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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者のツボミ】/ようかの夜
第2章 求める者と阻む者

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阻む者






 ブラドリーナが突然倒れた。


 何が起きたのか、誰にも分からなかった。



 さっきまで剣を構え、ヴァルと名乗った凶面の男を睨みつけていたはずだ。

 なのに次の瞬間、彼女は血を吐き、膝を折り、石床へ倒れ込んだ。


 握っていた剣が、乾いた音を立てて転がる。

 静まり返った空間の中で、床に溜まる血がゆっくりとその輪郭を広げていく。



「だ、代表……?」



 オルディアンの声が、ひどく遠く聞こえた。




「代表――!!」




 その叫びで、再び場が動き出した。



 ヴァル・モクスフッド。


 白翼会。

 咎人筆頭位。

 『殺戮』。



 その肩書きの意味は、オレには分からない。

 けれど、目の前で起きたことだけは分かる。


 いや、正確には彼女が“何をされたのか“までは分からない。

 それでも、ひとつだけは分かる。



 こいつがやった。



 誰も口にはしていないが、この場に居る全員が同じことを確信していた。


 決闘は終わり。


 今この場で向き合うべき相手は、追求者同士ではない。

 突然入り込んできた、明確な外敵。




「――っ!」




 最初に動いたのは、ルピナスだった。


 ブラドリーナへ放つはずだった大魔法。

 黒い風が槍の形を取り、その表面を紫電が這う。


 闇をまとった風が、空間を削るように唸っていた。


 ルピナスは躊躇しない。

 目の前の男が危険だということは、もう考えるまでもなかった。



 魔杖を振る――。




「――吹き飛べっ!!!」




 紫電をまとった黒い槍が、ヴァルへ向かって一直線に放たれた。


 音が遅れてくる。


 空気が裂けるような轟音。

 床の埃が巻き上がり、黒い風の尾が決闘場を横切る。



 そのまま直撃する――。


 そう思った。



 だが、黒槍はヴァルの立つ位置まで届かなかった。


 その手前で、見えない衝撃に打ち払われたかのように、弾けた。


 黒い風が爆ぜ、紫電が周囲で散る。

 石の破片が飛び、足場の縁が欠けた。


 その隙に、ルピナスはこちらへ駆けてきた。




「――アイトくん! ルルル!」




 ルピナスがオレたちの前に滑り込むように合流する。


 ルルルは、倒れ込んだブラドリーナの方を見たまま舌打ちした。



「……本当に最悪な奴と相対しちまったナ」



 どこか鋭さを含んだ声だった。



「な、なんなんだよ、あいつ」



 オレは動揺を抑えながら問いかける。



「白翼会、だっけ? 有名な犯罪組織てきなやつ?」

「とはちょっと違うナ。

 一応、表向きは“『自由』を求めて活動してる“って謳ってる組織ラシイ」



 ルルルはヴァルの方を睨みながら、短く説明した。



「自由……?」



 その言葉だけを聞くなら、そこまで悪いものには聞こえない。

 むしろ、聞こえだけなら少しだけ良い気さえする。


 改めてヴァルを見る。


 袖をまくり、首元を開いた着こなし。

 締まった筋肉が良く見えるその装いには、奇妙な紋様が施されていた。



 両手で鳥の羽を握り潰そうといるような紋様。



 ぱっと見ただけでは分からない。

 けれど一度そう見えてしまうと、もうそうとしか見えない。


 神秘的でありながら、どこか不気味でもある、そんな意匠だった。



「宗教組織、みたいな……?」

「それとも違うカナ。

 まあ、怪しいオカルト宗教みたいに厄介な連中ではあるケド、別に何かを信仰してるわけジャナイ」



 ルルルは顔をしかめる。



「……いいや、”自由“を信じきってるって意味じゃ、本質的には宗教と変わらネェかもナ」



 ルピナスが、そこに付け加えるように、



「――早い話、ルピナたち追求者の邪魔をしてくる連中ってことだね。

 いや、邪魔なんて言葉じゃ可愛すぎるかも」

「え? 今のあいつらの話……あいつらの理念? と追求者にどう関係があるの?」



 奴らの自由。

 オレたち追求者の行動。


 正直、どう繋がっているのか分からなかった。



「前に話したでしょ? 世改の書のことは」

「え、うん……。

 オレたちがこれから追い求めるもの。旅の目的、でしょ?」

「そう。手に入れた者は、世界を手に入れたも同然――。

 そんなふうに言われてる書物」



 ルピナスは話しながらも、ヴァルのいる方から視線を外さない。


 先のルピナスの大魔法の余韻で、ヴァルの姿はまだはっきり見えない。

 だが、確実にいるはずだ。


 今の大技をもってしても、決定打になったとはどうにも思えない。



