異議決闘-3
異議決闘開始直後――別の区画では、ルピナスとブラドリーナが向かい合っていた。
まだ、本格的な衝突には至っていない。
ルピナスは禍々しい魔杖をただ握りしめている。
指先には、わずかに力が入っていた。
怒りではない。
恐怖でもない。
ただ、絶対に避けたかった状況で、絶対に対立なんてしたくなかった相手と向かい合っている。
その苦さが、彼女の手に出ているように見えた。
「ルピナたちは、ブラドリーナさんを狙ってなんかいません!」
ルピナスの声の端はわずかに揺れていた。
「アイトくんがそんな企みをしてたとか、絶対にない。断言していい」
「ルピナス」
ブラドリーナは静かに返す。
腰の剣に手を添えたまま、まだ抜いてはいない。
「貴公の言葉を軽んじるつもりはない。だが、なぜそこまでシラツキ・アイトを信じる?」
「それは……」
「派閥ルピナスに入ったのも、つい最近なのだろう? まだそこまで深い関わりがあるとは思えないが」
「うまくは説明できませんけど……」
「よもや直感、などとは言わないだろうな」
「……直感、というか」
言い淀むルピナス。
自分でも、うまく言葉にできない部分があった。
少しの間だけでも、接してみて分かるものはある。
アイトはどこか臆病なところがあって、戦いの面なんかではまだまだ頼りなくて、たまに変なことを言う。
けれど、裏で誰かを陥れようとするような人間には見えない。
それはルピナスに限った話ではない。
ルルルも、アエリスも、ペル爺も。
派閥ルピナスの面々は、彼に対して悪い印象を抱いてなんていない。
そして何より――あの首飾り。
あの人から受け取った首飾りが、アイトの手で初めて力を見せた。
その事実は、ルピナスの中で彼への信頼や期待に近いものを生んでいた。
けれど、それをここで無実の根拠として語ることは出来ない。
あまりにも曖昧で、あまりにも個人的過ぎるから。
「――まあいい」
そんなルピナスの様子を見て、ブラドリーナは静かに息を吐いた。
「しかし、何はともあれ私は派閥の代表だ」
その声はまっすぐだった。
「仲間の訴えを無かったことにはできない。
私の特者能力でも、オルディアンの記憶には裏付けは出てしまった」
「それが何かの間違いなんですって!」
「そうかもしれない」
ブラドリーナは、オルディアンのように頭ごなしに否定はしなかった。
だからこそ、その冷静さが重かった。
「真実のほどは、誰にも分からない。
だが、今この場に出ているのは、彼の証言と、その証言が嘘ではなかったという事実だ」
「……」
「同盟の皆が集う場で、『第一座』である私への暗殺疑惑が出た。その疑いを、何もせず流すことはできない。
このまま曖昧にすれば、必ず尾を引く」
「でも、こんなやり方……」
「貴公も派閥の代表なら分かるはずだ」
ブラドリーナから向けられる視線が、ほんの少しだけ厳しくなる。
「事実がどうであれ、場に出てしまった疑いには、形ある決着が必要になる。
誰かが納得し、誰かが責を引き受け、誰かが区切りをつけなければならない」
そして、静かに言い添えた。
「もしそれが分からないなら、貴公はまだ組織を背負う立場にない」
「……っ」
ルピナスの表情が、わずかに揺れる。
その言葉は責めているようでいて、ただの正論でもあった。だからこそ、言い返す言葉が出てこなかった。
そして、ブラドリーナはその腰から剣を抜く。
片刃の直剣。
刃は細すぎず、厚すぎず。
余計な装飾もない。
ただ真っ直ぐに、斬るための形をしている。
持ち主の性格をそのまま写したような、無駄のない剣だった。
「構えろ、ルピナス」
「……戦いたくないです」
「貴公がここで私を打倒しても、それを責めはしない」
ブラドリーナは剣先を向ける。
「書を求める道で手段を選ばない者がいることを、私は否定しない。
それもまた、追求者の一つの在り方だ」
「だから、そういう話じゃない!」
「ならば、力で示せ――」
ブラドリーナが踏み込んだ。
躊躇を挟む間もなく、剣が振り下ろされる。
ルピナスは咄嗟に魔杖で受け止めた。
甲高い音が、石造りの広間に響く。
「くっ……!」
「戦え! そちらから来ないなら、私は容赦なく斬る」
「ちょっと、待ってくだ……!」
ブラドリーナの攻撃は止まらない。
一撃目を受け止められても、すぐに二撃目。
さらに三撃目。
鋭い剣筋。
それでいて、荒くない。
ルピナスは杖で受け、防ぎ、時には身体を逸らしてかわす。
だが、反撃には移らない。
ただ耐え、いなし、距離を取る。
数度の打ち合いの後、二人は一度距離を取った。
