審議
休憩が終わり、同盟者評議が再開された。
オレはまた自分の立ち位置に戻る。
ルピナスの椅子の斜め後ろ。
隣にはルルル。
先ほどと何も変わっていないはずなのに、どこか空気が違って感じた。
だが、理由はすぐに分かった。
「……?」
――視線だ。
ブラドリーナの後ろに立つ、炎を頭に乗せたような髪の少年――オルディアン。
彼が、柄の悪い目つきでオレたちの方を……いや違う、オレのことを強く睨んでいた。
評議の前半、というかこれまで、彼がオレに興味を持っている様子なんてなかった。
なのに今は、はっきりとした敵意を向けてきている。
オレも彼の方をちらっと見て、自然と目が合う。
するとオルディアンは、一度ふいっと視線を逸らした。
けれどすぐにもう一度だけ、刺すような目をこちらへ向けてくる。
オレはあえて、もう目は合わせなかった。
一体どういう意図なのか。
怖いし、意味が分からない
「――では、審議の時間に入ろう」
その引っかかりを置き去りにするように、ブラドリーナの声が響く。
オレの意識も、無理やり会議の方へ引き戻された。
「現在、同盟への加入派閥数は十。
そして今回、派閥リッジ及び派閥コレットが加われば、計十二となる」
評議は淡々と進んでいく。
「では、加入に異論がある者は挙手を――」
わずかな静寂。
そして、一人の手が上がった。
挙手したのは、ダステンだった。
先刻の宣言通り、本当に異論を唱えるらしい。
「小生は、派閥コレットの加入に反対の意を示しますぞ」
部屋の空気が、少しだけ揺れた。
「……ほう。理由も述べてもらえるか」
「明白でしょう」
ブラドリーナの問いかけに、ダステンは髪を整えながら答える。
「少女の後ろで尊大な態度で立っている、あの存在。
そこの危険因子を同盟に迎え入れるなど、愚の骨頂ですぞ」
それを聞き、コレットが小さく肩を震わせた。
静かに目を伏せ、膝の上で指を握りしめている。
一方、話題の中心にされている『神話』――アグレイアス本人は、ただ退屈そうに眼を閉じていた。
話を聞いているのか、いないのかすら分からない。
「なるほど。つまり、同盟の秩序と安全を損なう恐れがある、という懸念だな」
「おっしゃる通りですぞ」
言葉は丁寧だ。
別にここで争いを起こしたいわけではない、という意思表示でもあるのだろう。
けれど、その奥にはちゃんと拒絶の意志が込められていた。
『神話』が同盟に加われれば、今後はこの人の機嫌一つで、これまで築いてきた均衡が崩されるかもしれない。
ダステンが気にしているのは、おそらくそういうことだろう。
オレはアグレイアスのことをまだ何も知らない。
だが、それこそ名の通った兵士を三人も従えているダステンがここまで警戒する存在だ。
本当に、何者なんだろうか。
「コレット」
ブラドリーナは、まっすぐコレットを見据える。
「代表者として確認する。
今の反対を受けても、加入の意思は変わらないか?」
「わ、わたしは……」
コレットはうつむいたまま、細い声を絞り出す。
その様子からして、誰の目にも「やっぱりやめます」とでも言いだしそうに見えた。
しかしその時。
彼女の後ろに立つ男が、意外にも口を開いた。
「――したいようにすればいいさ」
低く、重い声。
「己はただ、汝の目的に力を貸す。ただそれだけのこと」
それだけを口にして、アグレイアスは再びその真っ黒な瞳を閉じる。
慰めでも、励ましでもない。
けれど、押しつけでもない。
今の言葉で、コレットの中に何かが通ったように見えた。
彼女は小さな指をぎゅっと握る。
しばらく沈黙したあと、ゆっくりと顔を上げた。
「――加入、したいです」
先ほどまでとは、まるで雰囲気が違った。
伏せがちだった瞳が、今はまっすぐ前を向いている。
細い声だが、しっかりと芯があった。
「わたしはこの追求者同盟に入ります」
その思いがけない変わりように、反対を示したダステンでさえ、少し驚いた顔をしていた。
「……ん」
ブラドリーナは、コレットの意志表明に静かに頷く。
そして、改めて部屋全体を見回した。
「――他に反対を示す者は?」
……。
誰も手は上げない。
沈黙を貫く者。
静かに微笑む者。
そもそも興味がなさそうな者。
当然、ルピナスも反対する様子はない。
ダステンは一度だけ、小さく肩をすくめる。
「ならば、決を取るまでもないな」
ブラドリーナが宣言する。
加入に反対の意思を示したのは、一票のみ。
他に異論はない。
「――では、派閥リッジ、派閥コレット。両陣営の加入を承認する。
これをもって、追求者同盟は全十二派閥の体制となる」
その宣言をもって、同盟者評議は閉会へと向かうこととなった。
気のせいか、場を覆っていた重さが少しだけ軽くなった気がした。
「追求者の皆も、急な招集に応じてくれて助かった。改めて感謝する。
では、これにて各自解散してもらって構わない」
長時間に及ぶ緊張感のある場から、ようやく解放される。
とりあえず早いとこ帰って、今日は休もう……。
そう思った、その時だった――。
「……おいッ!」
解散へ向かいかけていた部屋に、怒気を帯びた声が響いた。
炎髪の少年――オルディアンが、強く拳を握りしめたまま、まっすぐオレを睨んでいる。
その鬼気迫る形相に、オレは思わず一歩引いた。
「オ? オメェなんかシタンカ?」
「……いや」
心当たりなんてない。
けれど、オルディアンの目は明らかにオレを射抜いていた。
「てめぇッ……!」
低く、感情を抑えきれていない声。
それだけで、部屋の空気が一瞬で塗り替わる。
「え、なに……?」
「なにが『なに?』だよ。 よく平然ととぼけられるなァ? アァ!?」
意味が分からなかった。
休憩明けくらいから、妙に敵意を向けられているとは思っていた。
けれど、やっぱり対象はオレだったらしい。
「待って、何の話?」
「正体を出せっつってんだよッ!」
オルディアンの声はさらに荒くなっていく。
「こちとら全部知ってんだァ!
