ルルル・ネフリ――本当の仲間
「わっ、こんなとこに人いたんだ!?」
少女はワタシを見て驚いた。
それから、にっと笑った。
「大丈夫? 顔色悪くない?」
「……全然ヘイキだよ。 助かったわ、センキュ!」
そう言って手を差し出そうとしたところで、身体がふらついた。
「あー、やっぱり。あいつの毒にやられてたのか」
少女はワタシの肩を支え、壁際へ座らせる。
「とりあえず、毒抜くね。幼人蛛の毒くらいなら、すぐ除けるから」
「……」
少女の命力が、淡く流れ込んでくる。
身体の中に絡みついていた毒が、少しずつほどけていく感覚があった。
重かった呼吸が戻る。
命力の流れが、また少しずつ通り始める。
ワタシは回復系の魔法は得意ではなかったので、その手際に感心した。
「オー、スゲェ助かった、アリガトウ! ……ええーっと」
「――ルピナス」
彼女はそう名乗った。
「アリガトウ! ルピナス! ワタシはルルル」
「いやいや、気にしなくてもいいんじゃ!
あとでとんでもないくらいのお礼を期待しとくから。……なんつってね」
そう言って、ルピナスは誇らしげに笑った。
そして今度こそ、互いに固く手を握り合った。
「それにシテモ、本当に身体軽くナッタナ~」。
ひょっとしてすごい魔法の使い手ダロウ……? ルピナス先生……いや、ルピナス先!」
「あ、バレちゃった??」
飾らないその笑顔を見て、少しだけ力が抜けた。
意外に茶目っ気のある人らしい。
それからワタシたちは、簡単に互いのことを話した。
彼女がここへ来ている経緯や目的も教えてくれた。
ときおり他愛もない話も挟みながら、少しずつ互いの状況をすり合わせていく。
「――なるほど。
で、おそらく外に繋がる道はあっち。でも、そこには幼人蛛の巣主である蛛面鬼が張ってると……」
「そういうことダナ」
話している最中、ワタシはルピナスの荷物の中から使えそうな素材を貰い、小さな魔品を即興で作っていた。
設定した座標の方角を示す、簡易的な命式具だ。
あらかじめ拠点の座標を術式の中に登録しておけば、常にそちらの方角を指し続ける。
いわば、命式術仕掛けの方位磁石みたいなものだった。
手のひらの上で、小さな針がゆっくりと揺れる。
そして、洞窟の奥の一点を指した。
「やっぱり。方向はあっちで間違いなかったナ」
「ほんとだ。ちょうど蛛面鬼がいる方を指してるね。
じゃあぶつかるのは避けられないかぁ」
「倒すカ?」
「いいや、やめとこう。
毒持ちだし、あの図体だし、間違いなく強敵。倒せたとしてもこっちもかなり消耗しちゃうでしょ? ここから先、出口までどのくらいあるか分からないしさ」
「なら、ウマイこと陽動して開けさせるカ?」」
「うん、それがいいね」
こうして、ワタシとルピナスは一緒に木造遺構を抜けることになった。
ルピナスは戦えた。
魔法も多彩だった。
でも、遺構の構造を読むのは得意ではなかった。
ワタシも戦えた。
けれど、毒の影響や疲労はまだ残っていて、万全ではない。
だから、お互いに補い合った。
ルピナスが妙獣を焼き、吹き飛ばし、足止めする。
ワタシが命式具で方角を読み、罠めいた床を見抜き、氷で足場を作る。
手はず通り、蛛面鬼は倒さなかった。
ルピナスが離れた場所から攻撃し、蛛面鬼の注意を引く。
そして十分に引きつけたところで、途端に奴の反応が鈍った。――まるで、ルピナスを見失ったかのような挙動。
ルピナスが何かをしたんだろう。
そこからは早かった。
生じた間隙に、ルピナスは風の魔法を巧みに使い、一気にワタシのもとへ戻ってきた。
念のため、ワタシは背後に巨大な氷を突き立てる。
追ってくる蛛面鬼を食い止めるための、即席の壁だ。
「行くゾ!」
そしてワタシたちは、そのまま空いた道を駆け抜けた――。
背後で木の壁が砕ける音がする。
人の手が床板を叩く音がする。
毒の霧が追ってくる。
それでもワタシたちは、息を切らしながらひたすら進み続けた。
やがて、前方に光が見えた。
洞窟の外の光。
ワタシたちは木造遺構を脱し、無我夢中で走り続けた末、ようやく洞窟の外へ抜け出すことができた。
外へ出た瞬間、ルピナスはその場に座り込んだ。
「あー、疲れた」
「ダナ」
「でも生きてる! よかったぁ」
「もうこんな経験御免ダワ~」
しばらく二人で笑った。
久しぶりに、心から笑った気がした。
ルピナスは膝を抱えたまま、こちらを見た。
「……ねぇ、ルルル。
もし、よかったらなんだけどさ――」
「――ノッタ!」
「え?」
即答だった。
というか、まだ聞かれてなかったけど。
「さっき話してくれた、その“世改の書”ってやつを探す旅。それに勧誘してくれようとしたんダロ?」
「そ、そうだけど……察しがいいな。
そんなすぐ決めちゃっていいの? 一緒に暮らしてる人とか、なんか一緒に活動してる仲間とかいない? もしそういう人たちがいるなら、勝手に優秀なルルルさんを引っこ抜くのは、さすがに気が引けるんだけどさ」
「ダイジョーブダイジョーブ!」
ワタシはあえて、笑みを浮かべて答えた。
「仲間……そんなやつ、ワタシには一人もいねーカラ!」
「……そう」
ルピナスは一瞬だけ、何か言いたそうな顔をした。
けどすぐに笑って、手を差し出してくる。
「なら遠慮なく! 改めて、これからよろしくね!」
「オウ!」
ルピナスの笑顔は、イブの笑顔とは違った。
相手を測るものではない。
利用するためのものでもない。
ただ、嬉しいから笑っている。
そういう顔だった。




