不吉な闖入者
ルピナスとブラドリーナ。
二人の戦いは、まだ終わっていない。
むしろ、この決闘の中でもひときわ激しさを増していた。
水の剣戟が走る。
風がそれを裂く。
石床が盛り上がり、尖った岩の牙が突き上がる。
細い雷光が走り、それを迎え撃つように放たれた水の斬撃が、空中で散らす。
ルピナスは様々な魔法を使い分けながら途切れることなく放っていき、ブラドリーナが水の剣でそれを裁いていく。
魔法と剣。
多彩さと練度。
その二つが、この決闘場で何度もぶつかっていた。
またしてもブラドリーナの踏み込みに合わせて、剣は鋭く振るわれる。
ルピナスは魔杖でそれを受け止めた。
甲高い音。
そのまま弾くように杖を押し返し、二人は同時に後方へ跳んだ。
距離が開く。
「はぁ……っ、はぁ…」
ルピナスの息が、わずかに乱れている。
ブラドリーナもまた、静かに呼吸を整えていた。
ブラドリーナの頬には、細い血の筋がある。
ルピナスの肩口も裂け、衣服の隙間から赤い染みが広がっていた。
どちらももう余裕はない。
それでも、どちらもまだ倒れていない。
広間の空気が、変わっていく。
もう長くは続かない。
ルピナスとブラドリーナは、一瞬だけ周囲へ視線を走らせた。
ルルルに押さえ込まれたオルディアンは、息を荒くしながら二人を見上げている。
クリュゼルは倒れたまま、もう動かない。
……気づけば。
この異議決闘の中で、まだ決着がついていないのは、ルピナスとブラドリーナだけだった。
二人は改めて、真正面から向かい合う。
先に構えたのは、ブラドリーナ。
片刃の直剣を、静かに正面へ据える。
「――ブラドリーナ・クレアリス」
その声は、場の空気を真っ直ぐ貫いた。
「追求者同盟『第一座』。
派閥ブラドリーナ代表として、ここで貴公を討たせてもらう」
剣にまとわりつく水が、さらに増していく。
剣身を包む水が幾重にも重なり、切っ先の周囲で弧を描いていく。
ひとつの水刃ではない。
縦に。
横に。
斜めに。
幾筋もの水の軌跡が、空間そのものを切り裂くように重なっていく。
刃の周囲に、放たれる寸前の水の斬撃が幾重にも滞留していく。
対するルピナスも、魔杖を両手で構える。
杖先に風が集まる。
渦を巻く風に、闇が絡む。
さらに、その闇を縫うように紫電が走った。
黒い、風の槍。
そう形容するのが一番しっくりくる、禍々しい大魔法だった。
「――ルピナス・シレア」
彼女の声は、どこか苦しげだった。
けれど、もう逃げてはいない。
「派閥ルピナスの、代表として……」
黒風の槍が、完成しようとしていた。
水月の刃と、黒風の槍。
互いの大技が、今まさに放たれようとする。
その瞬間だった――。
「――ずいぶんと盛り上がってんじゃねぇか」
唐突に、不敵な声が上から降ってきた。
その声に全員の動きが止まる。
オルディアンも。
ルルルも。
オレも。
そして、ルピナスとブラドリーナも。
視線が、一斉に上へ向いた。
地下空間の上方。
地上階へと続く石階段の途中に、一人の男が立っている。
「おいおい、そんな揃って視線を送ってくるなよ。興奮しちゃうじゃねぇか」
そう言いながら、ゆっくりと階段を下り始めた。
悠々と。
何の遠慮もなく。
まるで最初からこの場に呼ばれていたかのような足取りで、男は一段ずつ階段を下りてくる。
暗い紫色の髪。
紫黒、といえば近いのかもしれない。
深い夜の底に沈んだような色だった。
背は高い。
大柄すぎるわけではないが、身体には無駄な肉がない。
ゆるく立っているだけなのに、肉食獣のような気配がある。
そして、何より目を引いたのはその顔だった。
目が合った瞬間、喉が詰まる。
別に怒っているわけじゃない。
叫んでいるわけでもない。
こちらを脅しているわけでもない
ただそこにいるだけ。
なのに、怒鳴りつけられたような圧があった。
人相が悪い、なんて言葉では足りない。
人を傷つけることに慣れている顔。
ためらいなく命を奪える者の顔。
命の重さを、日常の一部として扱ってきた者の顔。
そんなふうに決めつけるのは、ひどい偏見かもしれない。
けれど、そう感じずにはいられないほどの凶面だった。
沈黙が落ちる。
実際には、ほんの数秒だったのかもしれない。
それでも、やけに長く感じた。
「裁定の決闘の場に乱入とは、ずいぶん無作法だな」
ブラドリーナが、男の方へ剣先を向ける。
剣先とともに、あからさまな敵意も向けられていた。
「貴公はいったい何者だ。
どうやってこの場所を知り、ここへ入ってきた」
冷徹で、真っ直ぐな声だった。
それに対して、男はゆっくりと口元を歪める。
獲物を前にしたような、妖しい笑みだった。
「俺は白翼会・咎人筆頭位」
その言葉が落ちた瞬間、空気が凍りついた。
「『殺戮』使い――ヴァル・モクスフッド」
口上は、それだけだった。
白翼会?
咎人筆頭位?
『殺戮』使い?
どれもオレには聞き馴染みのない単語ばかりだ。
何を指す言葉なのか。
どれほど危険な肩書きなのか。
理解が追いつかない。
けれど、他の者たちは違った。
ルピナスの表情から、迷いが消える。
ルルルの目が、見たこともないほど鋭くなる。
ブラドリーナの敵意が、警戒から殺気に近いものへ変わる。
床に押さえ込まれていたオルディアンですら、顔色を変えた。
「白翼会……っ!」
ブラドリーナが似つかわしくないほど声を荒げる。
「なぜ貴公らがここにい――!」
その言葉が、途中で切れた。
喉から、変な音が漏れる。
「……っ」
ブラドリーナが強く握っていたはずの剣先が、ゆっくりと下がった。
彼女の意志とは関係なく、力が抜けていくように。
水をまとった刃が、石床に触れる。
遅れて、血が落ちた。
一滴。
二滴。
そして次の瞬間、咳き込むように血が溢れ出た。
「……え?」
オルディアンの声が、掠れた。
ブラドリーナの身体が傾く。
膝が崩れる。
そのまま、石床へ倒れ込んだ。
どさり、と重い音が落ち、遅れて血が床へ広がっていく。
床に刻まれた細い溝を伝って、赤黒い液体がゆっくりと流れていった。
――いつ攻撃された?
誰も見ていなかった。
少なくとも、オレには何も見えなかった。
剣を振ったわけでもない。
魔法を放ったようにも見えなかった。
触れた様子すらない。
なのに、ブラドリーナは倒れている。
ヴァルと名乗った男だけが、上から面白そうにそれを見下ろしていた。
「おいおい」
男は愉しそうに言った。
「そんな重傷で無理して喋んなよ」
「だ、代表……?」
オルディアンの声が震える。
抑え込まれたまま、必死に身体を起こそうともがく。
「代表――!!!」
叫びが、地下の広間に大きく響いた。
その声を持って、異議決闘は終わりを告げる。
代わりに始まったのは全く別の、命を懸けた戦いだった――。




