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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者のツボミ】/ようかの夜
第2章 求める者と阻む者

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ルルル・ネフリ――もう一つの始まり




 ワタシが生まれ育ったのは、世界の中央からは遠く離れた、広い水辺に面した土地だった。



 アルクメリア地方・商港都市ローニア。



 海なのか、巨大な湖なのか。

 幼いワタシにはよく分からなかった。


 ただ、見渡す限り広い水面があって、その水辺に沿うように街が広がっていた。


 世界の端っこなんじゃないか、なんて思わせられるような場所。


 坂道が多く、石造りの家々が段々に並ぶ。

 細い路地の先に、急に水面が見えたりする。

 朝になれば、港の方から荷車の音が響き、魚と湖と焼いたパンの匂いが風に混ざって流れてくる。


 港町らしく、漁や船に関わる仕事で暮らす人が多かった。

 パパも、そのあたりの仕事に関わっている人だった。



 だが、この街の話題は水辺のことばかりではない。


 近くには、洞窟の入口がいくつもあり、探索や採掘、資源回収で食べている人たちも多かった。


 港と洞窟。

 その両方で成り立っているような街だった。



 そんな土地で、ワタシは育った。



 ママはすごく穏やかな人だった。


 声を荒げるところを、ほとんど全く見たことがない。

 ワタシが転んだ時も、何かを壊してしまった時も、必要以上に騒がなかった。




「だいじょーぶだいじょーぶ。失敗は誰にでもあるからね~。

 いくらでも失敗すればいいんだからね」




 そう言って、いつも撫でてくれた。


 感情が薄いわけではない。

 ただ、どんなことが起きても一度受け止めてから微笑む人だった。


 パパは、どちらかというと逆だった。


 声が大きい。

 身体も大きい。

 笑う時も大きい。


 ママが静かな陽だまりみたいな人なら、パパは家の中を明るく照らすような人だった。


 家族が好き。

 ママが好き。

 ワタシのことも好き。


 その気持ちを、恥ずかしがらずに全部外へ出す人だった。



 ワタシの背が伸びたのは、たぶん、というか絶対パパ譲りだ。

 幼いころから同年代より大きく、十を過ぎる頃には周囲の子どもより頭ひとつ分は抜けていた。


 ただ、身体よりも周りから浮いていたのは、たぶん頭の方だった――。



 ワタシは、子どもの年齢に対して賢すぎた。


 賢い、というより、妙に分かってしまうことが多かった。といった方が正しいだろうか。


 大人の言葉の裏。

 道具の仕組み。

 人の表情。

 人が集まっている場の空気。


 普通の子どもなら気にせず流してしまうようなものに、いちいち引っかかる。


 それもそのはずだ。

 この身体の中にいる自分は、ただの子どもではない。


 この自我の年齢は、とっくに子どものそれを超えているのだから。



 ある日。

 近所の大人が家へ来ていた。


 仕事で使っていた携帯用の照明魔品が、どうしても点かないらしい。

 パパは手先が器用だったので、時々こうやって簡単な修理を頼まれていた。



「参ったな。こりゃ駄目だ。

 外側の作りが壊れているわけじゃない。たぶん、組み込まれてる命式術の方に問題がある」

「……そうですか。もともと正規品として買った代物じゃなかったですし、素人が見よう見まねで術式を書いたものなのかもしれませんな」

「力になれずすまないな」



 パパと客人が困ったように頭を掻く。


 その様子を、ワタシは横で静かに見ていた。



 そして、見ていて何となくわかった。


 この魔品に刻まれた命式術の、どこがおかしいのか。


 区切りが閉じていない。

 呼び出す側と受ける側が噛み合っていない。

 流れが途中でねじれて、命力が先へ通らなくなっている。


 まだ言葉にできるほどしっかり理解していたわけじゃない。


 ただ、パッと見て、違和感があった。

 プログラムのコードを追って、エラーの原因箇所を探す。


 そんな感覚に近かった。




「ここ、術式が間違ってるよ。ちょっと貸して、パパパ」




 そう言って、ワタシは指を伸ばした。


 そしてそのまま、不良品の魔品に組み込まれていた命式術へ手を加えた。


 ほんの少しだけ。

 足りない箇所を繋ぎ直すように。


 それから、客人にもう一度魔品を渡す。



 客人がおそるおそる力を込めると、部屋の中がふわっと明るくなった。



 パパも、その客人も固まった。


 少し離れたところで見ていたママだけが、困ったように笑っていた。




「……ルルル」




 パパの声が、分かりやすいくらい揺れていた。




「お前……す、すごいな。どうやったんだよ」




 普通に答えればよかったのかもしれない。


 でも、その時の大人たちの顔を見て、ワタシは理解した。



 ――これは、普通じゃない。



 子どもがすることではない。

 子どもが言うことではない。

 子どもが当たり前のようにできるものではない。


 だから、ワタシは笑った。




「えー? なんとなくダヨー。タマタマタマタマ。

 ワタシ、天才カモ!?」




 わざと、ふざけた言い方をした。



「は、はは! そうか、たまたまか! いや、それでもすごいぞルルル!」



 パパも、客人もぎこちなく笑う。


 その返答はワタシへ向けたものというより、自分に言い聞かせることで、今起きたことを無理やり飲み込もうとしているようにも聞こえた。



「いや~、面白い偶然もあるもんだな!」

「ハハ」



 空気が、少し緩んだ。



 そこで、ワタシは学んだ。


 普通に答えると、気味悪がられる。

 でも、ふざけていれば笑ってもらえる。


 賢すぎる子どもは異物になる。

 けれど、変な子どもなら、まだ笑い話になる。


 なら、ワタシは道化でいい。


 だから少なくとも、この身体がある程度成長するまでは、わざと少し抜けた子どもを振る舞うことにした。



 最初は、演技だったのだ。


 賢すぎる子どもとして見られないため。

 赤子の頃から続く、この正体不明の自我を悟られないため。

 周囲から気味悪がられないための、ちょっとした防御。




「違うヨー」


「大丈夫ダッテ!」


「ちょっと知ってただけダヨー」




 でも気づけば、それがワタシの喋り方になっていた。


 自分のことをワタシと呼び始めたのがいつなのかも、もう分からない。



 前の自分もそうだったのか。

 この世界に来てからそうなったのか。


 ルルルとしての自分と、ルルルではない誰かの境目も、少しずつ曖昧になっていった。



 けれど、それは正直もうどうでもよくなっていた。



 ワタシはルルルだった。

 少なくとも、周りはそう呼んでいた。


 だからワタシも、それに応えるようにした。


 名前も思い出せない誰かよりも。

 何をさがしていたのかも分からない過去よりも。



 ここで笑ってくれる人たちの中で、ルルルとして生きることにした。






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