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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者のツボミ】/ようかの夜
第2章 求める者と阻む者

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ルルル・ネフリ――必要とされた日




 ローニアを出てから、まずワタシは仕事を探した。


 生きていくには金がいる。


 食べるにも、泊まるにも、道具を買うにも。

 何かをするには、大抵の場合金がいる。


 それはこの世界でも、記憶は霞んだ前の世界でも、たぶん変わらないことだったのだと思う。



 ただ、幸いにもワタシには売れるものがあった。



 命式術。


 命式術の術式を読み、直し、組み立てる技術。あるいは、自分で一から設計し開発する技術。

 それらは、ワタシにとって十分な武器だった。


 だから、それを頼りに生きていくこと自体は、そこまで難しくなかった。



 実家を出る前と、やることは大して変わらない。


 最初は、命式術まわりで困っている人を探した。

 報酬は二の次だ。

 安くても、時にはほとんど無償でも、とにかくまずは仕事を請けた。



 街の工房で壊れた魔品を直す。

 荷車に簡単な術式を組み込んで、重い荷を少し楽に運べるようにする。

 洞窟内に設置する、簡易な感知式照明具を作る。


 一定範囲に人が入ると、自動で明かりが灯る。

 そんなちょっとした仕掛けでも、洞窟で働く人たちには十分ありがたがられた。


 どれも大きな仕事ではない。


 個人の困りごとを解決する程度の、小さな依頼ばかりだった。

 けれど、ひとつひとつ積み上げていくうちに、少しずつ名前は広がっていった。



 ――変な喋り方をする、若い命式技師。



 歳のわりに腕がいい。

 仕事が正確。

 値段も良心的。

 明るくて、人当たりも悪くない。


 そんな噂だった。


 褒められるのは、気持ちよかった。

 頼られるのも、嬉しかった。


 自分が作ったものが誰かの役に立つ。

 それは確かに、胸の奥を少しだけ温かくした。


 そうして少しずつ仕事の単価も上がり、金には困らなくなってきた頃。

 仕事で関わった人から、ある場所を教えてもらった。



 『特務人材公社』。



 通称、特公社。


 洞窟探索。

 資源回収。

 遺物調査。

 妙獣討伐。

 護衛。

 物流。

 技術解析。

 命式術案件



 そういった幅広い仕事を、個人や団体へ斡旋する半公的な組織らしい。


 ワタシが持っている浅いサブカル知識だと、冒険者協会、という言葉が近いかもしれない。

 けれど実際には、もっと仕事くさい場所だった。


 夢や浪漫もあるが、それ以上に契約と成果と報酬の場所。


 仕事を取り、請け負い、成果を納め、報酬を得る。


 ワタシはそこで、小さな命式術の案件をいくつもこなすようになった。



 そんな日々の中で声をかけてきたのが、イブだった――。




「君がルルルか」




 初めてそう声をかけてきた時、イブは柔らかく笑っていた。


 背が特別高いわけではない。

 派手な装飾をしているわけでもない。

 けれど、人の輪の中心に立つことに慣れている男だった。


 声の出し方がうまい。

 目の合わせ方がうまい。

 相手に、安心感を与えるのがうまい。



「最近、よく君の名前を聞いていてな。命式術の腕があるらしいと」

「……まあ、多少はナ」

「謙遜しなくていい。君の仕事は見た。若いのに、かなり正確だ」

「おん……それはドウモ。

 で、あなたハ? ワタシに依頼なら、褒めても安くはならネーゾ」



 そう言うと、イブは少し困ったように頭を掻いた。



「おっと、すまない。別に仕事の依頼でも値引き交渉に来たわけでもないんだ」



 それから、自然な調子で笑う。




「俺はイブ。ルルル、君を誘いに来たんだ」




 イブ請負組。


 それが、彼らが特公社に登録して活動している組織の名前だった。


 洞窟探索や資源回収、時には命式術関連の案件も請け負う。

 まだ組んで長い団ではない。

 けれど、これから伸びる。伸ばしていくつもりだ。


 イブは、そう説明した。




「君の才能を、君ひとりの仕事で終わらせるには惜しい」




 思わず耳を傾けたくなる、巧みな誘い言葉だった。



「うちに来てくれれば、もっと大きな仕事ができる。君の命式術は、もっと大きな場所で役に立つ」



 君は必要だ。

 君は役に立つ。

 君がいれば、もっと大きなことができる。


 そんなふうに言われて、悪い気がする人間は少ない。



 ワタシも、そうだった。


 ローニアを出てから、ワタシはずっと一人だった。


 仕事相手はいた。

 褒めてくれる人もいた。

 けれど、それは仕事の縁だった。


 同じ目的を持って、同じ場所へ帰って、馬鹿な話をして、飯を食って、明日もまた一緒に動く。


 そういうものを、どこかで求めていたのだと思う。



