ルルル・ネフリ――後始末
ルピナスのところへ行く前に、片づけることがあった。
イブ請負組。
ワタシを利用し、捨てた連中のもとへ。
復讐。
そう呼ぶしかないものだった。
あまり褒められたことではないだろう。
けれどワタシは、決してそこまで善人とはいえない質だ。
やられた分は、きっちり返したかった。
ルピナスは止めなかった。
経緯を話した時、彼女は心底驚いた顔をした。
「え!? そんなひどいことされてたの!?!?
そんなやつら、ぶっ散らしちゃえ! ルピナも手伝うよ!」
「ブァッハッハ! その申し出は嬉しいケド、ワタシ一人で十分ダ」
ワタシ自身の因縁だ。
ルピナスの手を汚させるわけにはいかない。
「そっか。なら、やるなら思いっきり晴らしてこい!」
そう言ってくれた。
「なかなか怖いこと言うナ、ルピナス先」
「中途半端にやって、あとでまた仕返しされても面倒でしょーて」
「……やっぱ結構怖いナ?」
ワタシがやることは、もう決まっていた。
まず、イブたちの様子を探った。
彼らは何事もなかったかのように、元気そうに暮らしていた。
少し調べて見ると、ワタシはあの日、あの自走式荷車の事故の責任を取らせるために組織から追放された、という扱いになっていたらしい。
実際には、殺すつもりで転送式門に落としたくせにだ。
まあ、そんなことはもうどうでもよかった。
ワタシは、取引先を装ってイブたちを呼び出した。
場所は、あの転送式門がある場所。
ワタシが作らされ、ワタシが落とされた場所だ。
間抜けにも、四人とも来た。
イブ。
カイナン。
ミーナ。
ウシア。
最初に良い反応をしてくれたのは、イブだった。
「ルルル……? なんでここに……いや、なんで生きてるんだ」
「おかげサマデ。
というか、教科書ミテェなお手本リアクションだな」
ワタシはわざとらしく口角を上げて見せた。
「そんな……っ」
「あの転送先はギロスカルの湧出域だったはずだよね? 座標、ちゃんと合ってるやつ渡したの? イブ!」
「ああ間違いなかったはずだ……なんで無事なんだよ」
「ちゃんと合ってたゾ。戻ってくるのには結構苦労したケドナ~」
みんな、分かりやすく顔を引きつらせた。
ウシアだけは、いつもの不機嫌そうな顔をさらに強めただけだった。
「そういうことね……」
「なんだ、ウシア。どういう意味だ」
「単純な話よ。こいつ、命式術の腕だけじゃなくて、戦いの方もいける口だったってことよ」
「ゴメイトウ!」
そう答えると同時、ワタシは四人の背後に氷の腕を創った。
――そして、転送式門にも命力を流す。
枠の中の空間が歪み、黒い口が開いた。
「オメェらと、もう話をすることはもうない」
ワタシは意図的に声音から熱を抜き、淡々とそう告げた。
「だからサヨナラ。今日はこれだけしに来た」
「待っ――!?」
言い訳も。
弁明も。
謝罪も。
聞くつもりはなかった。
それを聞きにきたわけではないから。
ワタシは既に答えを持って、ここに来たから。
氷の腕が、イブ、カイナン、ミーナを掴む。
そしてそのまま、転送式門へ叩き落とした。
「そのまま、地獄にオチロ」
門の歪みに呑まれる三人の姿に、ワタシは親指を下に向けた。
叫びは、最後まで形にならなかった。
残ったのは、ウシアだけだった。
「な……なんでワタシだけ残したのよ!」
「ウシア。オメェだけは、なんか問答無用で落とすのは違うカナって思ったダケ」
「……」
「ワタシのことを純粋に嫌ってたのは、ひしひしと伝わってた。
けど、あいつらの裏切り行為にあまり直接は関わってなかったカラナ」
「あんた……それ、分かって……」
「だから好きにシナ。逃げるなら、ワタシは追わない」
そう告げて、ワタシはウシアの背後に浮かべていた氷腕を消した。
氷が力を失い、冷気だけを残して砕ける。
ウシアはしばらく黙っていた。
そして、深く息を吐く。
「はぁ……。ほんっとに気に食わない奴だわ」
彼女は、こちらを睨んだ。
だが、その目に宿るのはいつもの敵意だけではなかった。
その奥に、敵意だけでは片づけられない何かが、揺れていた気がした。
「まじで大っ嫌い」
「――!」
そう吐き捨てて、ウシアは自分から転送式門へ飛び込んだ。
止める間もなかった。
歪みが、彼女の姿を呑み込んでいく――。
あとには、冷えた空気だけが残った。
イブたちへのやり返しには、正直、少しだけ胸のすく感覚があった。
けれど、ウシアのことだけは複雑だった。
ワタシは、彼女をそこまで嫌っていなかった。
ウシアがワタシを嫌っていた理由も、わかっていたから。
端的に言えば、ワタシが優秀だったからだ。
ワタシの命式術を中心に組織が大きくなり、仕事も評価もワタシに集まったこと。
ウシアが本来やりたかった場所は、ワタシに奪われたこと。
彼女は、それが気に食わなかった。
けれど、仲間の利益を考えれば、ワタシを利用する方が賢いことも分かっていた。
だから従った。
そして結果として、ワタシを裏切る側に回った。
そんな経緯を察していたからこそ、彼女だけはまっすぐ恨み切れなかった。
ワタシは、どこか彼女に負い目を感じていた。
かといって、ワタシから慰めの言葉をかけたところで、きっと余計に傷つけただけだ。
歩み寄ろうとしても、たぶんうまくいかなかった。
何をすればよかったのかは、今でも分からない。
人は、本当の意味では、分かり合えないようにできているのかもしれない。
ワタシは、ただそれを見届けることしかできなかった。
転送式門の向こうから、音が漏れた。
じゃら。
じゃら。
鎖を引きずる音。
それから、誰かの短い悲鳴。
肉が潰れるような、骨が砕けるような、聞きたくもない音。
その先で何が起きたのか。
ワタシが知ることは、もうなかった。
四人全員が転送されたことを確認して、ワタシは転送式門を壊した。
氷の腕で枠を砕く。
命式の流れを断ち切る。
歪みがぐにゃりと揺れ、やがて消える。
作業場に静けさが戻った。
ワタシは、彼らの末路を最後まで見なかった。
見る必要はなかった。
遠くで鳴った気がした、鎖の音だけで、十分だった――。




