずそうに顔を逸らしながら言葉を取り下げてこようとする。当然、そんな事許すはずもなく、食い気味で返事を返した。
「しかしだな……」
胸に飛びつき、目を輝かせる私にアイヴァン様もしどろもどろ。
「団長ともあろうお方が一度口にした言葉を取り下げるのはよくありません。男なら最後までご自分の言葉に責任を持ってください」
その団長様相手に随分偉そうなことを言っている自覚はある。だがしかし、何としてでもこの好機を逃したくないので捨て身覚悟でアイヴァン様を説得する。
その想いが通じたのかは分からないが「ふはっ」と軽い笑いと共に、大きな手が頭に添えられた。
「その通りだな。君には教えられてばかりだ。大したもてなしは出来ないが、よろしければ我が家へお越しいただけますかな?」
「もちろん」
平然を装いながら返事を返しているが、内心は全力でガッツポーズ。
──しゃッ!勝った!