「うん……そ、それで? その本とあれの思想が関係してるって言いたいの?」

「世界を支配し得る書物。

 つまり逆に言えば、誰かがその書を手に入れるってことは、自分たちがその人間の支配下に置かれるかもしれない……そう本気で捉えてる人もいる。

 それが、あいつら――『白翼会』」



 その説明に、無意識に息を呑んだ。



「白翼会は世改の書の存在を知ってて、自分たちが征服される側に回ることを防ごうとしている。

 誰にも支配されないために、誰にも書を手に入れさせない。

 そうやって“自由”を守ろうとしてる」

「どういうこと? なんでそれでオレたち……追求者の邪魔をするんだよ。

 自分たちもオレらみたく世改の書を追い求めればよくない? そうすれば対――あ、そうか。……それじゃダメなのか」



 言いかけて、オレは気づいた。




「……書の所有者になれるのは、恩寵を持っている人間だけ」


「――うん」




 ルピナスは静かに頷いた。



「恩寵を持っていない者は、そもそも所有者になる資格すらない。

 ”自分たちが手に入れる”って選択肢がない。だから、求める側じゃなくて、邪魔する側に回る」



 その理屈は、嫌なくらい納得できてしまった。



 資格がない。

 追求者同士のように、求め合い、競い合う場所にすら立てない。


 なのに、その土俵の上で勝った誰かに、自分が生きる世界を好き勝手されるかもしれない。


 そう捉えるなら、納得できないのも分かる。

 むしろ納得できなくて当然だ。


 世界に選ばれなかった側が、選ばれた者たちを憎む。

 邪魔しようとする。


 それ自体は、理解できてしまう。



 けれど、倒れ伏したブラドリーナ。


 彼女の周囲に赤く広がる血へ再び視線を落として、その理解はすぐに別の感情で塗り潰された。




「だからって、流石にこのやり方は違うよな」


「――しかも、あいつの厄介なとこは別にあんダヨ」




 ルルルが低く言った。



「別、って?」

「恩寵者じゃないくせに、特者能力みたいな力を持ってる」

「……は?」



 特者能力。


 恩寵者だけが持つ、魔法とも武技とも身技とも違う特別な異能力。

 そのはずだ。


 けれど、恩寵者ではないはずの白翼会の人間が、その力だけを持っている。


 ルルルは、今そう言ったのだ。



「噂じゃない」



 ルルルの声がさらに低くなったように聞こえた。



「ワタシは、あいつを知ってる。

 ――昔、一度相対したことがあるから」

「ルルルが……?」

「能力の詳しいところまでは知らない。

 ただ、あいつが明らかに異質な力を使っていたのは知ってる。魔法でも武技でも身技でもない。……あれは、そういう理屈で説明できるものじゃなかった」



 ルルルは、どこか遠くを見つめ、記憶の奥からその光景を引きずり出すように言った。


 ルピナスも否定しない。

 何とも言えない表情で、ルルルの横顔を見ていた。


 たぶん、彼女はこの話を聞いたことがあるのだろう。


 恩寵者ではない。

 なのに、特者能力のような力を持つ。


 その不気味さを理解しきる前に、黒風と紫電の余韻は既に晴れていた。



 ヴァルは、ただそこに立っていた――。



 何事もなかったみたいに。


 衣服に乱れすらない。

 さっきの一撃など、最初からなかったかのように無傷だった。




「――おいおい」




 ヴァルは楽しそうに肩をすくめる。



「いきなり攻撃してくるなんて、ずいぶん野蛮だなぁ。

 まともな精神とは思えねぇぜ?」



 そう言いながら、彼は無遠慮に決闘場へとどんどん足を踏み入れてくる。


 歩き方だけ見れば、散歩でもしているみたいなテンションだ。



「俺はただ、てめぇらのダンスに混ぜてほしかっただけなのによぉ」



 笑っている。


 あの恐怖を顔に張り付けたような男が笑っている。


 笑顔なのに、まるで純粋な笑顔とは思えない。

 口元が歪むたび、誰かを切り裂く刃が開いていくように見える。



 ヴァルは倒れているブラドリーナの方へ歩き出した。


 一歩。

 また一歩。


 そして、ブラドリーナに手を伸ばそうとした、その時だった。




「……おいッ」




 その動きを睨んでいたオルディアンが声を上げた。


 ルルルの氷腕に押さえつけられ、一度は動きを封じられていた彼。

 その全身から、再び炎が立ち上る。




「てッめぇ……!」




 炎が一段、跳ね上がった。


 腕や足だけではない。

 肩も、背中も、髪の先まで。

 怒りそのものが炎になったかのように、オルディアンの身体を覆っていく。



 氷腕が軋む。



 ルルルが一瞬だけ眉を動かした――次の瞬間。



 オルディアンの全身から炎が爆ぜた。


 氷腕が砕ける。

 白い蒸気が、一気に広がる。




「代表にッ! 触るんじゃねえええええッ!」




 その咆哮とともに、炎の塊が飛び出した。






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