無害そうな面して、のうのうとしてんじゃねェ!」
周囲の視線が集まる。
すごく嫌な注目だった。
何が起きているのか、誰も状況を理解していない。
ただ、オルディアンが突然オレに怒声を向けているという事実だけが、その場の中心にあった。
「――オルディアン」
その勢いを止めるように、ブラドリーナが静かに名前を呼んだ。
「いったいどういうことなんだ。説明をしてくれ」
「説明も何もねェですよ、代表!」
オルディアンは勢いそのまま、自分の主へ食ってかかった。
ブラドリーナも、その様子にわずかに眉を動かす。
「こいつは危ねェ。何も知らねェみたいな顔しやがって、白々しいなァ!」
「だから何の話だよ! 本当に分かんないんだってば!」
おかしい。
こんな奴だったか、こいつ。
確かに柄の悪そうな雰囲気ではあった。
けれど、ここまで剥き出しの敵意を向けてくるような感じではなかったはずだ。
「オルディアンくん、落ち着いて。
うちのアイトくんが何かしたの? だとしたら謝るから」
場を収めるように、ルピナスが一歩前に出る。
「何をした、じゃねェ……」
オルディアンは、ルピナスのことまで睨みつけながら言い放った。
「何をするつもりか、だ!」
どういうことだ。
オレが何かをしたから怒っているわけじゃなく、これから何かをするから怒っている?
ますます意味が分からない。
「……おい。言葉選んで喋れよ、腑抜け。
俺様はいつでも殺れんぞ」
「だから、オレは……」
交わされる言葉の一つ一つが、場をさらに張りつめさせていく。
周囲の者たちは、興味深そうに、あるいは困惑した様子でこちらを見ていた。
すでに席を立っている者もいる。
ダステンはオレたちではなく、周囲の反応を観察するように目を動かしていた。
さっきまで手にしていた小さな鏡は、いつの間にかしまわれている。
そしてまた、今まさに別の派閥も部屋から出ていこうとしていた。
「――あれ、帰っちゃっていいの、メティ?
今からまさに面白いこと起きそうな感じだけど」
「どうせ見てても退屈なのミョ。だから帰る」
「そっか~、残念。
アタシはちょっと見ていきたかったけど」
まるでお菓子の国からやってきたみたいな雰囲気の追求者――『第三座』の席に座っていた派閥の二人が、そんな会話をしながら部屋を後にしていく。
場は完全に荒れ始めていた。
「――ルピナたちも帰ろう」
その流れに乗るように、ルピナスがオレの手を引く。
「これ以上ここで話しても無理だわ。
ブラドリーナさん、申し訳ないけど、今日は――」
「帰らせるッわけねぇだろうがァ!」
オルディアンが、オレたちと扉の間へ回り込む。
その足元で、熱が揺れた。
炎だ。
意図して出したというより、怒りに反応して漏れ出たような、小さな火の揺らめき。
石床の上を舐めるように揺れて、すぐに消える。
「帰るフリして油断させるつもりか!?
いつ実行するつもりだァ? なあ、言ってみろよ!」
「だから何の話か分かんないって言ってんだよ!」
「……この期に及んで、まだとぼけるか」
オルディアンの口元が歪む。
「フッ……いいさ。じゃあこの場で俺様が言ってやる!」
わずかな溜め。
いい予感なんて、するわけがなかった。
「――てめぇがッ! うちの代表を殺そうと企んでるって話だッ!」
「……は?」