ブラドリーナは剣を下げない。
まっすぐにルピナスを見る。
「ここまでやっても、まだ踏み出さないか」
その声には、怒りではない、わずかな失望に似た響きがあった。
「ならば、仕方ない」
次の瞬間。
ブラドリーナの剣先に、水がまとわりつき始めた。
水膜が刃に沿って流れる。
剣身を薄く覆い、動きに遅れて尾を引く。
切っ先から落ちた飛沫が、石床に小さく弾けた。
ただの水魔法とは違う。
魔法で生み出した水を、武器へ通す。
水の魔法と、剣技。
オルディアンの戦い方が炎魔法と身技の組み合わせなら、ブラドリーナのこれは水魔法と武技の融合だ。
そして、この水を纏わせた行為――それは、ブラドリーナがこの戦いの段階をもう一つ上げる行為に等しい。
「どれだけ貴公にその気がなくとも、私は容赦する気はないぞ」
その言葉と同時、剣が横へ薙がれた。
二人の間には距離がある。
その場でただ剣を振っただけなら、刃は届くはずがない。
だが、そうではなかった。
ブラドリーナの剣から、水の刃が飛ぶ。
弧を描く斬撃。
ルピナスを断つように、まっすぐ走る水刃。
それを見て、ルピナスもようやく魔杖を構えた。
「――フィルナレイド!」
杖先から風の刃が放たれる。
飛来する水刃と風刃が正面からぶつかった。
弾ける水。
散る風圧。
細かな飛沫が、白く広がった。
その一手を契機に、ルピナスの中で何かが切り替わった。
戦いたくない。
その気持ちは消えていない。
けれど、戦わなければ道は開けない。
そう悟ってしまった表情だった。
ブラドリーナが再び踏み込む。
剣が振るわれるたび、水が軌跡を描いた――。
その水はただ美しいだけでなく、刃の延長として伸び、跳ね、ルピナスの逃げ道を削っていく。
ルピナスは距離を取るように後退する。
魔法を主軸に戦う彼女にとって、ブラドリーナの間合いに入るのは危険だ。
風の刃を放つ。
圧縮した空気の塊を生み、見えない砲弾のように放つ。
ブラドリーナは水を纏わせた剣でそれらを受け流す。
空気の塊が剣に裂かれ、横へ逸れた。
その隙に、ルピナスは杖先を地面へ向ける。
石床が隆起。
ブラドリーナの足元で、尖った石の牙が突き上がった。
「……っ」
ブラドリーナは剣戟を連ねながら横目でそれを捉え、間一髪で身を翻す。
石の牙が、彼女の衣の端をかすめた。
そこへ、ルピナスはさらに杖を構える。
「――エルトルヴァ」
魔杖の先から、細い紫電が走った。
鋭く、早く、相手の動きをからめとるような
雷光がブラドリーナへと襲いかかる。
ブラドリーナは剣を斜めに構え、刃に纏わせていた水を、前方へ薄く広げた。
迫る電雷を、横へ滑らせるように流していく。
だが完全には防ぎきれない。
「……っ」
ブラドリーナの肩がわずかに跳ねた。
指先が一瞬だけ強張る。
それでも、足は止まらない。
痛みを飲み込み、踏み込む。
剣が振るわれ、再び水の斬撃が走る。
ブラドリーナへ手応えがあったせいか、わずかに生まれた隙。
ルピナスの腕を、水の刃がかすめた。
「……っ!」
袖が裂け、細い血が飛ぶ。
ルピナスは後退しながら、杖を横へ振った。
杖先が空中に線を引いた、次の瞬間。
二人の間に霧が生まれた。
弾けるように白が広がり、視界を埋め尽くしていく。
目くらましだ。
だが、ブラドリーナは動じない。
水を纏った剣が、霧を切り裂いていく。
一振り。
白い幕が割れる。
二振り。
視界がこじ開けられる。
三振り。
薄れていく霧の向こうに、ルピナスの影が見えた。
その時、ルピナスは既に次の一手のために杖を向けていた。
攻撃の形は、もうできている。
だが――一瞬だけためらう。
この間合いで、このまま撃てば回避は間に合わない。
まともに受ければ、ただでは済まない。
その一瞬を、ブラドリーナは見逃さなかった。
剣先が跳ねる。
水の斬撃が、ルピナスの足元を裂いた。
「くっ……!」
ルピナスは身体を捻ってかわそうとする。
だが、体勢が崩れる。
ブラドリーナが距離を詰める。
ルピナスは風を叩きつけて、強引に自分の身体を後ろへ逃がした。
両者の距離が再び開く。
まだ、どちらが優勢とも言い切れない。
ブラドリーナは責務として剣を振るっている。
ルピナスは守るために魔法を放っている。
互いに殺意はない。
けれど、手を抜いているわけでもない。
相手を戦闘不能にするための刃。
相手を傷つけすぎないよう抑えた魔法。
矛盾したものを抱えたまま、二人は本気でぶつかっていた。
そして、強者同士の戦いは、静かな緊張をはらみながら、激しさを増していく――。




