ルルル・ネフリ――日々のひび
最初に違和感を抱いたのは、報酬だった。
組の仕事は増えている。
特公社からの評価も上がっている。
街で聞く噂では、イブ請負組はかなり稼いでいるらしい。
けれど、ワタシの手元に入ってくる金は、その噂に見合うほど増えていなかった。
もちろん、活動には費用がかかる。
魔品を作るには材料費がいる。
活動の幅を広げるなら、初期投資も必要になる。
それくらいは分かる。
イブも、いつも丁寧に説明してくれた。
「今は組をどんどん大きくする時期なんだ。
みんなには少し我慢させてしまうけど、将来的には必ず今よりももっと大きな利益になって返ってくるから」
「……マ、別に金にはそこまで困ってないからいいケド」
「助かるよ。君は本当にいつも組のことも考えてくれている。大切な“仲間”だよ」
仲間。
そう言われると、悪い気はしなかった。
けれど、同じ説明が何度も続くと、さすがに少しずつ引っかかりが残るようになった。
「今回は費用がかさんでね」
「新しい契約先への信用作りが必要なんだ」
「今後ちゃんと調整する」
「次まで」
「今度こそ」
「あと少しだけ待ってほしい」
そんな言葉ばかりが積み重なっていった。
そしてある夜――。
ワタシは拠点の事務机に置かれていた収支記録を見た。
見るつもりはなかった。
いや、それは嘘かもしれない。
ここ最近抱き始めた疑問を、消したかったのだと思う。
仲間を疑っている自分の方が間違っていると、確かめたかったのだと思う。
そこには、特公社からの支払い額が記録されていた。
ワタシが聞かされていた額より、ずっと多い。
十倍。
……いや、案件によっては、二十倍近いものもあった。
それに比べて、ワタシに渡されていた取り分は、不自然なほど小さかった。
ワタシはそっと記録を閉じた。
初期投資。
管理費。
営業費。
組織の維持費。
説明の時に並べられた名目はそれらしく聞こえた。
けれど、使途の多くは曖昧だった。
――その時、扉の向こうから声が聞こえた。
イブとカイナンだ。
「とっくに気づかれてる可能性あるんじゃないの~?」
「今のところ、それはないと思う。
あいつは金にあまり執着とかがないからな」
イブの声は、いつも通り落ち着いていた。
「それに、あいつは組を居場所のように感じ始めている。
俺たちのことは信じたがるだろうし、信じてくれるはずだ。仲間を疑うなんて、人として最低な行為だからな」
「あんまり露骨にいじめるのは控えてよ。
あの子はボックがもらう予定なんだから、まだ脱退なんてされたくないし~」
「お前こそ余計なことはするなよ、カイナン」
「分かってるって」
「とにかく計画としてはまだ使うつもりでいる。しっかり役割を果たしてもらったら、あとは――」
最後までは、よく聞こえなかった。
聞きたくなかったのかもしれない。
彼らの会話を聞いた自分の心臓は、妙に静かだった。
怒りより先に、冷えた。
地獄耳を働かせたことに、罪悪感なんてあるはずもないのは、言うまでもない。
ああ、そうか。
そう言う感じか。
そう思った。
けれど、この時点でも、ワタシはまだ完全に切り捨てることができなかった。
金にそこまで執着がなかったのは本当だ。
だから最悪、金のために利用されてるくらいのことなら、別にいいや。
なんて考えも少しあった。
ここを出ればまた一人に戻るだけだ、という退屈さもあった。
だからワタシは、勝手に自分の中で、この場に留まる理由を作ってしまっていた。
イブには事情があるのかもしれない。
組織を大きくするために、やむを得なかったのかもしれない。
後で本当に返すつもりだったのかもしれない。
馬鹿みたいだ。
ワタシは性懲りもなく、まだ信じようとしていたのだから。
次に入ったひびは、成果だった。
ワタシが作った自走式荷車。
その開発は、いつの間にかイブ請負組全体の成果になっていた。
いや、それ自体はいい。
組織の仕事として作ったものだ。
周辺の調査や導入、契約や現場調整を、みんなが担っていたのも事実だ。
全員の成果と言われること自体は、間違いではない。
だが、とある発表の場で、イブはこう言った。
「我々イブ請負組は、全員でこの式車を完成させました」
全員で。
その言葉に、周囲は感心したように頷いた。
そしてミーナが、笑顔で付け加える。
「新人のルルルも、頑張ってくれたんですよ」
も?
も、か。
心の中で、何かが少しだけ引っかかった。
この道具の核を作ったのは、ワタシじゃないのか。
そう思ってしまうワタシの方が、利己的で汚いのだろうか。
後でイブに聞くと、彼は穏やかに答えた。
「組織全体として売り出した方が仕事は広がる。君個人の名が立ちすぎると、逆に面倒なことも増えるだろう?」
「まあ、それは――」
「君を守る意味もあるんだ」
守る。
その言葉は、心の隙間へ綺麗にはまり込んだ。
守るため。
みんなのため。
未来のため。
そう言われると、こちらがわがままを言っているような気分になる。
ワタシは黙った。
その頃くらいから、なぜかウシアの敵意もさらに露骨になっていった。
「いいわよね、天才様は」
ある日、彼女は作業場で吐き捨てるように言った。
「少し触っただけで全部分かるんだから」
「全部分かるわけじゃないヨ」
「そういうところが嫌いなのよ」
「困ったナァ。どうしたらワタシのこと嫌いじゃなくなってくれるんダヨ」
「ふざけないで」
ウシアは机を叩いた。
「こっちは何年も積み上げてきたの。
あんたみたいに、気持ち悪い才能だけで横から持っていく人間とは違う」
気持ち悪い。
その言葉は、少しだけ刺さった。
正直に言えば、ワタシは前から察していた。
ウシアはもともと命式術に興味があった。
その技術を磨いてきた。
けどワタシが入ってから、命式術関係は完全にワタシ中心になった。
ウシアに回されたのは、資料整理や契約補助や雑務ばかり。
それが面白くないのだろう。
分かっていた。
でも、どう接すればいいのかは分からなかった。
そうして、ひびは増えていった。
――そしてある日、それは決定的に割れた。
事故が起きたのだ。