 だからワタシは、イブの誘いに乗ってみることに決めた。



 “ルルル”としての自分の人生が、ここから少し大きく動き出す。

 そんな期待も、たしかにあった。




 ✦✧✦




 イブ請負組には、イブのほかに三人の団員がいた。



 カイナン。


 いつもニコニコ柔らかい笑みを浮かべている男だった。

 ただ、その距離の詰め方が妙に近い。


 ワタシの顔をみて、最初に交わした会話がこれだ。



「へぇ~! 君がルルルちゃんって言うの? それともルルル、くん?」

「別にどっちデモ。好きに呼んでくれてイイゾ」

「そうじゃなくて! 性別を聞いてるの! もしかして、教えたくない感じ? あ、でもボックは全然気にしないから安心して。

 最近はそういう人もいるって言うしねえ」

「オ、オゥ……」



 そう言って、カイナンはわざわざ耳元に顔を寄せてきた。



「……ちなみにボック、どっちでもいける口なんで」

「な、なんだオメェ。気持ち悪ぃナ、変な奴ダナ」

「はは、初対面でそんなこと言ってくるか? 普通!」

「そっくりそのまま返すワ!」



 カイナンは笑っていた。

 けれど、その笑顔を受け取るには、少しばかり癖が強すぎた。


 嫌いとか、苦手とか、そういうほどではない。

 ただ第一印象としては、距離感のおかしい、ちょっと気持ち悪い男だった。



 ミーナ。


 面倒見のいい女だった。



「困ったら何でも言って。最初は分からないことも多いでしょう?」



 そう言って、請負組に入ったばかりのワタシに、一番積極的にいろいろ教えてくれたのは彼女だった。


 仕事の流れを教えてくれた。

 食事に誘ってくれることもあった。

 書類仕事で困っていたときも、丁寧に手を貸してくれた。


 ざっくり言えば、優しい先輩。


 相談事があれば、まずミーナに声をかける。そういう人として彼女に接した。



 そして、ウシア。


 彼女は、一番わかりやすかった。



「なんか、すごい命式術の扱い手らしいけど、あまり調子に乗らないことね」



 努力家で、仕事もそつなくこなす。

 そんな印象の女だった。


 ただ、なぜかワタシにはあまりいい感情を抱いていないようだった。


 ワタシを勧誘するという話が組織内で出たときも、彼女はあまり乗り気ではなかったらしい。



「そんな調子に乗ってるように見えるカ?」

「見えるわよ! その喋り方もそう! なに、私を煽ってるわけ?」

「そっか……。じゃあ気をつけるワ」

「チッ。そういうとこだって言ってんのよ」

「難しいなア」



 分かりやすく嫌われていた。

 けど、ワタシは別にウシアのことが嫌いではなかった。


 自分の感情を隠すのが下手なのだろう。


 嫌いなら嫌い。

 気に入らないなら気に入らない。


 それが見えている方が、まだ分かりやすい。


 少なくとも、何を考えているのか分からない人間よりは、ずっと接しやすかった。

 今思えば、その分かりやすさに、少し安心していたのかもしれない。




 イブ請負組の一員として過ごす日々は、期待していた以上に本当に楽しかった。



 イブが言っていた通り、ワタシの命式術は特公社の案件と相性が良かった。


 洞窟内の資源運搬。

 危険区域の調査補助。

 妙獣を感知する簡易式。

 ワタシが命式術を組み込んで作った術印や魔品たちは、現場でよく役に立った。


 中でも特に当たったのが、自走式の荷車だった。


 あらかじめ術式に組み込んだ経路を走る。

 人や馬に引かせなくても、一定量の荷を決められた地点まで運べる。

 洞窟内の資源回収では、それが驚くほど便利だった。


 もちろん万能ではない。


 設定した経路しか走れない。

 想定外の地形には弱い。

 だから使う前に、現場を調べ、最低限の道を整え、術式に経路を刻む必要がある。


 でも、その手間させ超えれば、あとは人手を大きく減らせる。


 それは当然、金になった。



 イブ請負組は、ワタシが入ってから急激に大きくなっていった。



 イブは仕事を取り、人と交渉する。

 カイナンとミーナは現場で導入作業を進める。

 ウシアは契約や資料の整理を受け持つ。

 そしてワタシは、命式術の開発を担った。


 それぞれの役割が噛み合っているように見えた。


 特公社での評価も上がり、依頼も報酬も増えた。

 イブは人前でも、ワタシを大袈裟なくらい褒めた。




「ルルルはうちの要だ。誰にも渡したりはするつもりないぞ!」




 そんなふうに紹介されるたび、少しむずがゆくなった。


 素直に嬉しかったから。




「イヤァ、もっと褒めてくれてイイゾ~!」




 ワタシがそんなふうに言うと、周りも笑った。


 イブも笑う。

 ミーナも笑う。

 カイナンも笑う。


 ウシアだけは笑わなかったが、それも含めて“いつもの空気”だった。



 その頃のワタシは、能天気だった。


 その笑いの中に、どれだけの値踏みが混じっていたのか。

 まだ、気づけていなかった。






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