舞台に立つ者、立たされる者-2
一方、少し離れた場所では、派閥ブラドリーナも決闘前に言葉を交わしていた。
「――オイ、あんな奴らに負けたら殺すぜ、クリュゼル」
オルディアンが低く言う。
炎のような髪を揺らしながら、挑発するようにクリュゼルを睨む。
敵意というより、仲間内の悪態に近い。
だが場面が場面だけに、空気は軽くない。
「負けるとしたら、お前の方じゃないのか」
細い煙草を口から離し、薄く煙を吐きながら、クリュゼルが涼しい声で返した。
「あァ?」
「そうやってすぐに頭に血を上らせるのは、お前の悪癖だ。
足元をすくわれないようにしろよ」
「余計なお世話だっつーのッ!」
「――二人とも」
そこで、ここまで目を閉じて意識を整えていたブラドリーナが口を開いた。
それだけで、二人の言い合いは止まる。
「そろそろ集中しておいてくれ。これはもはや、ただの私闘ではない」
その声は冷静だった。
怒っているわけではない。
けれど、優しい言葉を投げかけているわけでもない。
ただ、上に立つ者として場を締める声だった。
「両派閥、そろそろ準備はよろしいですかな?」
開始の合図を任されたダステンが、各派閥へ声をかける。
彼は少し離れた場所で、自分の髪を指先で整えながら一歩前へ出た。
「さて、では不本意ながら、小生がこの立ち合いの開始を告げる役を務めさせていただきますぞ」
「不本意そうにはあんまり見えないナ……」
ルルルが小さく言う。
ダステンは聞こえていたのか、いなかったのか、特に反応はしない。
芝居がかった調子で、片手を掲げる。
その合図が下される直前、ブラドリーナが声を入れた。
「その前に、一点だけこの場で互いの合意を改めて確認しておきたい」
ブラドリーナはまっすぐルピナスへ視線を向ける。それから順に、オレとルルルへも目を向けた。
「今回の異議決闘にて、我々が勝利した場合、派閥ルピナスにはこの同盟からの除名処分を受け入れてもらう」
はっきりと言い切る。
除名。
今回の件が、それほど大きな問題になってしまった証だ。
オレは本当に何もしていない。けれどそれはもはや関係ない。
もし負ければ、ルピナスは同盟を追放される。
つまり、オレが彼女の目的の邪魔をしてしまうことになる。
そんなこと、あっていいはずがない。
「――しかし逆に、派閥ルピナス側が勝利した場合、オルディアンの見たものが真実か否かに関係なく、我々は今後一切、今回の件を責め立てないと約束しよう。
実力でねじ伏せられてしまったのであれば、その後でなお同じ一件を持ち出すのは、こちらとしても潔くないからな」
先の場でも、白黒をつけなければならないと彼女は言っていた。
その具体的な形が、これとなってしまった。
「本決闘は、そういう取り決めで構わないな?」
「……はい」
ルピナスが、弱く答える。
本心から納得している返事ではない。
それは誰の目にも明らかだった。
この話が出た時、ルルルだけは「勝てばいいんダヨ」といった調子だったが、ルピナスもオレも、そんなに楽観的には考えられなかった。
「この公の場での合意の証人として、貴公に頼めるか?」
ルピナスの返事を聞き届けたあと、ブラドリーナはダステンへ問いかける。
ダステンは、少し大げさに胸に手を当てて頷いた。
「確かに聞き届けましたぞ」
ダステンに限らず、この場にいる者たちが証人となるだろう。
もう後には引けない。
「では改めて」
ダステンが一歩前へ出る。
「立ち合いは、どちらかの派閥が全員戦闘不能となった時点で終了とする。
これで相違ありませんな?」
ブラドリーナらが頷く。
ルピナスは、もはやその問いかけにはっきりと反応しない。
「また、これも事前確認の通り――本立ち合いにおいて万が一死傷者が出た場合も、その責は問わないものとする。
双方、その覚悟をもってこの場に立っている。よろしいですな?」
声だけは真面目だ。
ただ、ダステンは終始ちらちらと、ルピナスへアプローチめいた視線を送っている。
好いた相手がこんな状態だというのに、どういう感情なんだろうか、こいつは。
ルピナスなら絶対に負けないと信頼しているのか。
それとも、今のルピナスがまともな精神状態じゃないことにすら気づいていないのか。
……なんなんだ、こいつ。
当のルピナスは当然そんなものを相手にする余裕などなく、完全に無視している。
それでも心が折れる様子はなく、ダステンはその場の役割をきっちり果たしていた。
「双方、構えを」
その声に従い、オレたちは互いに距離を取り、自然と開始位置のようなものが決まっていく。
その場が、静かになる。
そのせいか、自分の鼓動が聞こえる気がした。
ブラドリーナが腰の剣に手をかける。
ルピナスが縋るように自身の魔杖を握る。
クリュゼルが吸っていた煙草を足元へ落とす。
ルルルが首を鳴らす。
オルディアンの拳に力が入る。
そしてオレは、自分が頼れる唯一の戦闘手段――首から下げた四芒星の結晶に触れる。
冷たい。
オレが持っているのは、これくらいしかない。
ダステンがわざとらしく、指を鳴らす。
乾いた音が、石造りの空間に鋭く響いた。
「――始め」
その合図だけを残し、ダステンはすぐに場から離れて、他の見届け人たちのいる方へ下がっていった。
合図と同時に、六人の位置が定まる。
そして自然と、組み合わせも定まった。
ルピナスの前にはブラドリーナ。
ルルルの前にはクリュゼル。
そしてオレの前には、オルディアン。
まるで最初からそうなると決まっていたみたいに。




